お疲れ様と仕事の依頼

「はあ、疲れた。もう、俺の今日の愛想笑いは完売だぞ」

 本部へ戻る廊下を歩きながら、大きなため息と共にカウリがそう言って首を回した。

 カウリの奥方が妊娠したとの報告は、あっと言う間に婦人会の方々の知るところとなり、今日の昼食会では、カウリはもうワインを飲む間も無いくらいに好奇心丸出しの女性達に延々と取り囲まれてしまい、すっかりおもちゃにされてしまっていたのだった。

「僕ももうヘトヘトです。今ここにベッドがあったら熟睡出来る自信があります!」

 笑って断言するレイの言葉に、カウリも笑って頷いた。

「確かに戻ったら夜までは少し時間もあるから、俺、冗談抜きでちょっと寝てくるわ」

「いいですね。戻ったら僕もちょっと寝ようかな」

 思いっきり疲れたため息を吐き、二人は顔を見合わせて遠い目になった。

「婦人会って、やっぱり魔女の巣窟だったな」

「ですね。毎回二人だけで行くには、ちょっと敵の勢力が大き過ぎる気がします」

「諦めろ、援軍は来ない」

「無理でも要請すべきだと思います〜!」

 情けないレイの叫びに、カウリが乾いた笑いをこぼした。

「まあ、チェルシーを社交界に出さなかったのは正解だったな。顔出ししてたらどんな事になってたか……考えただけで気が遠くなるよ」

 あの魔女達に彼女が取り囲まれた図を想像するだけで、カウリは本気で倒れそうだ。



『二人揃って何だその顔は。しっかりせんか』

 不意に現れたブルーのシルフにそう言われて、また二人揃って大きなため息を吐いた。

 ここはもう竜騎士隊の本部へ続く渡り廊下なので、他人の目を気にする必要がなくなった事もあって、二人揃ってかなり気が抜けているようだ。

「ブルー。だってね、もう僕達本当にヘトヘトなんだからね。戻ったら僕もちょっとお昼寝させてもらうよ」

『お疲れさん。魔女征伐は完敗だったようだな』

「完敗って事は無いと思うけど……ううん、まあ少ない戦力で善戦しましたってところかね」

 カウリの笑った言葉に、ブルーのシルフもおもしろそうに笑う。

『まあ、奥方のご懐妊は魔女達が大喜びする話題だったろう』

「いやあ、予想以上でしたね。彼女と一緒に先生から色々と教えて頂いた事が役に立ちましたよ。少なくとも、妻の事を何も知らない馬鹿な旦那とは思われなかったみたいですからね」

『だが逆に男のくせに女々しいと文句を言っている奴もいたな』

「あはは、もうそれを言い出したら絶対無理ですって。誰かの気に入る話題を振れば、別の誰かにとっては不快な話題になるんですからね。今回のチェルシーの妊娠の話題だって、子供がいない女性なんかにしたら、場合によってはお辛い話題でしょう?」

『確かにそうだな』

 苦笑いしたブルーのシルフがそう言って肩を竦める。

「しかしまあ、あそこまでいちいち人の揚げ足を取って回って、何が楽しいのか毎度理解に苦しむよ」

 ちょっとした勘違いや言い間違いを毎回毎回同じ顔ぶれのご婦人方にネチネチと言われ続けていて、カウリの我慢もそろそろ限界に近くなっていた。

『まあそう怒るな。あれは人を下げる事でしか己の優位を確認出来ぬ愚か者どもだよ。其方達が本気で相手をするほどの値打ちのある者では無いさ。適当に相手をしておけ』

「まあ、ルークからもそれは毎回言われてますけどねえ。頭では分かってても理性と感情は別物なんっすよ」

 もう一度ため息とともにそう言ったカウリは、苦笑いして肩を竦めた。

『なるほどな。確かにそうかもしれんな』

 面白そうにそう言ったブルーのシルフは、レイの肩に座ってお疲れの愛しい主の頬にそっとキスを贈った。

『本部へ戻ったら、其方が喜びそうな話があるぞ。オパールの主から詳しい話を聞くといい』

「へえ、そうなんだ。じゃあ事務所へ戻ったらルークを探すね」

 嬉しそうにそう言ってブルーのシルフにキスを返すと、大きく伸びをしてカウリの背中を叩いた。

「ほら、早く戻ろうよ。報告したら昼寝するんでしょう」

「おう、ちょっとぐらい休まないと、俺の今夜の夜会の分の愛想笑いが品切れ中だよ」

「ええ、それは困るので、しっかり今のうちに補給しておいてください」

「おう、愛想笑いの補給に関する申請書類は早めに出しておいてくれよな」

「了解。じゃあ後でルークにサインをもらっておきます」

 そこまで言って、二人は顔を見合わせて同時に吹き出した。

「言うようになったなあ。いいぞ、その調子だ」

 嬉しそうなカウリの言葉に、レイも嬉しそうに笑って互いの拳をぶつけ合った。




「ただいま戻りました」

「戻りました〜」

 事務所に顔を出すといつもの席にルークとマイリーがいて、顔を付き合わせて何やら真剣に話をしているところだった。

「ああ、お帰り。二人とも……お疲れみたいだな」

 振り返ったルークの言葉に、マイリーも笑って頷いている。

「もう、ちょっと本気で倒れそうなんで、夜に備えて少し休んできます」

「あはは、そうみたいだな。構わないから仮眠室で少し休んで来い」

「ですね。そうさせてもらいます」

 苦笑いしたカウリは、言われた通りに休憩室の近くにある竜騎士隊専用の仮眠室へ向かった。

「じゃあ僕は、休憩室で休んで来ようかなあ」

 仮眠室で休んだら夜まで熟睡してしまいそうなので、疲れたと言ってもカウリほどではないレイは休憩室のソファーで休む事にした。あのソファーの寝心地もかなり良いのだ。

「ああ、レイルズ。ちょっと待ってくれ。お前に仕事の依頼が来てるよ」

「仕事の依頼? ええ、何ですか。それ?」

 事務所を出て行きかけたところでルークからそんな事を言われたレイは、足を止めて慌てて振り返った。

 ルークとマイリーが笑顔で自分を見つめている。

「きっと元気が出ると思うからこっち来て座れって。説明するからさ」

 書類の束を持ったルークの言葉に、先程のブルーの言葉を思い出したレイは大急ぎでルークの隣に座った。



 二人からそのお仕事の詳しい内容を聞いたレイは、喜びの余りその場で飛び跳ねてしまい二人から笑われる事になるのだった。

『だから言ったであろう? 其方はきっと喜ぶとな』

 笑ったブルーのシルフに何度も頷いてキスを贈ったレイは、もう一度嬉しそうに笑って、ルークから渡された新しい書類の束を抱きしめたのだった。

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