書斎での語らいとその裏方の人達

「ええ、そんなの駄目だよ」

 突然レイがそう叫んで、持っていた大きな本を持ち直した。

「何だ? どうした?」

 隣でこちらも真剣にジャスミンお勧めの恋愛物語を読んでいたマークが、驚いたように顔を上げてレイを振り返った。

「だって、せっかく二人が花祭りの会場へ行こうとしてるのに、意地悪なメイド長が邪魔ばっかりするんだよ」

 口を尖らせるレイの言葉に、マークは呆れたようにため息を吐いた。

「何だよ。いきなり叫ぶから、本部で何かったのかと思ったじゃないか。本の中の事かよ」

 同じく慌てたようにこっちを見ていたキムも、その言葉に大きなため息を吐いた。

「でもまあ、気持ちは分かる。恋愛物語ってなんて言うか……色々と疲れるな」

「だな。確かに疲れるな」

 付き合い半分で、彼らもジャスミンお勧めの恋愛物語を読んでいるのだが、残念ながら現実では恋愛経験皆無の二人には、少々難易度の高い読書の時間となった模様だ。



「レイルズ、そのお話は邪魔をされても邪魔をされても諦めずに逢引をする二人が話の要なのよ。だから読者はメイド長の意地悪を楽しむものなの」

 呆れたようなジャスミンの説明に、もう一度本を見たレイは眉を寄せてジャスミンを振り返った。

「ええ、意地悪を楽しむなんて、そんなの駄目だよ」

 その言葉に、わざとらしくジャスミンが机に突っ伏す。

「こんな時まで良い子じゃなくていいのよ、レイルズ」

 顔を上げたジャスミンは、妙に優しい大人びた声でレイルズに向かってそう言って笑った。

「良い子って? 別に良い子なつもりは無いけど?」

 不思議そうなその言葉に、ジャスミンがまた机に突っ伏す。

「えっと……」

 戸惑うようにマークとキムを振り返ったレイに、こちらも妙に優しい笑みの二人は揃ってレイの肩を叩いた。

「いいよ。お前はそのままでいてくれ」

「そうだよな。お前はそのままでいてくれ」

 それを聞いて、ジャスミンだけでなくクラウディアとニーカまでが揃って吹き出し笑い出した。

「えっと?」

「だから、分からなくていいって」

 妙に優しくそう言われたレイは、また不思議そうに首を傾げて皆を見渡した。

「変なの」

 また笑ったマークに背中を叩かれたレイは、首を傾げつつ読みかけていた本に視線を戻したのだった。




「あらあら。これはまた可愛らしい事」

「そうですわね。どうやら我々の心配は杞憂に終わりそうですわね」

 先程の皆の話を少し離れた椅子に座って黙って聞いていたターシャ夫人とロッシェ僧侶は、半ば呆れたように顔を見合わせて小さな声でそう呟いた。

 相思相愛である竜騎士見習いであるレイルズと、女神オフィーリアに仕える二位の巫女のクラウディア。今回の勉強会でのお目付役である二人は、絶対にこの二人を周りに誰もいないような二人きりにはさせないように気をつけている。

 万が一にも、二人の間で男女間での間違いがあってはならないからだ。

 しかし、今のやりとりを見るに、どうやらまだまだ二人の恋愛はおままごとの域を出てはいないようだ。

「何とも可愛らしい事ですね」

「そうですわね。ですが油断は禁物でございます」

 そう言って顔を見合わせてにっこりと笑って頷き合った二人は、またそれぞれに手にしていた本を読むる振りを始めた。




「レイルズ様、いくら何でもちょっとその認識は問題ありですよ」

 書斎の隣にある裏部屋の衝立の前で、控えていたジャスミンの護衛のケイティは、先程のやり取りを聞いて小さな声でそう呟いた。

 隣では、同じく控えていた執事が苦笑いしている。

「レイルズ様はとても無垢なお方ですからね。まだまだあのお方の世界に対する認識は、勧善懲悪……とまでは言いませんが、ある意味好きと嫌いで分けられる単純な世界のようです。その辺りは、これからの成長に期待しましょう。と言ったところでしょうか」

「ご苦労をなさったと聞いているが、まだまだ人生の経験不足といったところですね」

 苦笑いしたケイティの言葉に、執事も小さく頷いた。

「ですが、芯はしっかりと通っておられます。このまま経験を積んで成長なされば、さぞかし立派な、誰もが憧れる竜騎士様となられるでしょうね」

 目を細める執事の言葉に、ケイティも小さく頷いた。

「竜の主というのは、やはり違いますね。ジャスミン様もあのお歳にしてはとてもしっかりしておいでだし、何というか……お側に仕えていて何度も思いましたが、そう、物事に対するお覚悟が違う気がします」

 ケイティのその言葉に、執事も頷く。

「確かにそれはあるでしょうね。必要以上に大人である事を求められるお立場ですから。ですが、ジャスミン様はまだ未成年です。ニーカ様も。レイルズ様とて成人してまもない。まだ全員が十代です。ああやって無邪気にご友人方と仲良くお話をされているのを見ると、妙に安心するのは……私が歳を取ったせいでしょうかね」

 少し恥ずかしそうに首を振った初老の執事の言葉に、ケイティは破顔した。

「いいえ、実は私も同じ事を思っておりましたから。ここでのジャスミン様は、精霊魔法訓練所におられる時よりも、さらに寛いで伸び伸びしておられるように見えます。あのように年相応の笑顔を見たのは久し振りですね」

「ならば、それだけでも勉強会を開催した意味があるというものですね」

 顔を見合わせた二人は笑顔で頷き合い、また黙って衝立の向こうに視線を送るのだった。

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