アンコールと思わぬ語らい

 今日のもう一曲演奏予定の英雄行進曲は、宮廷楽士と竜騎士隊の人達だけでなく楽器を演奏する倶楽部の方々も参加して、さらには皇王様とオリヴェル王子殿下までが急遽ヴィオラでの飛び入り参加をなさり、それは素晴らしい演奏となった。

 会場を包む割れんばかりの拍手の中、皇王様とオリヴェル王子殿下が顔を見合わせてアンコールの演奏を始める。笑顔で頷きハープシコードのアルス皇子もその後に続いた。

 優しくもどこか不思議な和音を奏でるその曲は、想いと希望、と題された歌劇の演目の中で使われる曲で、そは光なり、という題名がついている。苦難の道をそれでも折れる事なく歩む主人公を見守る人々の気持ちを表す曲だ。

 以前レイがティア妃殿下の前で、想い、と題された歌を披露した事があったが、これもそれと同じ演目の中で使われる曲となっている。

 思わぬ贅沢な演奏に、会場からは大きな拍手が沸き起こった。

 その後も竜騎士隊の人達が順番に演奏して行く。

 マイリーとヴィゴは、夢のあとさき、という有名な曲を二人で演奏し、ロベリオとユージンは、花束狂想曲、という、若者達の花束争奪戦を歌った楽しい曲を演奏した。ルークはハンマーダルシマーで、春の嵐、と題されたオルベラートの古い民謡を演奏し、タドラとカウリは、夏風吹けば、というこれも古いオルベラートの民謡を演奏した。

 後はレイの番だ。

 竪琴を構えたレイは、小さく深呼吸をしてから演奏を始めた。



 曲は、精霊の泉。



 これも、オルベラートで人気の舞台で使われている曲で、若者達の恋を描いたその喜劇の演目は同じ年代の若者達から絶大な人気を誇るのだそうだ。

 ニコスのシルフに教えてもらったその曲は、若者達の恋を密かに見守る精霊達が、深夜に精霊の泉に集まって恋の噂話をしつつ、楽しく踊って遊ぶ際に使われる曲だ。

 書籍としても出版されていて若者達を中心に人気の本だ。レイも恋愛物語をいくつも読んだ時にそうと知らずにこのお話を読んでいる。



 転がるような精霊達の笑い声を表す竪琴の弾けるような音の繋がりと、ひそひそ声で話される恋の噂話を表す高音域の軽やかな音。聞いているだけで笑顔になるような楽しさが溢れる曲だ。

 最後は大きな手拍子までもらい、何とか無事に演奏を終える事が出来た。




 夜会が終了した後は、別室にて行われる男性だけの歓談会にレイも参加するように言われた。

 その場には皇王様やオリヴェル王子殿下をはじめ錚々たる顔ぶれが揃った会となり、レイは大人しく隅っこに座ってりんご酒を飲みながら周りの方々の話に耳を傾けていたのだった。



 今でも改めて同じ部屋にいる方々の顔ぶれを考えると、自分がここにいる事が夢のように思えて不思議な気分になる。

 小さなため息を吐いてりんご酒を飲み干したレイは、もう一度小さくため息を吐いた。

「おや、もうお疲れですか?」

 笑いながら隣に座ったのはイクセル副隊長だ。手にはワイングラスを二つ持っている。

「いえ、でもちょっと眠くなってきました」

 誤魔化すようにそう言って軽く目を擦る。

「貴腐ワインがお好きと伺いましたのでね。良ければどうぞ」

 お礼を言って銘柄を聞き、それほど酒精の強いものではないのを確認してからいただいた。



「もうお帰りになられるんですね」

 アルス皇子と仲良く話をしているオリヴェル王子殿下を見ながら、何を話して良いのかわからずそう呟く。

 レイはあまり接する機会はないが、小柄なイクセル副隊長は竜騎士隊の人達ともすっかり仲良くなっている。

「今回の訪問は、こう言っては何ですが本当に楽しかったですね。そして実に様々な実り多いものとなりました。特にあの合成魔法に関しては、戻り次第オルベラートでも研究室を設置するそうですから、とても楽しみです。今後もどうぞよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。僕の友人達も、軍部で合成魔法の講義を始めるそうで、講義の内容を必死になって組み立てていましたよ。実は僕も、精霊魔法訓練所で幾らかお手伝いしました」

 ワインの香りを楽しみつつ、嬉しそうに笑う。

 マークとキムは、レイにとって自慢の大切な友達だ。

「それは素晴らしいですね、先駆者の方の講義ですか。機会があれば是非聞いてみたいものです」

 さすがにこれは社交辞令だと分かったので、レイも笑顔で頷くに留めた。



「実は、レイルズ様とは一度ゆっくり話がしたかったのですよ」

 改まって少し控えめな声でそう言われて、何となく小さく頷いたレイもイクセル副隊長の方へ耳を近づける。

「実を申しますと、今では竜騎兵団の副隊長などという大層な地位をいただいておりますが、私は貴族では無いんです」

 驚くレイに、イクセル副隊長は大きく頷いた。

「元は辺境地域にある迷宮となった廃坑を含む複数の鉱山を有する家ですが、産出量はそれほどではありません。所詮は田舎者の小金持ちですよ。私は四男だったために志願して軍人となりましたが、まさか自分が竜の主となるなんてはっきり言って夢にも思っていませんでしたね。正直に言うと、今でもどこかで夢じゃないかと思う事があります」

 驚きに言葉も無いレイを見て、笑って肩を竦める。

「ですので、レイルズ様の戸惑いや、周りに対してどこか自信を持てないお気持ちも少しは理解出来るつもりです」

 レイは、もう一度ため息をついて、もらったワイングラスを見つめた。

「もっと自信を持てって、大丈夫だって皆言ってくれます。僕も、自分じゃなくて、皆は、僕の後ろにブルーを見てくれてるんだからって、そう思って、何とか頑張ってます。でも、でもやっぱり自信なんて……」

 途切れ途切れに話すその言葉をイクセル副隊長は黙って頷いて聞いてくれる。

「私も最初はそうでした。でも、殿下がある時こう仰ってくださったんです。市井の者達の気持ちが分かる私は、竜騎兵団にも、そして殿下にも必要な存在なのだと。そしてこうも仰られました。竜の主となる者は、たとえ元がどんな身分の人間であったとしても、竜が認めたその瞬間に何よりも尊い唯一の存在となるのだとね」

 目を見開くレイに、イクセル副隊長は大きく頷いてくれた。

「貴方を選んだ貴方の竜を信じてください。そして、どうか立派な竜騎士となってください。約束しましょう。あなたが陛下から正式に竜騎士の剣を賜る際には、必ず祝いに駆けつけましょう。その勇姿を私に見せてください。楽しみにしていますからね」

「は、はい、是非お願いします」

 目を輝かせるレイを見て、イクセル副隊長は笑って手にしたワイングラスを見た。



「精霊王に感謝と祝福を」

「精霊王に感謝と祝福を。そして未来ある若者に光あれ」

 レイの捧げたグラスにイクセル副隊長も笑顔でそう言い、二人はグラスを重ねてワインをそっと飲み干したのだった。

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