雨の日の朝

 翌朝、いつものようにシルフ達に起こされたレイは、大きく伸びをしてから起き上がった。

「ふああ、おはよう。まだちょっと眠いや」

 眠い目を擦って、欠伸をしながらそう呟く。

『おはよう。おやおや、吸い込まれそうな大きな欠伸だな』

 ふわりとレイの肩に現れて座ったブルーのシルフが、笑いながら柔らかな頬にキスを贈る。

「おはようブルー。今日のお天気は?」

『ふむ、外は雨だぞ。今日は一日雨だから、出かけるなら馬車で行きなさい』

「あれれ、そうなんだ。雨の音はしないけどね?」

 もう一度伸びをしてから立ち上がったレイはそのまま歩いて窓辺まで行き、勢いよくカーテンを開いた。

「ああ、霧雨なんだ。静かだけどかなり降ってるね」

 少しだけ窓を開けて外を覗く。

 確かに、いつもは遠くに見えているお城が、霧雨のせいでほとんど見えなくなっている。

「そう言えば、今日の予定を聞いて無いね。七の月に入ったら閲兵式があって、月末に竜の面会があるんだよね。今年は何かお手伝いしないのかな?」

『さすがに今の其方が顔を出したら、仮に第二部隊の制服を着ていたとしても殆どの人に気付かれるだろうな。其方のその赤毛は、遠くからでも目立ってよく見えるからな」

「ううん、残念。あ、ねえロベリオの結婚式は? 確か七の月の末日だって言ってたよね?」

『ああ、そのようだな。それぞれの実家では彼女達が帰って来た時から準備に余念がないぞ』

「式の時の男性は、当事者だけど添え物みたいなものだってカウリが言ってたけど、確かにそうだね。竜騎士隊の第一級礼装で良いんだから準備も何もないよね。それに比べて、花嫁様のドレスは本当に綺麗だった。サスキア様とフェリシア様のドレスも楽しみだよ」

『まあ確かにそうだな。男は添え物だ。それに妃殿下のドレスも見事だったな』

 ブルーのシルフのその言葉にレイは目を輝かせて大きく頷く。

「カウリが言ってたけど、オルベラートのレース細工は、すごく高いんだけど女性の憧れなんだってね」

『ああ、そうだぞ。それなら今度、其方の愛しい彼女に贈ってやると良い。きっと喜ぶぞ』

 からかうようなブルーのシルフの言葉に、レイは驚いたように振り返る。

「ええ、ディーディーは自分でレース編みをするよ。それなのにレースを贈っても良いの?」

『それはもちろん構わんさ。熟練の職人の手仕事は彼女達にも勉強になるだろうからな。レース細工は人気の品だから扱われている数も多い。其方の友達の商人に言えば、すぐに持って来てくれるぞ』

「へえ、そうなんだ。じゃあ失礼な発言のお詫びだって言って、何か贈ってみようかな」

『おお、それは良いのではないか。ぜひ贈ってやりなさい』

 笑ったブルーのシルフの言葉にレイも笑って頷き、開いた窓から外を眺めた。

「土砂降りの雨じゃなくって、こんな風に静かに降る雨なら綺麗だね」

『まさに恵みの雨だな。しばらく良い天気が続いていたから、待ち兼ねた雨に植物達も喜んでいるだろうさ』

「そうだね。でも式当日は晴れてて良かったよね」

『全くだな。おお、そろそろ起こしに来たようだぞ』




 ブルーのシルフの言葉が合図だったように、ノックの音がしてラスティの声が聞こえた。

「おはようございます。朝練に行かれるのならそろそろ起きてください」

「はあい、もう起きてます」

 振り返って元気に返事をしたレイは、入って来たラスティに手を振って洗面所へ走って行った。

「おやおや、今朝の寝癖は、ずいぶんと大人しいですね」

「そうだよね。身代わり役の絨毯に感謝だね」

 レイの後ろ姿を見て笑うラスティの言葉に、レイは洗面所で盛大な水音を立てながら言って笑っている。

「ですがレイルズ様。大変です。もう編む場所がほとんどありませんよ」

 笑ったラスティの言葉に、髪を乾かしていたレイは驚いて洗面所から顔を出した。

「ええ、どういう事?」

「ほら、ご覧になってみてください。これまた見事な細い三つ編みが量産されていますよ」

 苦笑いしてラスティが指差した毛皮の絨毯は、確かに数えきれないほどの細い三つ編みで埋め尽くされていた。

「うわあ、君たち頑張り過ぎだよ。どれだけ編めば気が済むんだよ」

 驚くレイに、シルフ達が現れて笑いさざめく。


『だって楽しいんだもん』

『編み編み編み編み』

『楽しい楽しい』

『三つ編み三つ編み』


 ラスティと顔を見合わせたレイは苦笑いして首を振った。

「丁度いいや。他にもクッキーにお願いしたい事があったから、もう、この毛皮をありったけ持って来て貰えば良いよね」

「そ、そうですね。これはちょっと解くのに相当の時間が掛かりそうですから、解くにしても交換する毛皮が必要ですね。後程段取りを考えておきます」

 硬く結ばれた三つ編みを見て、ラスティが困ったように笑う。

「うう、お仕事を増やしちゃってごめんなさい」

 焦るレイの言葉に、ラスティは笑って白服を渡した。

「いえ、レイルズ様の被害が最小限で済んでいるのですから、これは充分に有効な方法ですよ」

 靴を渡してやりながら、先ほどのレイの言葉を思い出してラスティは首を傾げた。

「ところで、ポリティス商会に何かご用があるような事を仰っておられましたが、どうかなさいましたか?」

「ああ、あのねブルーから聞いたんだけど、オルベラート産のレースなら彼女達も喜ぶだろうって。だからディーディー達に、僕の失礼な発言のお詫びだって言って、オルベラート産のレースを贈ろうかと思うんだけど、どう思いますか?」

 それを聞いたラスティは、思ってもみなかったその言葉に目を見開いてレイを見つめた。



 奇妙な沈黙が降りる。



「えっと、やっぱり変ですか?」

 戸惑うようなレイの言葉に、我に返ったラスティは慌てたように大きく頷いた。

「失礼しました。素晴らしいお考えだと思いますね。ポリティス商会ならば取り扱うレース細工の種類も豊富です。すぐに連絡しましょう」

「ふふ、よかったです」

 自分の考えを褒めてもらえて嬉しそうなレイの肩を、ラスティはそっと叩いた。

「では朝練へ行っておられる間に、ポリティス商会に連絡しておきます」

「はい、じゃあそれでお願いします」

 着替えを済ませて腕を回していると、ノックの音がしてルークの声が聞こえた。

「おはよう。朝練に行くぞ」

「はあい、今行きます!」

 元気に返事をしたレイは、ラスティに手を振って駆け出して行った。



「ご自分で、しっかりとお詫びの仕方まで考えるとは、案外、我々が思っている以上に大丈夫なのかもしれませんね」

 安堵したようにそう呟いたラスティは、レイの脱いだ服を脱衣カゴに放り込んで、寝乱れたシーツを剥がした。

 開いた窓辺に座ったブルーのシルフは、そんな彼の呟きを聞いて満足そうに頷いているのだった。

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