事務所にて

 気がつけば、閲兵式までの日々はあっという間に過ぎていった。

 とは言え、竜騎士隊は閲兵式当日の観兵式で竜と一緒に参加するくらいで、特に事前にする事は無い。



「今頃あいつら、閲兵式の準備で忙しくしてるだろうな」

 事務所で一息ついた時、カウリが大きく伸びをしながらそう言って笑った。

「第六班の皆。大丈夫かなあ」

 レイも自分の日報を書いていた手を止めてカウリを振り返った。

「まあ、俺の後に来てくれたサハウ伍長ってのがすごく優秀な人らしくてさ。色々滞っていた仕事もすっかり元通りになったらしいぞ」

「へえ、そうなんですね。良かったね」

「でもまあ、今忙しいのは間違いないだろうな。しかしたった一年でここまで自分の環境が変わるとはね。去年の俺に教えても、絶対信じないと思うぞ」

 書類を手にして見返しながら、カウリはため息を吐いて肩を竦めた。

「僕はすごく楽しかったけど」

「まあ、お前は本当に優秀な応援要員だったよ。普通あんな役に立つ奴は応援要員では来ないって」

 笑いながらそう言ったカウリは、手を伸ばしてレイのふわふわな赤毛を突っついた。

「ええ、応援なんだから役に立たないと困るじゃないですか」

 驚くレイの言葉にカウリが笑う。

「まあ、表向きはそうなんだけどさ。当然、送り出す側にだって仕事はあるんだから、すごく働く奴とそれなりに働く奴がいたら、役に立つ方を自分の所に残すだろうが」

「あ、そっか」

 妙に納得するレイを見て、またカウリが笑う。



「まああそこは、それなりに大人しい奴らばかりだったから、ルークもお前を寄越すのにあまり心配はしてなかっただろうさ。でも、今度はそうはいかないと思うけどなあ」

「今度って?」

 不思議そうなレイに、カウリは驚いて振り返った。

「あれ、お前聞いてないのか?」

 質問に質問で返されて、更に首を傾げる。

「聞いてないって、何を?」

「いや……秋に……いや、いい。へえ、そうなんだ。なるほどなあ。そう来るか」

 何やら一人で納得するカウリに、レイは思わず腕を掴んで縋った。

「ええ、待ってカウリ。一人で納得しないでください。何の話ですか?」

「いや、ルークから詳しく教えてもらえ。俺からは何も言わないよ。内緒にしておく。でも、きっとお前ならまた新たな発見があるだろうからさ。秋を楽しみにしていろよな」

「秋に何かあるんですか?」

「おう、きっと楽しいぞ」

 にんまりと笑うカウリの言葉に、レイは戸惑いつつも掴んでいた手を離した。

「分かりました、じゃあ楽しみにしておきます」

「でもその前に、蒼の森へ里帰りするんだろう?」

「うん、秋には休暇が貰えるから蒼の森に帰ってもいいって、ルークから聞いたよ。だからすっごく楽しみにしてます」

 無邪気なその言葉にカウリも笑顔になる。

「多分、同じ頃に俺もまとまった休暇を貰えるって聞いてるからなあ。でも俺は、チェルシーと一緒に屋敷でゆっくり休ませてもらうよ」

「せっかくだからチェルシーのそばにいてあげないとね。赤ちゃん楽しみだなあ」

 無邪気なその言葉に、カウリも笑顔になる。



「まあ、心配は尽きないけどさ。こればっかりは男にできる事なんて全くと言ってもいいくらいに何も無いもんなあ。退屈している彼女の側で話を聞くくらいはしてやらないとさ」

「退屈なの?」

 身重の女性がどれくらい不自由なのかレイにはさっぱり分からない。大事にしなければならない事くらいは分かるが、具体的に何がどうなっているのかかなんて、さっぱり分からなくて、身重の女性のことなどレイにとってはまさに未知の世界だ。

「まあそろそろ安定期らしいから悪阻の方はもう大丈夫みたいだし、少しくらいは動いてもいいあらしいんだけどさ。元々自分で何でもやっていたから、思うように身軽に動けないのはやっぱり本人にしてみればかなり不自由みたいだぞ。それで結局大人しくしてたら退屈で困るんだって。いろいろ勉強する事はあるみたいだけどな」

「大変なんだね」

「おう、感謝しないとな。女性がそうやって頑張ってくれないと男だけだと人は滅んじまう」

「本当だね。母さんが頑張って生んでくれたから僕だって今ここにいるんだもんね」

「そうだな」

 顔を見合わせて笑い合うと、カウリは書き終えた書類をまとめた。



「さてと、今日の事務仕事はこれで終わりだ。お前は? 日報はもう書き終わったか?」

「はい、これで終わりです!」

 最後に自分の名前を書いたレイも、書き終えた日報を専用の箱に入れてから大きく伸びをした。

「んじゃ、飯にすっか」

「はい、僕もお腹空きました」

「おう、しっかり食えよ。育ち盛り」

「もちろんです。って言いたい所だけど、さすがにそろそろ成長も止まったみたいだよ。この所、制服の直しがないもの」

「残念。ヴィゴにはちょっと届かなかったか」

 笑って手を伸ばしてレイの頭を押さえたカウリは、しかし首を傾げた。

「いや……思ってたんだけど、お前この前よりまたデカくなってねえか? ほら、俺と比べてみろよ」

 そう言って立ち上がったカウリが背中を向けてくれたので、レイは嬉々として背中合わせになって立った。

「えっと……あ、本当だ。また少し大きくなったかも!」

 自分の頭の位置と、カウリの頭の位置を手を当てて比べた後に嬉しそうにそう叫んだ。

 事務所の近くの机にいた何人かが、その声に驚いて振り返る。

「後でヴィゴと比べてもらえ、これ、冗談抜きでヴィゴと同じくらいになってるんじゃねえか?」

 横幅はまだまだ全然ヴィゴには叶わないのでレイの方がひとまわり小さく感じるが、どうやら身長ではかなり近いところまで育ったみたいだ。

「えへへ、後でヴィゴにお願いして背比べしてもらおうっと」

 嬉しそうにそう言って笑うレイは、身体こそ標準よりも遥かに大きいが、まだまだそれは年相応の無邪気な笑顔だった。



「あんなにデカいくせして、あの可愛い顔で笑うって……反則だよなあ」

 呆れたようなカウリの言葉に、すぐ側でブルーのシルフとニコスのシルフ達が揃ってうんうんと何度も頷くのを見て、カウリは堪える間も無く吹き出したのだった。

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