書斎にて
「では、次は書斎へ行くとしようか。どれでも好きに読んでもらって構わんぞ」
お茶がなくなる頃にアルジェント卿がそう言って立ち上がり、書斎と聞いてレイも目を輝かせて立ち上がった。
ティアンナ様はエルのところへ様子を見に行かれたので、レイは子供達と一緒にアルジェント卿の書斎へ向かった。
「うわあ、これは凄い」
案内された広い書斎は、文字通り本で埋め尽くされていた。
「私は長男ではなかった為に軍人となったのだが、竜との面会でフラウィスと出会った。そして竜騎士となって家を興したのだ。今は孫達に囲まれてのんびり余生を過ごしておる。有難いことだ」
側にいたマシューの頭を撫でて笑ったアルジェント卿は、ぎっしりと上まで本が詰まった本棚を見上げた。
「ここにある本の半分近くは、私が家を興した際に祝いだと言って私の亡くなった大叔父から引き継いだものだよ。大叔父も父から受け継いだと言っておったから、いわば代々引き継がれた本達なわけだ。もちろん自分で集めた本も多いが、皆よほどの本好きだったらしくてな。いわゆる奇書や相当に古い希少本も多くあった。ここへ本を移動する際には城の図書館から大勢の司書の方に来てもらって、貴重な我々には読めない本は相談して何冊も図書館に寄贈したのだよ。後の世界に残すには、個人で所有しているよりも城の図書館にある方が有意義だろうからな。その多くは、今でも鍵のノームの守る倉庫で管理されていると聞くな」
「読めない本って、どうしてですか?」
実は、お爺様の書斎に入るのは初めてのマシューが、キョロキョロと本棚を見上げながら不思議そうに質問する。
「本が、今の印刷技術を使って同じ内容で何冊も作られるようになったのは、実はここ百五十年ほどなのだよ。それ以前は、本は一部のドワーフ達や竜人達だけが持つ特別な技術だった。当然今のようにたくさん印刷しているわけではないから一冊が持つ価値は桁違いに高く、安易には手に入らなかったのだよ。古い本の中には、手書きで書かれた本も多い。だが人の世界でその頃に使われていたのは、全て手書きの羊皮紙だったのだからその価値が分かるであろう」
そう言って。別の本棚に詰まった羊皮紙の束を指差した。
子供達は驚きに目を輝かせてアルジェント卿の話を聞いている。レイも一緒になって目を輝かせて話を聞いていた。
「城の図書館に寄贈したのは、主にそれらの中でも希少本と呼ばれる珍しい本で、一冊ごとに封印がかかっていたりベルトがついていて鍵が掛かっていたりしたものばかりだよ。そして中に書かれた文字も、ラトゥカナ古語と呼ばれる古い文字で、私も完全に読み解くことは出来ないな。何が書いてあるか、見出しを拾い読み出来る程度だ。それ以外の、古くても普通に読める本はここに残してある。私も全部読んだわけではないな」
苦笑いして首を振るアルジェント卿の言葉にレイは、ここへ来て初めてお城の図書館へ行った時に何冊もの本の封印を解いた事を思い出した。
「あ、それって知ってます」
思わずそう言ってしまい、全員の注目を集めてしまった。
「レイルズ様は何をご存知なんですか?」
不思議そうなマシューの質問に、レイは笑顔になる。
「さっき話した、ここへ来て初めての時。竜熱症が落ち着いた頃に、ロベリオ達に一緒にお城の図書館へ連れて行ってもらったことがあるんです。その時に、えっと……司書の偉い人が出て来て、えっと何て名前だっけ……あ、そうだ。リーブルさんが出て来て、鍵のノームが閉めている部屋に連れていかれて何冊もの古い本を見せてくれたんです。そうしたら本から本の精霊が出て来たからお願いをしたんです。この本を読んでもいいですかって」
目を見張る一同に、レイは笑って本棚を見上げた。
「良いよって本の精霊が言って、そのまま消えちゃったんです。そうしたらリーブルさんが大喜びで次々に何冊も本を持って来てね。ひたすら、本を読んでも良いですか? いいよ。って、出てくる本の精霊達と会話を続けたんです。もう最後はへとへとになったんだよ」
レイはあの時のことを思い出して笑っているが、アルジェント卿だけでなく子供達までが呆気に取られてレイを見つめている。
「それは凄い。鍵のノームの守る部屋に置かれている本は、それこそどれ一つをとっても、数百年前の貴重な本で、強固な封印が施されていて誰も封印が解けぬのだと聞いた事がある。それらの封印を本の精霊と話をしただけで解いてしまったとな。さすがは古竜の主だな。やる事が桁違いだ」
アルジェント卿の呆れたような呟きに、子供達も揃ってウンウンと頷いている。
「その後も改めてここへ来てからも、図書館で本を読んでいた時にリーブルさんに頼まれて、何度かあの部屋へ連れて行かれて本の封印を解きましたよ。そう言えば前回解いたのって確か年明けすぐの頃だから、そろそろまた頼まれるかもね」
大体半年に一度くらいで次の封印を解くように頼まれているので、半年の間に解読が進んでいるのだろうと思っている。
何でもない事のようにそう言って笑うレイを、もう全員が呆れたように見つめているのだった。
それから後は、夕方まで書斎で好きに本を読んで過ごした。
レイは精霊魔法の事故に関する本を見つけて、貪るように読み込んだ。これもまた恐らくだが精霊魔法の合成の失敗による例と思われるものが数多く見られて、レイは持って来ていたメモを手に、必死になって内容を書き写していた。
「何をそんなに夢中になって読んでいるのだ?」
あまりにも真剣なその様子に、アルジェント卿が隣に座ってレイの読んでいる古い本を覗き込む。
「これは精霊魔法の事故に関する報告をまとめた古い本なんですが、離宮の書斎にも同じような本がありました。書かれた年代が全く違うのでそれとは別の本なんですが、恐らくですが、精霊魔法の合成に失敗したのではないかと思われる例が数多く載っているんです。離宮にあった本は、マークとキムに貸して内容を研究してもらう事にしたんです。これもそれと同じくらいに精霊魔法の合成を研究する際の実例が載った、貴重な本なんです」
目を輝かせるレイを見て、アルジェント卿も笑顔になる。
「ならばその本はお貸しする故、持って行かれると良い」
「ええ、よろしいのですか?」
確かに貸してもらえるのなら嬉しいが、これも当然だがとても貴重な古い本だ。
戸惑うレイに、笑顔のアルジェント卿が大きく頷く。
「本は誰かに読まれてこそ価値があるのだよ。私は、それはただの精霊魔法の失敗談だと思っていたから、軽く読み流した程度で全く内容は覚えておらんな。だがその本に価値を見出した者がいるのなら、託すのが本にとっても良い事であろう」
「ありがとうございます。えっと、この本をマークとキムにも見せていいですか?」
「構わんよ、其方の責任に置いて彼らにも見せてやりなさい」
改めてお礼を言うレイを見て満足そうに頷くと、アルジェント卿は一生懸命本を読んでいる孫達を見てから改めてレイを振り返った。
「夕食は、ディレント公爵が屋敷にお招きくださっておる。子供達とはここまでだが、私は一緒に行くからそのつもりでな」
「はい、よろしくお願いします」
笑顔でそう言ったレイは、また本に目を落として気になる箇所をせっせとノートに書き写す事に没頭していった。
机の上に置かれた燭台の周りでは、退屈そうなシルフ達が蝋燭の炎を時折揺らめかせてつまらなさそうに遊んでいるのだった。
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