可愛い酔っ払い

「お疲れ様でした。すっかり遅くなってしまいましたね。明日はお休みしていただいて良いとの事ですので、朝練もお休みしてゆっくりなさってください」

 迎えに行って一緒に本部に戻って来たレイに、部屋に戻ったラスティはそう言ったが、当の本人は真っ赤な顔でソファーに転がって笑っているだけだ。




 もうこのあとは寝るだけだからと、懇親会に同席した人達から労いだと言われて何杯もワインを飲まされたレイは、またしてもすっかり酔い潰されていた。

 しかし、周りはすっかり面白がって誰も彼に飲ませるのを止めないものだから、結局またしても座ってニコニコ笑っているだけの可愛い酔っ払いが出来上がっていたのだった。

 特に暴れたり大声をあげたりするわけでも無く、また、嘔吐したりするでもなく単に座ってご機嫌で笑っているだけだ。

「こら、飲み過ぎだぞ」

 ロベリオがそう言って隣に座るが、そう言いつつも持って来て飲ませているのは貴腐ワインだ。

「えへへ、これ美味しいれふ」

 あっという間に飲み干して、真っ赤になった顔で嬉しそうに空になったグラスを持っている。

「ほら、危ないから返せって」

 笑ったユージンが空のグラスを取り上げて、今度はリンゴ酒を渡しておく。

「お前はこれでも飲んでろ」

「ええ、甘いのがいいです〜」

 無邪気な口答えに、周りが笑ってあちこちから貴腐ワインが差し出されるのを見て、レイは嬉しそうに両手を差し出した。

「もう飲み過ぎ」

 さすがに見かねたルークが止めに入る頃には、完全な酔っ払いが出来上がっていたのだった。





 ソファーに転がるレイからまずは剣帯を外してやり、手早く第一級礼装を脱がせて部屋着に着替えさせる。

「えへへ、ちょっと飲み過ぎました」

 ソファーに座り込んだまま赤い顔をしてニコニコと笑うレイに、ラスティは棚から取り出した空のグラスを渡した。

「ありがとラスティ。えっと、シルフ……じゃなくて、ウィンディーネ! えっと、何だっけ……あ、そうだ。良き水を、お願いしま〜す」

 間違ってシルフを呼んでから、誤魔化すように笑って言い直す。すぐにウィンディーネ達が現れて、呆れたようにレイを見ながら黙ってグラスに良き水を並々と出してくれた。

「ありがとね。ふふふ。おいしいれふ」

 両手で持ったコップの水を一気に飲み干したレイは、空になったグラスを見てまた笑っている。

「美味しい! もう一杯お願いしま〜す!」

 無駄に元気なその声に、またウィンディーネ達が現れてグラスに良き水を出してくれる。

 三杯飲み干してなんとか落ち着いてから、湯を使って休ませる事にした。

 しかし、さすがに今のレイに一人で湯を使わせるのは危険と判断したラスティは、付き添ってレイに湯を使わせてやった。




「えへへ、ありがとうごじゃいます」

 湯を使っている間も、ニコニコとされるがままに大人しかったレイは、シルフ達が勝手に風を起こしてくれて乾いた髪をラスティに梳いてもらいながらご機嫌だ。

 苦笑いして手早く寝巻きに着替えさせてやり、手を引いてベッドまで連れて行ってやる。

「お疲れ様でした。どうぞゆっくり休んでください。明日も貴方に蒼竜様の守りがありますように」

 額にキスをすると、レイはわかりやすく笑顔になる。

「ありがとうね。えっと、ラスティにも、ブルーの守りが、ありまふように……」

 若干発音がおかしいその返事に、ラスティは堪え切れずに小さく吹き出す。

 誤魔化すように軽く咳払いをしてから立ち上がり、部屋のランプを消してから一礼して部屋を出ていった。

 しかし、その顔はもう我慢の限界で、扉を閉めた途端にもう一度堪え切れずに吹き出して座り込んで笑っていたのだった。

「いやあ、なんて可愛い酔っ払いでしょうか。ルーク様から酔った時の様子を聞いてはいたが、まさか本当だったとはね」

 笑いながらそう呟くラスティの目の前に、ブルーのシルフが現れて彼の額を突っつく。

 驚いたラスティは慌てて顔を上げて周りを見回し、伝言のシルフと同じ白い影が手を振っているのに気付いて居住まいを正した。



「もしや、ラピス様ですか?」

『いかにも、レイが面倒をかけたようだな』

 笑ったその言葉に、ラスティは笑顔で首を振った。

「面倒だなど、とんでもありません。これは私の役割ですから当然の事です。それにしても酔っ払ってまであんなに良い子でいるとは……何ともレイルズ様らしいですね。もっと何というか、こんな時くらい羽根を伸ばしてくれて良いと思うのですけれどね」

『まあ確かに其方の言いたいこともわかる。しかし可愛かったな』

「本当に可愛かったですよね。あんなに無防備に信頼していただけると、お世話のやり甲斐もあるというものですよ」

『成る程。ご苦労だったな』

 鷹揚にそう言うと、ブルーのシルフはくるりと回って消えてしまった。

 黙って見送り、一礼したラスティは自分も休むために襟の留め金をそっと外したのだった。



 眠るレイの元に戻ったブルーのシルフは、枕に抱きついてうつ伏せになっているレイを見て、そっと肩を起こして上を向かせてやり、胸元に潜り込んで一緒に眠る振りをして目を閉じた。

 その周りでは、呼びもしないのに勝手に集まって来たシルフ達が嬉しそうにレイの髪の隙間に潜ったりして、一緒に眠るふりをしていたのだった。





 翌朝、いつもの時間に集まったシルフ達は熟睡しているレイを見て、顔を見合わせて相談を始めた。


『よく寝てるね』

『よく寝てるね』

『どうする?』

『どうする?』

『起こすの?』

『もっと寝るの!』


 一人のシルフがそう言って、レイの胸元に潜り込んでいった。

 それを見た他のシルフ達も同じように集まって来て、いつものようにレイのふわふわの赤毛で遊び始めた。


『あっちとこっちを混ぜ混ぜ』

『まぜまぜ』

『引っ張って結ぶよ』

『えいえいお〜!」

『三つ編み三つ編み』

『三つ編み楽しい』

『ふわふわ大好き』

『大好き大好き』


 歌うようにレイの髪で遊んでいると、当のレイが呻き声をたてて寝返りを打った。そのまま横向きになり枕に抱きついてまた眠ってしまう。


『今度は後頭部〜!』

『三つ編み三つ編み』

『まぜまぜ』


 まだ手付かずの部分の髪の毛を目の前にして、大喜びのシルフ達は一斉に集まってまたせっせと遊び始めた。

 ブルーのシルフはそんな彼女達を見ても特に咎めるでもなく、笑って見ているのだった

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