閲兵式の朝
「はあ、夢みたいだ。早く閲兵式にならないかなあ」
休憩室のソファーに転がったレイは、クッションを抱えたまま天井を見上げてそう呟いた。
閲兵式は二日後。
それまではひたすら昼食会やお茶会、そして夜会の予定がぎっしりと詰まっていて精霊魔法訓練所へも行けない日が続いていたが、もうそんな事も気にならないくらいに閲兵式が楽しみになっていた。
『だから言ったであろう? 其方はきっと喜ぶとな』
ソファーの背に現れたブルーのシルフにそう言われて、レイは嬉しそうに笑って大きく頷いた。
「マークやキムも頑張ってるんだね。僕ももっと頑張らないと」
『其方はもう少し気楽に物事をこなしたり、手を抜く事を覚えるべきだな。あまり何もかも全てに対して全力で頑張っていたら、何かあった時に余裕が無くなるぞ』
「ええ、そんな。手抜きは駄目だよ」
クッションを抱えたまま腹筋だけで起き上がったレイの抗議に、ブルーのシルフは笑って首を振った。
『手を抜くと言っても全てが悪い事なわけでは無い。我が言ったのは、その違いを覚えなさい、という意味だよ』
「えっと、手を抜いて良い場合もあるって事?」
『そうだな。まあそのような場があれば教えてやる故、心に留めておきなさい。ほら、疲れているのだろう。少し休みなさい』
ふわりと浮き上がったブルーのシルフは、レイの肩をそっと押して横にならせて大判の膝掛けをそっと広げて掛けてくれた。
「うん、ありがとう。じゃあちょっと休むね」
小さく欠伸をしたレイは、横向きになってクッションを抱えたまま目を閉じた。
「これから秋まで、楽しい予定がいっぱいなんだよ。楽しみだなあ……」
小さくそう呟くと、すぐに静かな寝息を立て始めた。
『お疲れさん。頑張り屋さんにも休息は必要だな』
ふわふわな赤毛をそっと撫でて額にキスを贈ると、そのまま襟元に潜り込んで一緒に眠る振りをした。
集まって来たシルフ達は楽しそうに赤毛に集まると、せっせと髪の毛で遊び始めた。
しばらく後、夜会の前の軽食を持って来たラスティが一番最初に見たのは、ソファーに転がって熟睡しているレイの、見事なまでに芸術的に絡まり合った豪快な寝癖の頭だった。
「はい! どうかよろしくお願いします!」
「どうかよろしくお願いいたします!」
直立して敬礼した二人がそう叫ぶのを見て、伝言のシルフは綺麗な敬礼を返してくれた後にくるりと回っていなくなった。
それを最後まで敬礼したまま見送ったマークとキムの二人は、互いの顔を見合い揃って笑み崩れた。
「うわあ、言ってみるもんだな!」
「だな、だな、だな! 俺は絶対に無理だって断られると思ったよ。これは一気に閲兵式が楽しみになったな」
まるで子供のように大喜びした二人は、互いの手を叩き合い、肩や背中を叩き合っては大喜びしていた。
しばらくして落ち着いた二人は、改めて深呼吸をしてから一転して真剣な顔になり、机に揃って向かうと何やらものすごい勢いでメモを取り始めた。
時折お互いのメモを見ながら真剣に話を続け、またメモを書く。
結局二人はその日、食事に行くのも忘れてずっと机に向かい延々と相談を続けていたのだった。
閲兵式当日は、雲一つない良いお天気になった。
その日もいつものようにシルフ達に起こされたレイは、ラスティに起こされる前に機嫌よく飛び起きて、部屋の窓を開けてお天気を確認してから洗面所へ向かった。
「今日の寝癖は大人しめ〜、くしゃくしゃ寝癖は濡らして直せ。三つ編みいっぱい、それは駄目〜」
ご機嫌で顔を洗った後、寝癖の髪を濡らしながらご機嫌で即興の歌を歌っていた。
題して、寝癖の歌。音程も歌詞も文字通り思いつきだけの毎回違う即興の歌だ。
「レイルズ様、そろそろ起きてください」
ノックの音がしてラスティが顔を出す。
誰もいない空っぽのベッドを見て、それから開いたままになっている窓を見て慌てて駆け込んで来る。
そして洗面所から聞こえる、呑気なレイの寝癖の歌を聞いて勢いよく吹き出したラスティは、そのままベッドに倒れ込んだのだった。
「レイルズ様、驚かさないでください……」
何とか笑いを収めたラスティは、大きく深呼吸をしてから何事もなかったかのように立ち上がって軽く咳払いをすると、洗面所へ向かった。
予想通りに後頭部に残っていた寝癖を手伝って直してやってから、こめかみの三つ編みに飾り紐を括ってやり、一緒に部屋に戻った。
今日の三つ編みの飾り紐は、明るい新緑色にした。
実は最近、若者達の間ではこんな風に髪の一部をごく細い三つ編みにして、綺麗な色の飾り紐で括るのが密かな流行になっている。
男性は左右のこめかみ部分。あるいは前髪の一部。女性はこめかみや耳の後ろ辺りをごく細い三つ編みにして飾り紐で括るのが人気だ。
お洒落な人達は、三つ編みだけでなく様々な細手の編み方を研究しては夜会で披露して人気を博していた。
自分のせいでそんな事になっているなど露知らぬレイは、最近は男性の方の髪も華やかになったなあ、などと呑気に考えているのだった。
特に、レイが使っているこの飾り紐を染めている職人の工房では、突然注文が殺到して嬉しい悲鳴をあげているのだった。
いつもの朝練は今日はお休みとの事だったので、ベッドで少し柔軟体操をして体を解してから竜騎士見習いの制服に着替えてルーク達と一緒に食堂へ向かう。
「そう言えば今日の閲兵式って、僕はお城の叙任式や槍比べは見学出来るの?」
食事の後、ミニマフィンと果物を山盛りに取ってきてカナエ草のお茶と一緒に食べながら、隣に座るルークに質問する。
「ああ、残念だけど今年は俺達と一緒だから見学は無しだぞ。まあ午前中はゆっくりしてくれていいよ。早めの昼食の後は第一級礼装に着替えて、鎧にミスリルの鈴を付けた特別な武装した竜と一緒に観兵式に参加だからな」
「はい、すっごく楽しみです!」
目を輝かせるレイに、ルークも笑顔になる。
「おう、俺も楽しみだよ。まあ、張り切りすぎて失敗しないようにな」
笑ってそう言われて、マフィンを食べていたレイはもうちょっとで喉に詰まらせるところだった。
「大丈夫です!」
しっかり飲み込んでからそう言って胸を張るレイに、ルークだけでなく横で見ていた若竜三人組も一緒になって笑っていた。
それぞれの竜の使いのシルフ達は、お茶のカップやお皿の縁に好きに座って、楽しそうな愛しい主達の様子を飽きもせずにいつまでも眺めていたのだった。
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