内緒の告白

「すごいわ。これなら一緒に寝ても大丈夫ね」

 目を輝かせるジャスミンに、同じく満面の笑みのニーカとクラウディアが何度も頷く。

「では、ごゆっくり」

 ケイティと部屋付きの侍女さんは、一礼して衝立の奥に下がってしまった。

 ベッドサイドには二台のワゴンが置かれていて、お菓子や綺麗にカットされた果物、それからお茶が山盛りに置かれている。そしてもう一台のワゴンには、何冊もの本が積み上げられていた。

 それを見たニーカが、ワゴンに駆け寄りビスケットの入った瓶の蓋を開いて一枚取り出した。

 その場で立ったまま齧る。

「美味しい! ほら、食べてみてよ」

 目を見開いたジャスミンに、ベッドに座ったニーカが瓶を渡す。

 戸惑いつつ一枚のビスケットを取り出したジャスミンは、満面の笑顔になってそれに齧りついた。

 もちろん、彼女もベッドの真ん中に座ったままで。

 胸元にビスケットのかけらが落ちるのも気にせず、その瓶をクラウディアに渡す。

 嬉しそうに笑った彼女も、受け取った瓶からビスケットを取り出して口にした。

 そのまま仲良くベッドに座ってビスケットを齧り、ニーカが入れてくれたお茶を飲んだ。お行儀悪くかけらを散らかし、声を上げて笑っては手を叩き合った。



 お行儀の悪いおやつの時間が終わると、三人はそのままベッドに並んで転がった。

 うつ伏せになってそれぞれ枕を胸元に抱えて、ジャスミンを真ん中にして左右にニーカとクラウディアが寝転がっている。

「それで、話を聞かせてよ」

 満面の笑みのニーカがそう言ってジャスミンを腕を掴む。

「ええ、何の事かしら?」

 真っ赤になったジャスミンが誤魔化そうとするが、クラウディアも満面の笑みで反対側の腕をとった。

「ねえ、いつから? いつから彼の事が気になってたの?」

 二人に左右から詰め寄られて、真っ赤になったジャスミンが枕に顔を埋める。

「ねえ、いつからなの?」

「私達、全然気が付かなかったわ」

 さらに畳み掛けられて、ジャスミンは悲鳴を上げて首を振った。

「私、私一人っ子だったから、お兄様が欲しかったの……」

 小さな声で、告白を始める。



「最初、オルダムに来た時には、不安で仕方がなかった。突然精霊達が見えるようになって、ルーク様とレイルズにそれを発見されて、私の人生は大きく変わったわ」

 ため息を吐いて顔を上げると、二人の顔を見て頷く。

「それからあの竜の見学会でまた私の人生は大きく変わった。竜騎士隊の皆様はすごく良くしてくださったし、本部に来てからだって、周りの皆はとても良くしてくれたわ」

 そう言ってまた枕に顔を埋める。

「精霊魔法訓練所で、初めて彼を見た時、すごく優しそうな人だなって……」

 消えそうな声でそういうと、耳まで真っ赤になる。

「ええ、じゃあ最初から?」

 身を乗り出すニーカの言葉に、ジャスミンは悲鳴を上げて枕にしがみついた。

「言ったでしょう。最初はお兄様だって思ってた。分からない事は聞けば幾らでも教えてくれたし、竜の主になってからだって……態度は変わらなかったでしょう?」

 目を輝かせてうんうんと頷く二人を少しだけ顔を上げたジャスミンはチラリと見て、また枕に顔を埋めた。

「彼が以前、光の精霊魔法を閲兵式の時に披露して、貴族達の間で彼の評判がすごく高くなってるって父上から聞いた時にはすごく嬉しかったし誇らしかったの」

 ジャスミンはもう、耳どころか、首も肩までも真っ赤になっている。

「ティア様の担当の務めを終えて久し振りに訓練所へ言ったでしょう。全員揃ったあの時」

「レイルズがやらかした、あの時ね」

 ニーカの言葉に、クラウディアとジャスミンが同時に吹き出す。

「そう、あの時よ。私、実を言うとあの時にマークを見て、ああ、私は彼の事が好きなんだなって思ったのよ」

「どういう事?」

 不思議そうなニーカの問いに、小さく笑って顔を上げる。

「彼と久し振りに会った時、なんて言うのかしら……そう、胸が高鳴って周りの音が遠くに聞こえたわ。そして、レイルズと笑って話す彼しか見えなくなった。それで……」

「それなのに、レイルズがあんなこと言ったから、騒ぎでそれどころじゃ無くなっちゃったわけね」

 呆れたようにニーカがそう良い、クラウディアも笑っている。

「まあそうね。でも正直言ってレイルズには感謝してるわ。おかげで少なくとも彼と普通に話が出来たもの」

 笑って顔を上げたジャスミンは、掴んでいた手を緩めてくれた二人に笑って、枕を抱えたまま上向きに転がった。



 天井を見上げたまましばらく黙っていたが、一つ深呼吸をして嬉しそうに笑いながら枕を抱きしめた。



「あのね、朝食の時にお庭に丸いテーブルを出していただいたでしょう」

「うん、素敵だったわね」

 無邪気なニーカの言葉に、クラウディアも笑顔で頷く。

「あのね、実を言うとあの時の席順って……すごく深い意味があったの」

「深い意味?」

 不思議そうな二人の声が重なる。

 小さく頷いたジャスミンは、またうつ伏せに寝転がって枕に顔を埋めてしまった。

「覚えてる? あの時の席順……」

 顔を見合わせた二人は、揃って頷く。昼食も、なんとなく同じ席順で座ったので当然覚えている。

「あのね……」

 消えそうな声でジャスミンがそう言ったきり、黙ってしまう。

「あれ? でも丸いテーブルは、席順は関係ないんだってヴィゴ様から教えて頂いたわ」

「そうね。確かにそうお聞きしたわね」

 ニーカの言葉に、クラウディアも不思議そうに首を傾げる。

「違うの、同じ年頃の男女三組以上で、丸いテーブルに座るのってね……」

 消えそうなその声が聞こえにくくて、二人がジャスミンのすぐ側までに顔を寄せる。



「それはつまり、格式ばったものじゃなくて、もっと気軽に集団でお見合いするって意味で、男性の右側に座った女性とお見合いをするって意味があるのよ!」



 いきなり大きな声で叫ぶように言ったその声に驚き、クラウディアとニーカが揃って後ろに転がる。

 ジャスミンは悲鳴を上げて枕に抱きついて顔を埋めてしまう。

「ええ、つまりそう言う事?」

 ニーカとクラウディアの叫ぶ声が見事に重なる。

「も、も、もちろん、もちろん今回は違うわよ。だけど、座ってみたかったの! 一度で良いから、彼の右隣に座ってみたかったのよ!」

 もうこれ以上ないくらいに全身真っ赤になったジャスミンの叫びに、歓声をあげた二人は飛びついて彼女の髪をもみくちゃにして背中を叩いて笑い合った。

「素敵素敵!」

 目を輝かせるニーカに、クラウディアも満面の笑みで何度も頷く。

 真っ赤になって顔を上げないジャスミンに左右から抱きついた二人は、一斉に彼女をくすぐった。

 悲鳴を上げて転がるジャスミンにもう一度歓声を上げて飛びかかった二人は、また笑って彼女をくすぐる。

「やめてやめて」

 そう言って笑いながら枕を振り回すジャスミンを見て、ニーカも抱きついていた枕を振り回す。クラウディアも大喜びで枕を振り回し、お互いを枕で笑いながら叩き合った。

 そうして三人は、レイ達よりもかなり大人しめの枕戦争を存分に楽しんだのだった。




 クロサイトとルチルの使いのシルフや勝手に集まって来たシルフ達は、ワゴンの手すりやお皿の縁に座って、仲良くベッドで遊ぶ彼女達を楽しそうにいつまでも見つめていたのだった。

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