人生の先達

 その夜、ルークは夕食を皆で食べた後に連絡して城にいたディレント公爵を訪ねていた。

「悪いな、こんな時間に」

 手早くお酒の用意をしてくれた執事が一礼して下がるのを待ってから、ルークは口を開いた。

「実は、またお願いがあってね」

「ん? 今度はなんだ?」

「まあその前に、精霊王に感謝と祝福を」

「精霊王に感謝と祝福を」

 二人は互いに持っていたグラスを上げて乾杯をした。



 手にしたお酒を一口飲んだルークが、ディレント公爵の顔を見てため息を吐いた。

「実は、仲間内だったんですが、レイルズがちょいとやらかしましてね」

「聞こう」

 真顔になったディレント公爵に、ルークは笑って肩を竦める。

「まあ、問題が起こった時にその場にいたのは彼の友人達だけだったので、大丈夫だったんですがね……」




「おやおや、それはまた随分と軽率な事だな」

 ルークから詳しい話を聞いたディレント公爵は呆れたようにそう言って笑い、ルークも苦笑いしつつ頷く。

「俺もそう思いますね。まあ、今回はジャスミンとキムが即座に注意してくれたので、レイルズも自分の発言の何が問題だったのかをすぐに理解出来たみたいです」

 安堵のため息を吐く公爵を見て、ルークももう一度ため息を吐いた。

「それで父上にお願いなんですけど、人生の先達としてレイルズにご自身の経験を語っていただけませんかね。恋愛関係でも、対人関係でも、軍での経験でも構いません。それに、聞けばタドラともそんな話をしたそうですね」

 その言葉にディレント公爵は笑って頷いている。

「ああ、そんな事もあったな。マイリーがどうやって教えれば良いのかわからんと愚痴紛いの事を言っておったのでな。アルと相談してタドラを連れ歩いてやったのさ。我々の経験を話して聞かせ、一緒に酒も飲んだし、遠乗りにも行ったな」

「へえ、それはまた」

 感心したようなルークに、公爵は照れたように笑う。

「あの当時のタドラは、本当に世間知らずだった。知識はあるが圧倒的に人生経験が足りなかった。なのでとにかく人と会わせて話をさせたな。其方もマイリーと同じで忙しいのは分かるが、もう少しレイルズを連れ歩いてやれ」

 やや咎めるような公爵の言葉に、ルークは苦笑いして誤魔化すように酒を飲んだ。



「一応、秋の遠征訓練にレイルズを士官候補扱いで参加させようと思っているんです。なのでそれまでに、もう少し色々な経験を積ませてやりたくてね」

「遠征訓練に、しかも一般兵としてではなく士官候補生として、か。成る程考えたな」

 腕を組んだ公爵の言葉に、ルークは笑ってまた酒を口にした。

「俺もやらされたんですよ、新人の時に」

「ああ、そうだったな。結果は散々だったそうじゃないか」

 呆れたようなその言葉に、ルークは誤魔化すようにそっぽを向いて酒を飲んでいる。

「だって、俺がそれまでやっていたのは指揮系統のしっかりと確立された戦いではありませんでしたからね。その場その場で臨機応変に対応を考えて即座に反応する。要するに個人の能力がモノをいう行き当たりばったりですよ。事前の計画通りに進む事なんてほぼ無い。だけど、軍の遠征では逆にそこへ到達するまでの行程が重要になる。念入りに計画を練り、起こりうる問題を洗い出して対応を考えておき、ある意味何があっても最初の計画を変えずに進める必要がある。そして机上では駒として扱われる各部隊は、全て血の通った人がいて彼らがその部隊を構成しているんです。俺はそれをあの訓練で思い知りましたよ」

「指揮官としては、真っ先に肝に命じておかねばならん事だな」

 自身も優秀な指揮官だったディレント侯爵の言葉に、ルークは頷いて笑うしかない。



「彼が、人として非常に魅力的であるのは認めよう。あと十年もすれば誰もが認める魅力的な良い男になるだろう。だが今の彼は、確かに人生経験が圧倒的に足りないな。見ていて心配になるほどにな」

「成人したとはいえ、まだほぼ未成年扱いしてもらえる今のうちに、出来るだけ多くの事を体験させてやりたいんです。ご協力願えますか?」

 真顔のルークの言葉に、ディレント公爵は破顔した。

「断る理由は一つも無いな。もちろん喜んで協力させてもらおう。しかし、遠征への参加は今までやらせていなかったのか。そっちの方が意外だな。あの体格なら少々年齢を騙っても誰も疑うまいに」

 呆れたような公爵のその言葉に、ルークはまたため息を吐く。

「まあ、それも考えたんですけれどね。さすがに長期の団体行動はまだ無理なんじゃないかって事で却下されたんです」

 ルークの言葉に公爵も納得して頷く。

「では逆に言えば、そろそろ団体行動を経験させても良いと考えたわけだな」

「その通りです。ヴィゴとカウリはまだ早いと心配しているみたいですけど、俺はレイルズは意外にやるんじゃないかと思ってます」

「その根拠は?」

「まず、彼はタドラと同じで知識はもう充分にあるんですよ。それに決して頭は悪く無い。精霊魔法訓練所の一般科目はもう高等科に上がっていて、大学から各教授にお願いして訓練所で個別の指導をしていただいています。全くの無知から学んだ政治経済と用兵と兵法の成績自体も決して悪くはありません。ただ何というか教科書通りの攻め方をすると、いつも教授から言われているのだとか」

「成る程、そんなところまで素直な性格が出るか」

 今の例え話でルークの言いたい事を理解して、ディレント公爵はにんまりと笑った。

「よし、いつでも彼を寄越すがいい、アルにも連絡をして、二人でしっかり鍛えてやろうぞ」

 その言葉にルークも笑顔になる。

「頼りにしてますよ、父上」



 それぞれ手にしたグラスを上げて、無事に相談を終えた二人はもう一度改めて乾杯するのだった。

「精霊王に、感謝と祝福を!」

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