夕食とその後の予定

「うう、やっぱり夕食もこうなるのかあ」

 書斎で好きなだけ本を読んで過ごし、夕食の準備が出来たと執事が呼びに来てくれたので、読みかけの本はそのままに案内されて食事をする部屋に向かった。



 しかし、部屋に入った彼らが見たのは、大きな机にぎっしりと並んだカトラリーと、それぞれの席の後ろに立っている執事達だった。

「これは晩餐会とまでは言わないけど、少し改まった席だね」

 笑ったレイがそう言い、隣のマークの背中を叩いた。

「席が少し遠いね。だけど基本は同じだから大丈夫だよ。間違えそうになったらシルフを飛ばしてあげるからさ。せっかくだもん、頑張ろうね」

「うう、よろしくお願いします」

 まだ、マークとキム、それからクラウディアとニーカのテーブルマナーや礼儀作法は、一番の基礎の部分を知識として辛うじて覚えた程度だ。当然、実際に食べるのはほぼ初めてなので、次々に出てくる豪華な料理をレイとジャスミンに助けられながら食べることになった。



「うう、せっかくのご馳走だったのに緊張しすぎて味がわからなかったよ」

「だよなあ、もう間違わないようにするのが精一杯だって」

 マークとキムは、顔を寄せ合ってため息と共に情けなさそうにそんなことを言い合っている。

 それに比べると、覚えた方が良いとは言われているが実際に自分達が正式な場に出る事など無いと思っているクラウディアとニーカの方が、まだ気楽に食事が出来たようだった。

「このケーキ、美味しいです」

 特にニーカはまだ未成年な事もあり、他の三人ほどには注意も受けていない。

 無邪気に鼻の先にクリームをつけながら、ニーカはご機嫌でデザートの真っ白なクリームが乗ったケーキを平らげている。

 一応、彼女もカトラリーの使い方くらいは覚えられたので、きちんとナイフとフォークを使っていただいている。

 カットしてもらったケーキを握ったフォークに突き刺して豪快に食べていた頃に比べれば、成長したと言って良いだろう。

「ニーカ、ここ、クリームが付いてるわ」

 笑ったジャスミンに注意されて、慌ててナプキンで鼻先を拭った。

 しかし、また次を食べると山盛りのクリームがはみ出して、今度はニーカの唇の周りにべったりとくっつくのを見て、控えていた執事がそっと彼女の口元を拭ってくれた。






「それじゃあこの後は、また書斎へ行くのね」

「どんな本があるのか楽しみだわ」

「そうね、おすすめの本を教えてね」

 ジャスミンの呟きに、クラウディアとニーカが嬉しそうにそう言って彼女の手を取る。

 夕食の後は、勉強はお休みにして自由に好きな本を読む事にしているのだ。

 何となく足早に全員揃って食事を終えた部屋を後にして、ひとまず書斎へ向かった。



「あ、そう言えば……」



 レイが、書斎に戻る途中で不意に立ち止まる。

「おいおい、急に止まるなって。で、どうしたんだ?」

 すぐ後ろを歩いていてぶつかりそうになったマークに不思議そうに顔を覗き込まれたレイは、満面の笑みで顔を上げた。

「あのね、もう少し後でいいから皆で精霊の泉へ行こうよ」

 精霊の泉と聞いて、前を歩いていた少女達が驚いて揃って振り返る。

「おお、確かにそうだな。せっかくここで泊まるんだから、彼女達にも見せてやらないとな。だけど彼女達も一緒なら……」

 それを聞いたキムが、真夜中の外出なので自分達だけで行って良いのか心配したように振り返る。

 彼らの背後には、食事に同席していたロッシェ僧侶とターシャ夫人もいる。

「えっと、お二人もご一緒に行きませんか」

 立ち止まって自分を見ている二人に、レイは目を輝かせて離宮の裏庭にある精霊達が集まる泉の説明をした。

「それは素晴らしいですね。ですが、精霊が見えない私達が行ってもよろしいのでしょうか?」

 ロッシェ僧侶の言葉に、レイは自分の周りに飛び回っているシルフ達を見上げて話しかけた。

「ねえ、後で精霊の泉へ行きたいんだけど、こちらのお二人も一緒でも構わないよね?」

 集まってきたシルフ達が、チラリとロッシェ僧侶とターシャ夫人を見る。


『彼女達なら知ってるから構わないわよ』

『知ってる知ってる』


「そっか、ありがとうね」

 鷹揚に頷くシルフ達にキスを贈り、目を輝かせるクラウディア達を見た。

「どう、行かない?」

「行く!」

 ニーカが目を輝かせて真っ先に答え、クラウディアとジャスミンも歓声をあげて手を握り合っている。

「深夜の方が集まる精霊達も多くなるからね、えっと十一点鐘くらいでも大丈夫?」

 いつもならもう眠っている時間だが、嬉しそうに笑った少女達は揃って大きく頷くのだった。

「じゃあ決まりだね。えっと、少し遅くなりますがそれまで書斎で本を読んでいても良いですか?」

 ターシャ夫人とロッシェ僧侶が顔を見合わせる。

 実は、二人は離宮の執事から精霊の泉の話を聞いている。そして、深夜になるが彼女達も一緒に連れて行く事も聞いていたのだ。



「まあ、精霊の泉はどこにでもあるものではないと聞きますからね。後学のためにも見ておくべきなのでは?」

 ターシャ夫人の言葉に、ロッシェ僧侶も頷いてくれた。

 少々勿体をつけた言い方ではあったが、これは許可してくれたと思って良いだろう。

 揃って歓声を上げる少女達を見て、レイ達も笑顔になるのだった。

「じゃあ、時間までは書斎で好きな本を読もうよ。僕、さっきジャスミンが言ってた、雪原の彼方へって本を読んでみたいけど、ここにあるかなあ」

 少し離れて立ち止まっていた執事が眉を寄せる。

「レイルズ様、申し訳ございませんがご希望の本はここにはございませんね。図書館から取り寄せますが」

「あ、そうなんですか。でも、それならそれはまた後日図書館で探します」

 今からお城の図書館まで本を取りに行かせるなんてとんでもない。慌てて顔の前で手を振り、ジャスミンを見た。

「じゃあ、一緒に本棚を見るから、別のお勧めの本を教えてよ」

「そうね、それが良さそうね」

 苦笑いしたジャスミンは頷いてくれたのでそのまま揃って書斎に戻り、その後は、昼間とは違う自分の好きな本探しにそれぞれ夢中になり、あれが良い、いやこっちが面白そうだと好きに言っては笑い合っていた。



 無邪気に本を探す彼らを見て苦笑いしたお目付役の二人は、少し離れた椅子に座り、手にした本を読む振りをしていたのだった。

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