食後の語らいと大厄災の話
「うああ、やっぱり緊張し過ぎて味が全然分からなかったよ」
「本当だよな。せっかくの豪華なご馳走だったのに。味わう余裕なんて全然無かったよな」
食後のカナエ草のお茶を前に、机に突っ伏して嘆くキムの言葉に、マークもカナエ草のお茶を置いてウンウンと何度も頷いている。
「あら、二人とも余裕があるみたいに見えたけど?」
からかうようなジャスミンの言葉に、マークとキムだけでなく、クラウディアとニーカまでが一緒になって悲鳴を上げて顔を覆った。
「まあ、良いではないか。知識と教養はいくらあっても邪魔にはならんからな。せっかく一流の人達から直接学べる機会なのだから、しっかりと教えてもらいなさい」
後ろに控えた執事をチラッと横目で見て、ガンディは楽しそうに笑っている。
「そう言えば、ガンディはあんな完璧なマナーをどこで習ったんですか?」
顔を上げたレイは、不思議そうにガンディを見ている。
「長生きすれば、それだけ学ぶ機会も多くなるからな。それに、儂は自慢ではないが記憶力にはちいっとばかし自信があってな。大抵の事は一度見たら覚えるし、一度でもやってみたらそれもまあ、覚えるな」
「何それ、ずるい!」
マークとキム、それからクラウディアとニーカの叫びが見事に重なる。
それを見たガンディは自慢げに胸を張って踏ん反り返ってから、楽しそうに笑っていた。
気難しく、マイリーと並んで笑わない事で有名なガンディの楽しそうな笑い声に、ターシャ夫人は細かに驚きつつも感心していたのだった。
そのあとはまた書斎へ移動して、今度は研究書以外の本を好きに読んで過ごした。
レイはガンディと陣取り盤を始め、それに興味を持ったマークとキムに、陣取り盤の初歩を教えて過ごした。
少女達は少し離れたところで三人並んで一冊の本を覗き込み、時折楽しそうに笑い声を上げてお互いを突っつき合いながら仲良く読書をしていた。
「そう言えば、今夜はもう精霊の泉へは行かないんですか?」
ジャスミンが、読書が一段落したところで顔を上げてレイ達を見た。
「えっと、ガンディはここの精霊の泉ってご存知ですか?」
陣取り盤の駒を手にしていたガンディもそう言われて顔を上げる。
「もちろん知っておるぞ。何度も行った事もあるし、オルダムを襲った大厄災の際には、後日、泉の修復の際に精霊達を大人しくさせるのに手を貸したりもしたな」
「ええ何ですか。それ」
簡単に言ったガンディの言葉に、聞き流しかけたレイが驚いて声をあげる。
レイだけでなく、マーク達や少女達も驚いてガンディを見ていた。
「そうか。其方達は知らなくて当然だな。確か、あれは百年以上は前だったと思うが、夏の終わりに大きな嵐がオルダムの街を襲った事があった。街中の水路があふれ、一部の城壁や家が倒壊して大きな被害が出たんじゃ。当然、城もあちこちの窓が割れたり壁が崩れたり水路が溢れたりして、それはそれは大変だったんじゃ」
「精霊の守りのあるオルダムにも、そんな大きな嵐が来る事があるんですね」
驚くマークに、ガンディはまるで苦虫を噛み潰したような顔をして大きなため息を吐いた。
「実は公にはしておらんが、それにはある狂った精霊使いが関わっておった。その狂気に同調した精霊達によって嵐の威力が増幅されてしまい、あれだけの大きな被害が出たのだよ。何度考えても寒気がするわい。当時の竜騎士達が精霊使いを倒し、皇王と皇太子、そして守護竜であるルビーをはじめとした竜達が文字通り命がけで暴走する精霊達を統率して制御してこの国を守ったのだ。今思い出してもよく防げたものだと思うな」
驚きのあまり言葉も無く固まる一同を見て、苦笑いしたガンディは指を鳴らした。
すぐに奥の衝立の影から執事が現れる。
「百年前の、大厄災に関する書物はここにあるか?」
顔を上げた執事は少し考えてから頷き、すぐに鍵を取り出して別の本棚の扉を開いた。
「こちらが、当時の大厄災に関する資料と関係者の証言などがまとめられた羊皮紙の資料です。後年、書物としてまとめられたものもこちらにございます」
淀む事なく説明したあと、何冊かの本を集めて机に置き羊皮紙の束を取り出してその横に置いた。
「おう、これは凄い」
感心したようにそう言い、ガンディが羊皮紙に手を伸ばす。
「これが当時の街の地図だ。まあ城壁の場所はほとんど変わらんな」
見覚えのある入り組んだ城壁の描かれた地図を見て、レイとニーカが顔を見合わせて笑う。
「これが浸水した場所。この赤く印がついた部分が、城壁が崩れた箇所じゃな」
あちこちに書き込まれた青い斜線の面は浸水地域を表しているようだが、相当の広範囲に渡って被害が出ているのが分かる。
「その大厄災の話は、小さい頃に爺さんから聞いた事がありましたが、絶対話を盛ってると思ってたよ」
唯一、生まれも育ちもオルダムのキムが、そう呟いて口元を覆う。
オルダムの街に詳しい彼には、細かく記入された浸水地域だけでも相当な被害が出ていたであろうことが容易く想像出来てしまい顔色を無くしていた。
「うわあ、本当に家の近くまで水が来ていたんだ。よく助かったな。これ」
自分の実家のある地域の地図を見て、そう言わずにはいられなかった。
「儂の知る限り、オルダムを災害が襲ったのはそれ一度きりだな。まあ、そうある事ではない故安心しなさい」
まだ真っ青な顔で地図を睨むキムの背中を叩き、ガンディは手にした羊皮紙に目を落とした。
「嵐が去ったあと、復興のための労働力として竜達が活躍してくれたのだ。ロディナからも動ける竜達を総動員してな。道が塞がって物流が滞る中を空路であちこちの街からオルダムに食料や物資を運んでくれたのだよ。当時の竜騎士達は皆、それこそ不眠不休で働いてくれた。飛んでいる時に竜の背の上で寝ているのだと聞いて、さすがにそれはやめろと叫んだのを覚えておるよ」
最後は冗談めかしてそう言い、それを聞いてレイは呆れたようにブルーのシルフを見た。
「いくらなんでも、上空で寝るのはまずいよね」
『まあ、シルフに守らせる故落ちる事は無いであろうが、さすがに危険が過ぎよう』
ブルーのシルフの言葉に苦笑いしたガンディが大きく頷き、一冊の本を手にした。
「当然怪我人も多かった。街の施療院だけではとても足りなくて、一の郭の一部を解放して臨時の治療所を用意したほどだった。儂も現場で怪我人の治療に当たったな」
「ガンディ様に診てもらえたら、怪我なんてすぐに治りそうな気がするな」
マークの呟きに、キムやクラウディア達も小さく頷いていた。
「無茶を言うでないわ。精霊魔法は万能では無いからな」
大きなため息と共にそう言うと、その本をレイに渡した。
「こんな事もあったと知っておいてもらう程度で良いから、時間のある時に読んでおくと良い。災害はいつ襲ってくるか分からんからな」
真剣な顔で頷くレイを見て、マークやキムだけでなく、少女達も積み上がった本を手にして真剣な表情で読み始めた。
「狂気に陥った人が起こした精霊魔法の暴走事件が、偶然自然災害と合わさった事でこれほどの大きな災害になったんだね。怖いね……」
素直なレイの言葉に、全員が同じ思いで頷く。
「つまり、精霊使いというのは、一歩間違えればそれほどの力を行使出来る可能性を秘めておるのだ。分かったであろう? 軍部、一般を問わず、精霊魔法に適性のある者達を集めて国が無償で教育する意味が」
苦笑いしたガンディの言葉に、また全員が真剣な顔で頷く。
「分かりました。しっかり勉強して良き人となりましょう」
ジャスミンの言葉に、また全員揃って真剣な顔で頷き合う。
「うむ、己に課せられた責任を自覚して、しっかりと学びなさい」
重々しい声でそう言ったガンディだったが、立ち上がって大きく伸びをした。
「では、そろそろ行くとしようか。精霊達が待っておるぞ」
精霊の泉へ行くのだと聞いた少女達が、大喜びで立ち上がり、読んでいた本を置いたレイ達も慌てて立ち上がってガンディの後に続いたのだった。
「あまり深く考えた事が無かったけど、精霊魔法が暴走するのって、本当に危険な事なんだね」
廊下を歩きながらの真剣な呟きに、肩に座ったブルーのシルフは笑ってそっとキスを贈った。
『まあ普通はそうだな。だが、何があろうと我が守ってやるよ。其方は何も心配せず、しっかりと学びなさい』
「うん、ありがとうね。大好きだよブルー」
ブルーのシルフにキスを返したレイは、笑ってそう言い、背筋を伸ばして胸を張るのだった。
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