マークとキムの仕事

「うああ、やっぱりそう来るか」

「だよなあ、絶対期待されてただろうからなあ」

 その日、ディアーノ少佐から呼び出されたマークとキムは、少佐からの命令書を受け取ってその内容を見るなり顔を覆ってほぼ同時にそう叫んだ。

 それには、第四部隊の代表として閲兵式の際に、陛下の御前で精霊魔法の合成魔法を披露するようにとの命令書だった。

「まあ、この時期に閲兵式があれば当然そうなるだろうさ。しっかり頑張ってくれたまえ。何か必要な前準備があれば、早めに言ってくれると有り難いんだがね」

 完全に面白がる口調のディアーノ少佐の言葉に、何とか顔を上げたマークとキムは顔を見合わせてから直立した。

「了解しました。実演に関しては前回とは内容を少し変えて行いたいと思いますので、詳しい内容が決まり次第報告します」

 直立して敬礼したキムの言葉に、ディアーノ少佐も頷く。

「うむ、忙しいとは思うが頑張ってくれたまえ。活躍を期待する」

 お手本のような綺麗な敬礼を返した少佐の言葉に、マークとキムの二人は直立したまま内心で大きなため息を吐いていたのだった。




「はああ、予想はしてたけど、どうする?」

「どうするって……どうしよう……」

 少佐の執務室から出てきたところで立ち止まった二人は、互いの顔を見て困ったようにそう言って大きなため息を吐いた。

「はあ、やっと第一回目の講習会が何とか無事に終わって安心していたところなのになあ」

「仕方がないさ。まあこれも予想の範疇だ。とにかく部屋に戻って実演の内容を組み立てよう」

 二人揃ってもう一度大きなため息を吐いてから、互いの背中を叩き合ってそのまま会議室へ戻った。

 すっかり最近の仕事部屋になっている小会議室は、すでに山盛りの資料と論文の下書きで足の踏み場もない状態になっている。

「やっぱりもう少し広い部屋を借りるべきだったなあ」

「だな、まさかこんなに早く、こんな事になるとは思っても見なかったよ。とにかくちょっと場所を開けよう」

 肩を落としたキムの言葉に、マークは顔を上げて手を打った。

「なあ、隣の小会議室も借りられないかな。それならこの壁を開ければこのまま引越しせずに広く使えるぞ」

 マークが見ているのは、資料が入った木箱が積み上がった北側の壁だ。

 ここは元々隣の会議室と繋がっていて、普段は可動式の壁で半分に仕切られているのだ。

「確かに。それなら引越ししなくて済むな。ちょっと事務所へ行って申し込んでくるよ」

 キムが早足で出て行くのを見送り、マークは山積みになっている資料の入った木箱を部屋の別の場所に動かし始めた。

 この壁を開けてもらえれば部屋が実質倍になるので、資料棚と会議机を追加で入れて貰えば二人で広く使えるだろう。



 今の彼らは第四部隊内部でも特別扱いになっているので、大抵の請求は無条件で通る。

 本来なら会議室には無いはずの簡易キッチンまでが、申し込んだその日のうちに奥の壁側に設置されたほどなのだから。



「はあ、それにしても……何をするかねえ」

 木箱の移動が終わり大きく伸びをして背筋を伸ばしたマークは、少し考えて立ったまま右掌に光の盾をいとも簡単に作り出した。それから真剣な顔でその光の盾を大きくしたり小さくしたりし始めた。

「やっぱり、やるならあれだよなあ」

 マークが言うあれとは、離宮でレイルズと散々試した合成魔法の再合成の事だ。

「ううん、本当ならレイルズにも手伝ってもらえたら一番良いんだけど、いくら何でもそれは無理だよな」

 実は、キムと二人だけでの合成魔法の再合成も、あれから何度か練習しているのだ。しかし何故か成功率がレイルズと一緒にやっていた時よりもかなり低いし、発動する盾自体の大きさもそれほど変わらないのだ。

 合成魔法の再合成自体は何とか成功しても、マークとキムの二人だけだと発動した盾の見かけがあまり変わらないので、式典の際などにはあまり向かない。

 マークは、恐らくだが光の盾が二つ重なる事で実際の発動の威力も大きくなるのだと考えている。何度かやってみたが、火と風の合成魔法同士を再合成しても発動の際の大きさは変わらないのだ。

 無言で考え込んだまま光の盾を消して腕を組んだマークの周りを、シルフ達が退屈そうに飛び回っていたのだった。




「許可が出たぞ。後で壁を開けるのは手伝いに来てくれるらしいから、壁側の荷物だけ動かしておいてくれってさ」

 開けっ放しの扉からキムが戻ってきた時、マークは真剣な顔で机に向かって何かを書き散らかしていた。

 すでに壁側に積み上がっていた箱は全部移動してある。

「うおお、全部やってくれたのか。悪かったな。……ってか、何をそんなに真剣に書いてるんだ?」

 マークの背後から、書いているそれを覗き込む。

「何だ? 構築式?」

 どうやら光の精霊魔法の入った新しい構築式のようで、ため息を吐いたキムが後ろに下がろうとした時、いきなりマークが腕を伸ばしキムの腕を掴んだ。

「うわあ、いきなり何するんだよ」

 飛び上がったキムに構わず、マークは真剣な顔で構築式をぎっしりと書いた紙を掴んで見せた。

「なあ、やっぱりこれにはレイルズの協力が必要だと思うんだけど。どう思う?」

「はあ、どうして今ここでレイルズの名前が出てくるんだよ?」

 紙を受け取りつつ、キムが首を傾げる。

 しかし、書かれた構築式を理解した時、大きくうめき声を上げて口元を覆った。

「ううん、確かにこれは……だけど、どうだろうなあ? 当日の彼の予定が分からないよ」

「駄目なら駄目で次を考えるから、とにかくお願いだけでもしてみないか?」

「ううん……どうだろう」

 もう一度そう言ったキムだったが、大きく深呼吸をしてマークの顔を見た。

「確かに、駄目でも構わないから、言うだけ言ってみるか」

 真剣な顔で頷き合った二人は、部屋が片付き次第もう一度ディアーノ少佐の所へ、この構築式の書かれた書類を持って、かなり無理なお願いをしに行く事にしたのだった。

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