夜会にて

「お疲れさん。一息ついたらそろそろ竪琴の演奏の順だから、舞台へ行ってくれよな」

 ルークの言葉に、レイは小さくため息を吐いて頷いた。



 今夜の夜会は久し振りの大規模なもので、オリヴェル王子殿下が帰国なさる前の最後の夜会となっているのだ。なので皇王様を始めマティルダ様やティア妃殿下もアルス皇子と一緒に参加している。現在竜騎士隊唯一の既婚者であるヴィゴはイデア夫人を伴って来ているし、話題の若竜三人組もそれぞれの婚約者を同伴している。カウリは奥方が社交界には一切出て来ていないので、公式の場では独身扱いとされている。



 正面の舞台では、中央でのダンスが終わった先程から、様々な倶楽部の人達が交代で上がって演奏や歌声を披露している。

 レイも竪琴の演奏依頼を受けているし、後半には竜騎士隊の皆と一緒の演奏の予定もあるので、今日はいつもの竪琴を持って来ている。それから念の為に、少し前にボレアス少佐からの紹介してもらった楽器専門の業者から預かっている竪琴を一台、持って来ている。

 どうぞお気が済むまで弾き心地を確認してくださいと笑顔で言われて、店主お勧めなのだというどれも見事な仕立ての竪琴を三台、そのまま置いていかれてしまったのだ。

 ニコスのシルフ達によると、このまま三台ともレイに買ってもらう魂胆だと聞かされて、密かに笑ってしまったのだけど、確かにどれもとても音が良く弾き心地も良いので本当に三台とも買う気になっているレイだった。




「オリヴェル殿下からはまた地下迷宮への誘いをって言われてるんだったっけ。あとは何を歌おうかなあ」

 一人で歌える歌や演奏できる曲には限りがある。あまり同じ曲ばかり演奏するのは気がひけるので、出来れば新しい曲を演奏したい。習った曲を指を折って思い出しながらどうしようか考えていると、目の前にニコスのシルフが現れた。

『それなら風の彼方に、はどう?』

「えっと、その曲なら弾けるけどあれは女性の歌の部分があるよ。全部僕が歌おうと思ったら……少しキイが高くなるから歌えるかなあ」

 困ったようにそう呟くと、ニコスのシルフ達は揃って笑顔になった。

『大丈夫だよ。最適な方がいるから』

『お願いして来てあげるね』

 満面の笑みでそう言い、何度も頷く。

「ええ、誰にお願いするんだよ」

 不思議そうにそう聞くと、また満面の笑みで頷き、くるりと回って一番大きな子が消えてしまった。

『心配ないない』

『任せて任せて』

 残った二人に自信満々でそう言われてしまい、とりあえずはよく分からないが任せる事にしたのだった。






「準備はよろしいですか。では失礼の無いように。しっかりと己の務めを果たして来なさい」

 クラウディア達は、着替えの入った包みを持ったまま真剣な顔で頷いた。

 昨夜、礼拝堂のお掃除を終えて休憩していたところでサンドレア大僧正の名前で急に呼び出され、何事かと慌てて事務所へ行けば、明日の夜、城で行われる夜会で、オリヴェル王子殿下の前で舞を披露してほしいと依頼を受けたと言われて飛び上がった。呼び出されて次々にやって来た舞い仲間の巫女達と手を取り合って喜び、皆で大急ぎで舞の衣装や装飾品などの準備をしたのだった。

 そして迎えの執事の案内で小型の馬車に乗り込み、準備のための控え室にきたのは今日の昼前の事だった。

 部屋に用意されていた豪華な昼食を皆で大喜びで頂き、午後からは舞台の位置や伴奏をしてくれる宮廷楽士の方々との打ち合わせや、舞台で舞う際の立ち位置などの確認を行なった。

 あっという間に時間は過ぎ、また別室に用意された豪華な夕食をいただいたあとは、もう夜会の時間になるまで部屋で準備して待機するだけとなった。



「ああ、駄目だわ。緊張して来た」

「オリヴェル王子殿下がおられるって事は、当然皇王様や王妃様、それにアルス皇子様やティア妃殿下もいらっしゃるのでしょう?」

「ティア姫様に、また舞を見ていただけるのはとても嬉しいけど……」

「ペトラ、駄目よ。もう姫様ではなく、ティア妃殿下よ」

 リモーネの言葉に、慌てたようにペトラが口を押さえる。

「はい、ティア妃殿下に舞をご覧いただけるのは嬉しいけれども、結婚式とは違って他にも大勢の方がおられるものね」

「そうね。確かにその場にいる方々のご身分を考えたら、足が震えそうだわ」

 エミューもそう言って自分の足をさすって少し笑い、それから肩を震わせた。

「堂々と胸を張って行きましょうよ。大丈夫よ、きっと上手くいくわ」

 一番年長のヴェルマの言葉に、皆も苦笑いしつつ顔を見合わせて頷き合ったのだった。




 準備の時間になった事を部屋付きの侍女から知らされたクラウディア達は、お互い手伝い合いながら髪を結い、簪を髪に飾り、豪華な衣装を着付けて行った。これ自体はもう慣れた作業なので予定の時間よりもかなり早く、全ての準備を整える事が出来た。

「少し早過ぎたかしらね」

「でも、もう夜会は始まってるのでしょう?」

「そうね。確かそうお聞きしたわね」

 丸椅子に軽く腰掛けた状態で、それぞれのリボンを手にそんな話をしていると、突然部屋をノックされて飛び上がった。まだ出番の時間ではない筈だ。

「あら、もしかしたら出番が早くなったのかしらね?」

 顔を見合わせたがあり得ない事ではない。慌てて返事をして扉を開いた時、そこにいる人を見て彼女達は更に驚く事になった。

 そこにいたのは、神殿でのおこもりの間にすっかり顔馴染みとなり仲良くなった、ティア妃殿下付きの侍女の姿だったのだ。

 そして、その彼女の口から伝えられた内容に、巫女達は揃って飛び上がり歓声を上げる事になったのだった。

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