お茶会にて

「さて、エルはベッドに戻ってもらって我らはお茶にしよう。レイルズは甘いものが好きだと聞いたので料理長が張り切ってくれたらしいぞ。楽しみにしていなさい」

 アルジェント卿の言葉に笑顔で大きく頷くと、レイは腕の中で熟睡しているエルを見た。額の上には二人のシルフが座って、嬉しそうにふわふわの薄茶色の前髪を撫でている。

「えっと、この子はどうすれば良いですか?」

 正直言って重いわけではないが、このままずっと抱いていたらお茶は飲めないだろう。

「どうぞ、ここに寝かせてくださいな。そう、こんな感じにね」

 笑顔のティアンナ夫人が、さっきの人形を使ってベッドに戻す動作をやって見せてくれる。

「えっと、こんな風ですね。うわあ、頭が重い」

 脇に手を入れて左手で抱き上げようとしたら、頭が重みで後ろに倒れそうになり慌てて腕で支える。しかし、そこから動けなくなってしまった。

「あの、助けていただけますか。落としてしまいそうです」

 それは絶対にやっては駄目な事くらい分かるので、ここは素直に助けを求めた。

「まあまあ、剣を振るような訳にはいかない様ですわね」

 笑ったティアンナ様が抱き上げてくださり、エルは無事にベッドへ戻った。

「こんなに小さいのに、何というか命の輝きに満ちていますね。あの泣き声の大きい事」

 苦笑いしながら、そっと手を伸ばして柔らかな頬を指の甲で撫でてやる。

「早く大きくなってね。君と一緒に遊べる日を楽しみにしてるからね」

 ベッドを覗き込みながら、愛おしげに小さな声で話しかける。

 そんなレイを、皆は笑顔で見つめていた。




 その後、別の部屋に通され、子供達も一緒にお菓子とお茶を頂いた。

 机の上に並んだ見事なお菓子の数々に、部屋に入るなり子供達が大はしゃぎになりレイも一緒に手を叩き合って笑った。

 皆が見ている目の前で、出てきた料理長は果物を様々な形に切り分け、大きなお皿に用意されていたいくつものケーキやマフィン、それからカスタードプティングなどを綺麗に盛り合わせてくれた。

 もう、レイと子供達の目は揃って目の前のお皿に釘付けだ。

 レイとアルジェント卿の前にはいつものカナエ草のお茶が、子供達とティアンナ夫人の前には紅茶が用意される。蜂蜜はレイの目の前に置かれた。

 きちんと精霊王へのお祈りをしてからお菓子を頂く。

 真ん中のカスタードプティングは、口に入れるとあっという間にとろけて無くなってしまった。

「うわあ、とろけて無くなりました。美味しいです」

 満面の笑みのレイの言葉に、笑顔の料理長が嬉しそうに一礼した。

 どのケーキもとても美味しくて、レイはもう夢中になってお菓子を頂いた。ふわふわのチーズの味がするケーキを追加で入れてもらった。



 その後は、改めてお茶を入れてもらい、アルジェント卿から竜騎士時代の話を詳しく聞かせてもらった。



「竜の面会に行って、いきなり目の前が真っ暗になった。その中でフラウィスだけが光り輝いて見えたのだよ。正直言ってあの時は何が起こったのか全く分からなかった。フラウィスが柵の向こうから首を伸ばして私に頬擦りしてくれて、その時に初めて自分の置かれた状況を理解したのさ。ああ、これが出会いなのだとね」

 目を輝かせて聞いていたレイに、子供達が一斉に振り返る。

「レイルズ様は? どうやってあの大きな古竜と出会われたのですか?」

 事情を知るアルジェント卿が慌てて止めようとしたが、レイは笑顔で首を振った。

「僕がブルーと出会った時、竜騎士様って名前は知っていたけれど、そもそも竜の主って言葉さえ知らなかったよ。僕がその時住んでいたのは、街道からも遠い森の奥に作られた自由開拓民の村だったんだ」

 彼が自由開拓民の出身である事は知られている。

 頷く子供達を見てレイは、一度言葉を止めてカナエ草のお茶を口にした。

「秋の収穫の真っ最中に、村が野盗に襲われたんだ。何人もいた。皆血塗れの武器を持っていて……森へ逃げた僕と母さん以外は……全滅したんだ」

 息を飲む子供たちに、レイは優しく笑った。

「怪我をした母さんと一緒に、夜明け間近の森の中を森狼の群れに追いかけられながら逃げ回って……」

 そこでまた言葉を止めて、一度深呼吸をしてからカナエ草のお茶を飲む。

「結局母さんは亡くなってしまって、僕はもう一人で途方に暮れていたんだ。だって、ついさっきまでベッドで何も知らずに寝ていたんだよ。明日は森の東側に村の二人の子供達と一緒にキノコとどんぐりを集めにいく予定だった。楽しみにしていたのに……全部無くしちゃったんだ」

 子供達はもう泣きそうな顔で必死になって首を振っている。

「母さんの亡骸に水を飲ませようと思って、近くにあった泉に近づいたら、そこがブルーの住む泉だったんだ。いきなり大きな青い竜が泉から飛び出してきて、もう、びっくりしたなんてもんじゃなかったよ、だけど、ブルーと目がった瞬間……雷に打たれたみたいな衝撃が走ったんだ。そして思った。なんて綺麗な竜なんだろうって」

「怖くなかったんですか?」

 マシューの質問に、レイは笑って首を振った。

「ブルーにもそう聞かれたよ。だけど不思議なくらいに怖くなかったんだ。確か詳しくは覚えてないけどこんな事を答えたと思う。あなたはとっても綺麗だと思います、怖くは無いです、僕を食べたりしませんよね。って」

「なんて答えてくれたんですか?」

 今度はフィリスが目を輝かせて質問する。

『人の子を食べるようなことはせぬから安心しろ。我はそう答えたぞ』

 レイが答える前に、机の上に現れたブルーのシルフが答えてくれる。

「そうだったね。それを聞いて安心したのを覚えてるよ」

 手を伸ばしてブルーのシルフを撫でてやる。

 笑顔で伝言のシルフを撫でるレイルズを、子供達は言葉も無く見つめていた。



「竜との出会いは人それぞれだと聞くけれど、レイルズ様のそれは必然だったのかもしれませんね。きっとお母上様が出会わせてくださったのでしょう」

 ティアンナ夫人が涙を抑えながらそう言い、手を組んで精霊王へ葬いの祈りを捧げた。それを見て、その場にいたレイ以外の全員がそれに倣った。

「母さんの為に祈ってくださりありがとうございます。その後、森の家族と出会って一緒に暮らすようになったんだ。そこで約二年過ごして竜熱症を発症してここへ運ばれてきたんです。僕は覚えてませんけど」

 戯けたようにそう言うレイに、アルジェント卿が小さく笑う。

「あの時はもう、本当に大騒ぎだったんじゃからな。全く人騒がせにも程があるぞ」

「申し訳ありませんでした〜!」

 またわざと元気に叫んだレイの言葉に、部屋は暖かな笑いに包まれたのだった。

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