追いかけっこ
「レイルズ。ほら何してるのよ。シルフ達が追いかけっこしようってさ」
「この前三人は、ここでシルフ達と一緒に遊んだんでしょう。どうやったの?」
目を輝かせたニーカとジャスミンの言葉に、ターシャ夫人と話をしていたレイは笑って手を上げた。
「葉っぱの数を決めて、シルフ達に持って逃げてもらうんだ。それで僕達が追いかけるんだ。その葉っぱを全部取れば僕達の勝ちで、逃げ切ればシルフ達の勝ちって風にしたよ」
「場所は?」
「この、石畳が敷いてある範囲で良いのではなくて?」
噴水の周辺は、水が跳ねても足元が大丈夫なように平らな石畳がぎっしりと敷き詰められている。
前回のレイ達が追いかけっこをした時も、石畳の範囲内で遊んだのだ。
「うん、僕達もそれでやったよ」
駆け寄るレイの言葉に、ニーカが満面の笑みになる。
『これをどうぞ』
『集めて来たよ』
シルフ達が、林の中から綺麗な葉っぱを集めて来てくれたので、前回走り回ってヘトヘトになった事を教訓に、一人五枚計算で三十枚の葉っぱをそこから選んだ。
「じゃあ、始めるよ。石が地面に落ちたらそれを合図に一斉に逃げるから、後は好きに追いかけてね」
レイの言葉に少女達は大張り切りだ。
拾ってきた拳半分くらいの大きさの石をレイは頭上に大きく放り投げた。
全員の視線が石に集中する。
遥か頭上で勢いを止めた石は、そのままっまっすぐ下に向かって落ちてくる。
全員が固唾を飲んで見つめる中、石が地面に落ちて転がった瞬間、歓声を上げた少女達は思い思いにシルフ達を追いかけ始めた。
レイ達も一緒になって追いかけ始める。
『こっちこっち』
『ほらほら』
手にした葉っぱを振り回しながら、まるでからかうように一瞬だけ少女達の鼻先を掠めて逃げる。
なかなか手が届かず、皆夢中になって追いかけっこを楽しんだ。
「まあまあ、ずいぶんと元気だ事」
「ですがとても楽しそうですわね」
離れて見学しているターシャ夫人とロッシェ僧侶には、勝手に飛び回る葉っぱを笑いながら追いかけている少女達とレイ達しか見えていない。
しかも、その葉っぱは彼女達の手が触れようとしたら一瞬だけ嫌がるように離れて、その後はまたすぐ目の前をふわりふわりと飛んでいるのだ。
「今まで精霊が見えない事を残念に思った事はありませんでしたが、あんな風に一緒に遊べるのかと思うと……正直、皆様が少しだけ羨ましいですね」
いつもは厳しい顔をしているターシャ夫人が、そう言って少し恥ずかしそうに笑いながら、楽しそうに走り回るジャスミンを見つめている。
「あんな風に笑うんですね。彼女は普段はとてもしっかりした子なのでつい忘れがちですが、まだ十四歳になったばかりの子供なのですよね」
二人が、しみじみとそんな話を小声でしていた時それは起こった。
「ああ、もう。待ちなさい!」
ジャスミンとニーカは両手に葉っぱを持っているのに、クラウディアは何故かまだ一枚も葉っぱが取れていない。
ムキになって走っていたら、石畳のちょっとした隙間につまずいてしまったのだ。
走っていて勢いのついた体は止まらず、悲鳴を上げる間も無く勢い余って吹っ飛んだ体は顔面から地面に突っ込む。
ニーカとジャスミンの悲鳴が響き、話し込んでいたターシャ夫人とロッシェ僧侶は何事かと顔をあげた。
「危ない! シルフ。守って!」
それにいち早く気付いたレイが、そう叫びながら彼女の下に手を広げて受け止めるように足から滑り込む。
直後、辺りに鈍い音が響いた。
「ええと……大丈夫?」
しばしの沈黙の後、困ったようにレイがそう言ったがクラウディアの返事は無い。
完全に石畳の上に仰向けに倒れたレイの体の上に、クラウディアが抱きつくようにして倒れている。
何とか石畳に激突する彼女を守る事は出来たが、代わりに勢いよく滑り込んできたレイの額と彼女の額がまともに正面から激突したのだ。
多分彼女は、自分は石畳に激突したと思っているだろう。
しかし、彼女は自分が何に激突したかに気づく余裕は全く無く、額を押さえて声も無く悶絶している。
「うわあ、これは駄目だろう」
「もしかしなくても死亡案件じゃね?」
呆れたようなマークとキムの言葉に慌てたニーカとジャスミンが駆け寄り、遅れてターシャ夫人とロッシェ僧侶も駆け寄って、とにかく倒れたまま動かない彼女を助け起こして泉の縁に座らせた。
「大丈夫ですか?」
額を押さえたままのクラウディアを覗き込む様にして、しゃがんだターシャ夫人が声をかける。
「あ、はい……私、血が出てるんじゃ……」
石畳に転んで額をぶつけたと思っている彼女は、そう言いながら恐る恐る目を開いたが、予想していたような惨劇にはなっておらず、安堵のため息を吐いた。
「見せて。痛みはどうですか?」
「痛いですが、大した事は無いと思います」
赤くなった額に手を当てたターシャ夫人の言葉に、困ったようにクラウディアが答える。
その時、目の前にブルーのシルフが現れて彼女の額をそっと叩いた。
『ふむ、レイの頭突きは彼女には少々衝撃が強過ぎたようだな。だが特に問題は無いので、よく冷やしてやると良い。誰か布を出してくれ』
その言葉に、ニーカとジャスミンがそれぞれ持っていた手拭き用の布をポケットから取り出して差し出す。
『分厚い方が良いだろう。ルチルの主よ、それを水に浸して額を冷やしてやれ』
頷いたジャスミンが、泉に布を浸して軽く絞って彼女の額に当ててやる。
すると、濡れた布からウィンディーネ達が出てきてせっせと布を冷やし始めた。凍る寸前まで冷やされた布は、痛む額を優しく癒してくれた。
「気持ち良い……」
額の布を抑えていたクラウディアがそう言って笑う。
「驚かせて申し訳ありませんでした。あの、もう大丈夫ですのでどうかお立ちください」
目の前にまだしゃがんだままだったターシャ夫人に気が付いたクラウディアが、慌てたようにそう言って顔を上げる。
「どうやら大丈夫なようですね。ですが、念の為明日にでも医者を呼びますので診てもらいなさい」
そう言って立ち上がると、周りを見渡す。
まだ葉っぱを持ったままだったシルフ達が、彼女の周りに集まって心配そうに手当ての様子を見守っていたのだ。
精霊が見えないお二人には、葉っぱが宙に浮いたまま並んでいるように見えて目を見開く。
「ああ、シルフ達が彼女を心配して集まって来ているんです。驚かせてごめんなさい」
二人の視線に気付いたニーカがそう説明して、納得したように小さく頷く。
「それにしても、すごい音だったなあ」
「しかも下側で受け止めた方のお前の額は何とも無いって、全く……お前の頭蓋骨はやっぱり鋼鉄製だろう!」
「ええ、だって僕は彼女を助けようとしただけなのに、ちょっと予想よりも彼女が落ちてくるのが遅かったんだよ、ここで受け止めるつもりだったのに」
まだ地面に座ったまま口を尖らせたレイが自分の胸元を指差すのを見て、マークとキムが勢いよく吹き出す。
「確かに、見事に吹っ飛んでたものなあ」
「滞空時間が結構あったわけか。そりゃあ滑り込むほうが早いってか」
口元を押さえて二人がそう言い、もう一度盛大に吹き出す。
それを聞いて、ようやくクラウディアは自分が何に当たってこんなに痛んでいるのかをようやく理解した。
「レイ……噂には聞いていたけど、貴方の頭って本当に鋼鉄製なのね。私は、石畳にまともに当たったと本気で思っていたのに……」
額を押さえたまま苦笑いしたクラウディアの言葉に少女達が同時に吹き出し、直後にターシャ夫人とロッシェ僧侶までもが吹き出し、全員揃ってその場で大爆笑になったのだった。
『痛いの痛いの飛んでけ〜』
『飛んでけ〜!』
笑ったシルフ達が、そう言いながら次々と彼女の額に触れて離れる。
ブルーのシルフも笑ってふわりと浮き上がると彼女の額に優しく触れた。
『痛いの痛いの飛んでけ〜』
驚きに目を瞬く彼女を見て、ブルーのシルフだけでなく、周りにいるシルフ達までが揃って楽しそうに手を叩き合って笑っていたのだった。
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