それぞれの朝の時間

『おはようおはよう』

『起きて起きて』

『時間ですよ〜!』


 翌朝、いつものように起こそうとしたシルフ達だったが、三人並んで仲良くくっつきあって熟睡しているレイ達は、全く反応しない。


『起きないね』

『起きないね』

『眠い眠い』

『じゃあ一緒に寝るよ〜!』

『寝よう寝よう!』

『私は遊ぶの〜』

『遊ぼう遊ぼう』


 嬉しそうにそう言ったシルフが、横向きになって枕に抱きついているレイの真っ赤でふわふわの毛に潜り込んで毛を絡ませて遊び始めた。

 それを見た他のシルフ達は、笑って首を振るとキムやマーク、レイの胸元やお腹の横、あるいは耳元にくっついて眠る振りを始めた。

 一部のシルフ達は、いそいそとレイのこめかみのあたりに集まり、せっせと三つ編みを始めた。

 そしてベッドの下には当然のように毛足の長い毛皮が敷かれてあり、こちらにもシルフ達が集まってせっせと三つ編みを始めたのだった。




「ううん……」

 マークが呻き声を上げて寝返りを打つ。

 仰向けになった彼から慌ててシルフ達が飛び立ったが、また寝てしまった彼を見て、笑ってまた胸元やお腹の横に潜り込んでいった。

 九点鐘の鐘の音に、ぼんやりと目を開いたマークが見たのは、目の前にあるレイの赤毛を三つ編みし終えて振り回して遊んでいるシルフの姿だった。

 右側の三つ編みが終わり、今は眠っているレイを反対向きにさせて左側のこめかみの毛を編み終えて遊んでいたのだ。

「へえ、そんなに細く編めるんだ。上手いもんだな」

 手をついて起き上がり、得意気に自分を見上げるシルフを撫でてやる。

 しかし、くしゃくしゃになったレイの頭を見て、堪える間も無く吹き出した。

「うわあ、これはすごい。普通の寝癖じゃねえだろう、これ」

 手を伸ばして絡まった毛を指で梳いてやろうとしたが、豪快に絡まり合った髪はそう簡単には解けてくれない。

「これは無理だな。まあ自分で何とかしてもらおう」

 笑ってそう呟くと、まだ熟睡したままの二人を見る。

「迂闊に起こして、また鋼の頭突きを受けても困るからな。ここは戦略的撤退としよう。賢人は危うきに近寄らずだ」

 ここの書斎で読んだ本に載っていた言い回しを呟き、そのままベッドから降りて大きく伸びをする。

「おおい、起きろよ」

 手を伸ばして二人の頭を突っついてから、先に顔を洗うために洗面所へ向かった。



「ううん、シルフ……今、何時? 鐘は、幾つ、鳴って……」

 頭を突かれて、少しだけ目を開いて大きな欠伸をしたレイは、それだけ言ってまた眠ってしまった。

 キムは頭を突かれても反応無しだ。


『起きなさ〜い』

『起きなさ〜い』


 マークが起きた事でもう起きる時間なのだと判断したシルフ達が、一斉に二人の髪を引っ張り額を叩く。

「ううん、起きるって……痛いから、引っ張るなって……」

 キムがそう言いつつ、シルフ達を軽く手で払ってまた枕に顔を埋めて寝息を立て始める。

「こら、良い加減に起きろよ。もう九点鐘の鐘が鳴り終わってるぞ」

 顔を洗って戻って来たマークが、まだ寝たままの二人を見て笑いながらもう一度頭を突っついてやる。いつもなら、もう仕事が始まっている時間だ。

「うん、起きます」

 もう一度大きな欠伸をしたレイが、そう言って起き上がり思いっきり伸びをする。

「ほら、顔洗って来い。ついでに言うと、髪の毛がとんでもない事になってるから自力で何とかして来い」

 後頭部を叩いてそう言ってやると、悲鳴をあげたレイは、笑いながら洗面所へ走って行った。

「こら。いい加減にお前も起きろって」

 こちらは一向に起きようとしないキムの背中を叩き、被っていた毛布を無理やり引き剥がす。

「うう、寒いじゃないか……」

「寒いわけあるか。いい加減に起きろって言ってるんだよ!」

 背中を思い切り叩き、無理やり起き上がらせる。

 寝起きの悪いキムを起こすのは、いつもマークの役目だ。

「全く、そんな寝汚くて有事の際にはどうするんだって」

 無理やり叩き起こしたキムも洗面所へ追いやり、もう一度伸びをしたマークは自分の身支度を整えるために掛けてあった制服に手を伸ばした。






『おはようおはよう』

『時間ですよ』

 一方、こちらはいつもの六点鐘の鐘と同時にシルフ達に起こされてすぐに起き出したクラウディアとニーカは、顔を洗って手早く身支度を整えてから、部屋に用意されていた簡易祭壇の前でいつもの早朝の祈りを捧げる準備を始めた。

 その間に、いつも寝起きが悪いジャスミンを既に起きていたケイティが起こし、手伝って手早く身支度を整えた。

「ごめんなさい、今朝は起きようと思ったのに」

 蝋燭に火を灯すクラウディアに、洗面所から出て来たジャスミンが申し訳なさそうに謝る。

「気にしないで、私は早起きするのは苦じゃないから」

「羨ましいわ。私は本当に朝が駄目ね」

 小さくため息を吐いたジャスミンも、祈りを捧げるためのルチルクオーツの小さな粒の連なった聖具の付いた数珠を手にして簡易祭壇に向き直った。






『おはようおはよう』

『起きてくださ〜い』


「おう、おはよう。起きるとするか」

 大きく欠伸をしたガンディは、彼の額を叩くシルフに笑いかけてゆっくりと起き上がった。

「ふむ、昨夜は何も連絡が無かったな。容体は安定しておるようだ。よしよし」

 白の塔に入院している、とある貴族の御隠居の容態があまり良くないと聞いていたので、最悪、夜中に呼び戻されるかもしれないと思いながら来ていたのだが、どうやら持ち直してくれたようだ。

 彼が起きた事を確認した伝言のシルフが現れ、白の塔の職員と医師から、件の御隠居を含めて何人かの患者の報告と、他にもいくつかの連絡をしてから彼の指示を受けて消えて行った。

「ふむ、平和でな朝で何よりだわい」

 そう呟いて大きく伸びをしたガンディは、そのまま立ち上がって洗面所へ向かった。

 昨夜は、書斎から借りて来ていたインフィニタスの著書の魔法理論に関する本を読み込んでいたら、気がついたら夜明け近くになっていたのだ。

 三日くらいは徹夜しても平気なガンディにとってはいつもの事だが、心配した部屋付きの執事に促されて夜が明ける頃には何とかベッドに入ったのだ。

「いちいち行動を監視されると、どうにも窮屈でいかんなあ。執事に世話を焼かれるなど、たまにで充分じゃな」

 苦笑いしたガンディは、着替えを手にして待ち構えている執事を見て小さく呟いて首を振るのだった。

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