ただいまと今後の予定

「おかえり、勉強会はどうだった?」

 厩舎でマーク達と別れ、ジャスミンやターシャ夫人達と一緒に本部へ戻ると、ちょうど廊下で書類を抱えたルークに会った。

「はい、ただいま戻りました。とっても楽しかったよ。えっと、それはどこへ持って行くの? 手伝うよ」

 レイの荷物はラスティが先に部屋に持っていってくれているので、手ぶらのレイはそう言って山積みになっている書類を半分ほど取って抱えた。

「悪いな。じゃあこのまま事務所まで頼むよ。ああ、ジャスミンもおかえり。楽しかったみたいだな」

 少し離れて見ていたジャスミンにも笑って声をかける。

「はい、ただいま戻りました。とっても楽しかったです。たくさんの本があって、すごく勉強にもなりました」

「聞いたよ、父上がまた山ほど本を持って行ってくれたんだって。今度離宮へ行ったら、俺も読ませてもらうよ」

「うん、すっごく沢山あるから、好きに読んでね」

「そういう事なら本読みの会、早々に開催しないとな」

 笑ったルークの言葉に、レイも笑顔になる。

「ああ、そうそう。瑠璃の館の改装も、そろそろ終わるみたいだな。ポリティス商会が来週には注文分の絨毯を全部納品出来るって連絡があったからさ」

「そうなんだ。もっと時間がかかるかと思ってたけど、頑張ってくれたんだね」

 嬉しそうなレイの言葉にルークも笑って頷く。

 そのままジャスミンも一緒に事務所へ向かった。




「では私はここで失礼しますね。レイルズ、呼んでくれてありがとう。本当にとっても楽しかったわ。また勉強会を開催する時は呼んでくださいね」

「もちろん。じゃあ、ジャスミンもお勉強頑張ってね」

 彼女はまだまだ覚えなければならない事や、決めなければならない事が沢山あるらしく、彼女の教育係となっているタドラもいつも忙しそうにしている。

 今も事務所にいたタドラは、レイにおかえりの挨拶をした後は、すぐにターシャ夫人達と顔を寄せて何か真剣に書類を見ながら話を始めてしまった。

 ジャスミンは、先にケイティに付き添われて部屋に戻る。

 その後ろ姿を見送ってから、レイは目を輝かせてルークを振り返った。

「あのねあのね、すっごい事があったんだよ」

 不思議そうに首を傾げるルークに、レイは嬉々として離宮での一部始終を話したのだった。




「へえ、あのマークがねえ。やるなあ」

 腕を組んで感心しているルークは、まだターシャ夫人達と話をしているタドラを振り返った。

「その話、後でタドラにも詳しくしてやってくれるか」

「もちろん。だけど……大丈夫だよね?」

 最初、レイは自分の大事な友達であるマークとジャスミンの恋を単純に喜び応援していた。

 しかし、冷静になって考えると、確かマークは地方の農家出身で誰かの後ろ盾があるわけでもない一般兵士だ。それに対してジャスミンは養女とはいえ今は伯爵家の一人娘だ。しかも竜の主でもある。

 身分に厳しい貴族の間では、マークでは彼女のお相手としてはおそらく問題にもされない程度の扱いだろう。

 もしも伯爵から反対されたらどうしよう。不意に心配になってルークの袖にすがった。

「もしかして、マーク軍曹を心配してる?」

 苦笑いするルークの言葉に、戸惑いつつも頷く。

「だって、マークは地方の農村の出身で一般兵でしょう。ジャスミンは伯爵家の一人娘で……」

「まあ、将来は未定だけど、もしも将来彼女が結婚するなら……そのお相手の男性には、婿入りして伯爵家に入ってもらう事になるだろうな」

 驚きに目を見開くレイを見て、ルークは笑って首を振った。

「だけどまあ、まだその辺りは未知数だよ。それに将来、新たな役割となる竜司祭となるのが決まっているジャスミンがもしも結婚するのなら、おそらくだけど、陛下の許可が必要になるだろうからね、伯爵の一存で話が済むってわけじゃないと思うぞ」

「大丈夫かな。マーク」

 戸惑うようなレイの呟きに、ルークは笑って彼の背中を叩いた。

「まあマーク軍曹は、少なくともその辺りは理解した上で、それでも彼女の気持ちに応えてるんだと思うぞ。俺は応援するから頑張れって伝えてくれよな」

 あからさまに反対されなかった事に、レイは嬉しくなって何度も頷いた。

「じゃあ、納得したところで明日からの予定を確認しておいてくれよな。別に個人的な用があるなら早めに言う事」

 そう言って机の上に置かれていた書類を渡される。

「うわあ、夜会と懇親会の予定がぎっしりだ」

 顔を覆って叫ぶレイを見て、ルークは鼻で笑った。

「俺達が忙しくしている時に、離宮で楽しく過ごしてたんだろう? ちょっとは頑張ってもらわないとな」

「うう、頑張ります……」

 諦めのため息を吐いて立ち上がったレイは、もう一度手にした書類を見て天井を向いた。

「うわあ、しかも……」

「いるだろう? 例のご婦人方が」

 とある大きな夜会の参加予定者達の中に、あの血統至上主義のラフカ夫人を始めとしたご婦人方の名前を見つけてレイはため息を吐く。

「まあ、ここで竜騎士となる以上は避けては通れないお相手だからな。諦めて聞き流して愛想笑いでもしててくれ」

 笑ったルークにそう言われて、苦笑いしたレイも頷いた。

「分かりました。何か言われたら、カボチャかニンジンが喋ってると思って大人しく聞いておきます」 

 そのあまりにも的確な例えを聞いたルークは、堪える間も無く吹き出したのだった。

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