泉のほとりにて
『痛いの痛いの飛んでけ〜』
『痛いの痛いの飛んでけ〜』
クロサイトの使いのシルフとルチルの使いのシルフも、笑いながらクラウディアの額を軽く叩いてそう言い、そのままそれぞれの主の肩に戻って行った。
『ふむ、どうやら使いのシルフを通じてもそれなりに癒しの術を届けられるようになったな。よしよし、あとはもう少し全体の術の効力を強めてやれば良いな。もう少し共棲出来る精霊達を集めてやるか』
それを見たブルーのシルフが、ごく小さな声で満足そうにそう呟いた。
ルチルとクロサイトはまだ精霊竜としてはごく若い。
それぞれ若竜になったとは言っても、他の若竜達に比べれば体の大きさは遥かに小さい。それは即ち自身が持つ魔力そのものの幼さや弱さも示していた。
クロサイトに至っては、若竜の証である尻尾の刺が、ようやく頭を出したばかりなのだから。
それぞれに主を得たが故にその力を増して強くはなっているが、他の若竜や成竜達と比べると、その力はどれ一つを取ってもまだまだ遥かに弱く拙い。
ブルーは、万一の事態に備えて、一番底辺であるこの二頭の竜達に常日頃から様々な事を教えその魔力と知識の強化に努めているのだ。
古竜とは言え自身もまだまだ人の世界の中では経験不足であることを自覚しているブルーは、日々城のあちこちに使いのシルフ達を飛ばし、様々な人々の営みや考え方、そして繰り広げられるその人生そのものをせっせと見て回っている。
「まあ、本当に全然痛くなくなりましたわ」
驚いたようにそう言ったクラウディアが、押さえていた布を額からそっと外す。
「まだちょっと赤いけど、確かに腫れは無くなってるわね」
横から覗き込んだニーカが嬉しそうにそう言い、肩に座ったクロサイトの使いのシルフにキスを贈った。
「今のって何をしたの? 痛いの痛いのってあれ?」
不思議そうに質問するニーカに、クロサイトの使いのシルフは得意気に胸を張って見せた。
『少しだけど癒しの術を彼女の怪我に届けたんだよ』
『僕だって頑張っていろいろ皆から教えてもらってるんだよ』
『今の癒しの術はラピスから教わったんだよ』
『まだまだ全然だけどね』
『ちょっと痛いのが無くなるくらいかな?』
そう言って、もう一度クラウディアの額をそっと叩いて見せた。
『痛いの痛いの飛んでけ〜』
「まあ、ありがとうございます」
クラウディアがそれを見て笑顔になる。
『私もラピスから癒しの術を教わりました』
『でも私もクロサイトと似たようなものです』
『それでも少しでも皆様の役に立てるのなら嬉しいです』
ジャスミンの肩に座ったルチルの使いのシルフも、得意気にそう言ってジャスミンの頬にキスを贈る。
「ええ、凄い。直接じゃ無く、使いのシルフを通じても竜にはそんな事が出来るの?」
代表したレイの叫びは、この場にいる精霊使い全員の意見と同じだ。
揃って驚く一同に、それぞれの使いのシルフは得意気に頷いてからブルーのシルフを見た。
当然、精霊が見える全員の視線がレイの肩にいるブルーのシルフに集まる。
『当然、簡単では無いがな。だが、例えわずかであっても癒しの術の使い手はいないよりはずっと良い。まだまだこれは手始めにすぎん。これからもどんどん様々な事を教えていくぞ』
胸を張るブルーのシルフの言葉に、ニーカとジャスミンは無言で顔を見合わせた。
それから揃ってその場に跪いた。
「古竜であるラピス様の、寛大なるお心に深く感謝します」
「どうか、私達の大切な伴侶である幼き竜をお導きください」
手を握り合わせて額に当てて深々と頭を下げる二人に、クラウディアとマークとキムは驚きのあまり何も反応出来ない。
レイは、嬉しそうにそんな二人を見つめている。
またターシャ夫人とロッシェ僧侶は、少し下がって黙って皆を見守っていた。
『立ちなさい。幼き主達よ』
優しいブルーのシルフの言葉に、笑顔になった二人が立ち上がる。
『いつ何が起こっても大丈夫なように、それぞれに己の出来る範囲で学び鍛える事は大切な事だ。其方達もしっかりと学びなさい。ここは良き場所だ』
「はい、頑張ります!」
目を輝かせた二人の答えが重なる。
満足気に頷いたブルーのシルフはレイの頬にそっとキスを贈る。
『ところでもうかなり遅い時間だぞ。そろそろ眠った方が良いのでは無いか? 明日は実際に発動実験をするのだろう? 寝不足で難しい合成魔法をするのはあまり感心せぬぞ』
笑ったブルーのシルフの言葉に、レイ達も顔を見合わせて笑い合った。
「確かにもう眠くなってきたね。じゃあ戻ろうか。えっと立てる?」
最後は、まだ噴水の縁に座ったままのクラウディアに向かって手を差し出しながら話しかける。
「ええ、心配かけてごめんなさい。もう大丈夫よ」
笑顔でそう言い、手を引かれてゆっくりと立ち上がる。
「ほら、もう大丈夫」
くるりとその場で回って見せたクラウディアは、手にしていた濡れた手拭き布をジャスミンに見せた。
「貸してくれてありがとう。洗って後で返すわね」
「構わないわよ。濡らしただけだもの。気にしないで」
笑ってそう言い、半ば強引に濡れたその布を取り返した。
「あ、じゃあこうしましょう。それ、ちょっと貸して頂戴」
得意気にニーカがそう言い、ジャスミンの手から濡れた布を取る。
「ほら、こうすればもう綺麗よ」
もう一度泉の水で濡らした布を、ニーカは手に当ててそっと撫でた。
あっという間に水の塊がその手の中に現れ、代わりに濡れていた手拭き布は綺麗さっぱり乾いていた。
「汚れも一緒に取ってるから大丈夫だと思うけどね。一応確認してくれる?」
「凄い。ニーカは洗浄の術と分離の術を使えるのね」
返してもらった乾いた手拭き布を見て、感心したようなジャスミンの言葉にニーカは笑顔で頷く。
「そうよ、あれ、言ってなかったっけ? 台所の汚れたお鍋を綺麗にしたり、皆の洗濯物の中でも特に汚れが酷い物は私がやってるのよ。あとは舞いの時の衣装や祭壇の掛け軸なんかも、私が洗浄の術を使って綺麗にしてるのよ」
水に関する術はあまり得意では無いジャスミンは、感心したように何度も頷き拍手をして笑っている。
「今度、私にも教えてくれるかしら。水を出すのは上手に出来るようになったんだけど、浄化と分離はまだ全然なの」
「私で良ければいくらでも教えてあげるわ。でもルチルは確か風の属性よね。それなら風に関する術は絶対私よりも得意なんじゃなくて?」
「確かにそうね。かまいたちや風の盾は得意よ」
「いいなあ、一応合格は貰えたけど、風の盾はすぐに消えちゃうのよね」
「じゃあ教え合いっこしましょう」
「そうね、よろしく」
二人は年齢が近い事もあり、すっかり仲良くなっているのだった。
「じゃあ、そろそろ戻ろうか」
「そうね、戻りましょう。私、本当に眠くなってきたわ」
仲良く話をする二人を見ていたレイの言葉に、ニーカとジャスミンの返事がまた重なる。
「ううん。ここにも見事な同調っぷりを見せる二人がいたぞ」
キムの笑ったその呟きに、その場はまた笑いに包まれたのだった。
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