共演
「さあ行こう勇気を出してあの広大なる闇の地下迷宮へ!」
最後は会場の人達までが一緒に歌ってくれたおかげで、一曲目の地下迷宮への誘いは大きな拍手をもらう事が出来た。
オリヴェル王子殿下も、楽しそうに拍手をしてくださった。
軽く一礼して、竪琴を構え直す。
それを見た会場は二曲目があるとわかり一気に静かになる。
しかし、その直後に舞台に上がってきた人を見て、あちこちから控えめな騒めきが起こった。
ティア妃殿下が出て来ただけでなく、その後ろからミスリルの鈴のついた杖を持った六人の巫女達が出てくるのを見て驚きの声も上がっていた。
そしてレイもティア妃殿下と共に舞台に上がってきた巫女達に、内心では飛び上がらんばかりに驚いていたのだった。
「ええ、ど、どうして?」
思わず小さな声で後ろに向かってそう尋ねる。
「私がお願いしたのよ。彼女達の歌声は本当に美しいですもの」
得意気なティア妃殿下の言葉に、レイはもう笑うしかなかった。
「かしこまりました。ではよろしくお願いしますね」
笑顔でそう言うと改めて竪琴を構え直した。
「朝焼けの街道の坂道を進み遠くなる影」
「今新たなる道に進みゆく貴方にこの歌を贈ろう」
優しい竪琴の調べと共にレイが静かに歌い始める。
巫女達は手にしたミスリルの鈴を音に合わせてごく小さく振っているだけで、まだ歌は歌わない。
ティア妃殿下もじっとしたままで目を閉じてレイの歌声を聴いている。
「貴方がこれから出会うであろう様々な出来事」
「時には悲しみの涙に溺れ」
「歩みを止める日が来るかもしれない」
「時には哀しみの雷に打たれて」
「心折れて倒れ伏す日が来るかもしれない」
「そんな時君が立つ険しき道に咲く一輪の花のように」
「私は貴方を癒す野の花でありたい」
竪琴の流れるような調べに乗せて、ゆっくりと囁くような歌が流れる。
そのまま間奏があり、今度はティア妃殿下が歌い始める。
「時折思い出してくれるだけでいい」
「いつも貴方を想っている私がここにいる事を」
「時折思い出してくれるだけでいい」
「貴方が笑って過ごしてさえいてくれれば」
「ただそれだけで幸せになれる私がいる事を」
優しい歌声に会場は静まりかえって聞き入っている。
「精霊王よ見守りたまえ」
レイが朗々と響く声で歌う。
「苦難の道を選びゆくあの人を」
それに応えるようにティア妃殿下の歌声が響く。
「精霊王よ見守りたまえ」
「孤独なりし道を選んだあの人を」
「精霊王よ見守りたまえ」
「ただまっすぐ前を見るその瞳を」
二人で歌い交わすように、交互にレイとティア妃殿下が歌い上げる。
そしてここから巫女達の合唱が入る。
「光あれ」
「精霊王の見守りをここに」
「光あれ」
「精霊王の見守りをここに」
巫女達が一定のリズムで打ち鳴らすミスリルの鈴の音に合わせて、今度はレイの爪弾く竪琴が静かに音を響かせる。
「紺碧の空の下」
「もう貴方の姿は無い」
「けれど私には見える」
「面を上げて堂々と歩む貴方の姿が」
「けれど私には見える」
「吹き寄せる風に髪を揺らしながら」
「時折笑って進む貴方の姿が」
やや高いレイの優しい歌声は、流れるような竪琴の音と共に会場を流れる。
静かに鳴らされるミスリルの鈴がその音に寄り添う。
「貴方のその髪を揺らす風になりたい」
「眠る貴方の髪を撫でる風になりたい」
「貴方の涙を乾かす優しい風になりたい」
ティア妃殿下の歌声が、レイの竪琴に重なる。
巫女達はハミングしながらずっとミスリルの鈴を鳴らしている。
また竪琴の間奏が入ったあと、今度は全員で歌い上げる。
「暗く険しいその道を」
「ただ黙々と進みゆく」
「貴方のこれからに幸いあれ」
「貴方のこれからに幸いあれ」
「風の彼方へ歩み行く」
「貴方のこれからに幸いあれ」
「貴方のこれからに幸いあれ」
一気にかき鳴らされる竪琴の音に合わせて、全員の歌声が朗々と響き渡る。
最後は一気に鳴らした竪琴の弦を、レイの手が押さえて一気に音が消える。
一瞬静まりかえった会場は、その直後に大きな歓声と拍手に包まれたのだった。
消えない拍手に深々と揃って一礼した一同は、ティア妃殿下を先頭に舞台から下がる。クラウディア達がその後に続き、最後にレイが竪琴を抱えて退場した。
「素晴らしかったよ。いやあ、ここで聞き惚れてしまったね」
舞台袖にはアルス皇子が来てくれていて、笑顔でティア妃殿下の肩を抱きそっと頬にキスを贈った。
それから笑顔のレイと手を叩き合い、軽く咳払いしてから巫女達に向き直った。
「素晴らしい歌声を本当にありがとう。これからもティアと仲良くしてくれたまえ。でも、無理なお願いは断って良いのだからね」
「お、畏れ多いお言葉でございます」
最後は笑ってそう言ったアルス皇子の言葉に、巫女達はその場で両手を握り額に当てて跪き、深々と一礼したのだった。
「今日は本当にありがとうね。えっと、もしかして……このためだけに来てくれたの?」
レイがクラウディアの隣で小さな声でそう尋ねる。
「まさか、いくら何でもそれならこんな着飾っては参りませんわ。この後、舞を披露する予定なんです。よかったら見てくださいね」
「あ、そうなんだね。うん、楽しみにしてるよ」
嬉しそうなレイの言葉にクラウディアは唐突に真っ赤になった。
アルス皇子が、自分たちをとても優しい笑顔で見ている事に唐突に気がついたからだ。
「あれ、ディーディー。どうしたの?」
「な、何でもありません!」
慌てて一歩下がった彼女を見て、レイが慌てて一歩進む。
また下がった彼女にレイは眉を寄せる。
「ディーディーが逃げる」
「に、逃げてるわけではありません!」
「じゃあ、どうしてだよ」
拗ねたように口を尖らせるレイを見て、もう周りの者達は笑いを堪えるのに苦労していたのだった。
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