歓談会にて

 夜会が終わった後、そのまま本部に戻ると思っていたらルークに有無を言わさず捕まってしまい、そのまま別室にて行われる歓談会にレイも参加する事になった。

 ここにいるのは前回同様男性のみで、ロベリオとユージンの婚約者殿とお話が出来るかもしれないと思って密かに楽しみにしていたレイは、部屋にいる顔ぶれを見てちょっとガッカリしていた。



「お疲れ様。まあ、今日は良い経験になったんじゃないか?」

 隣に座ったマイリーに笑いながらそんな事を言われて、ソファーの端に座って貰ったリンゴ酒を大人しく舐めるように飲んでいたレイは、情けなさそうに眉を寄せてため息を吐きながら首を振った。

「実を言うと、酔っ払った時の事、全然覚えてません」

「まあそうだろうな。じゃあ逆に質問だが、どこまで覚えている?」

 面白そうに聞かれて、少し考えてから口を開く。

「えっと、ゲルハルト公爵閣下に貴腐ワインを飲ませていただいて、詳しい説明を聞いていたらいろんな方が来てくださって、それでお勧めのワインを色々と教えてくださったんです」

「うん、それで?」

 完全に面白がっているマイリーの後ろに、話を聞きつけてこちらも笑顔のルークとカウリが座る。

「蜂蜜酒のお話を聞いて、飲んだ事があるって言ったら、そこから蜂蜜酒には色んな種類があるって話になって……えっと……それからどうしたっけ?」

 肩に座ったブルーのシルフが笑いながら頷くのを見て、マイリーも笑いながらレイのふわふわな頭を撫でた。

「どうやら酔い潰れた原因は蜂蜜酒だったみたいだな。あれは作り方で本当に味も変わるし酒精の強さも変わる。おそらく酒精の強い酒を立て続けに飲まされて一気に酔いが回ったんだろうな」

 納得したようなマイリーの言葉に、レイは首を傾げる。

「そうなんですか? それほどの量は飲んでいなかったと思いますけど」

 だけど、どれも口当たりが良くてグイグイ飲んだ記憶はある。

「蜂蜜酒を飲んだんだよな。それならこの辺りかな?」

 面白そうなマイリーがいくつかお酒の名前と作られた場所の名前を挙げてくれたが、どれも聞き覚えがあったので頷くと、マイリーだけでなくその隣で聞いていたルークとカウリまで揃って吹き出したのだ。

「全く、考えてる事がほぼ全員一緒だったとはね。だけど出来れば周りの人が先に何を飲ませていたかくらい見てからやれって」

 遠慮なく大笑いしているカウリの言葉に、ルークとマイリーだけでなく、周りで聞いていた人達までが一緒になって笑っている。

 今の彼らの会話は、部屋にいるほぼ全ての人たちの注目の的なのだが、レイルズだけがその事に全く気付いていない。

「カウリ、今の言葉の説明を求めます!」

 手を伸ばして笑っているカウリの肩を突っつきながら、レイが困ったようにそう言ってまた眉を寄せる。

「お前、だからその顔はやめろって。要するに、皆、公の場でほとんど失敗らしい失敗をしていないお前に、まあ新人が一度はやらかす、一番無難な酔い潰れるって失敗をやらせてやろうとしたんだよ」

 目を瞬くレイに、また周りから小さな優しい笑いが聞こえる。



 周りにいる人達は、もうほぼ全員が完全にレイルズの事を自分の孫か息子だと思って見ている。



「えっと、つまりゲルハルト公爵も僕を酔い潰すおつもりだったんですか?」

 その無邪気な質問に、とうとう部屋中にいたほぼ全ての人が吹き出して大笑いになる。

「あはは、本当に悪かったね。いや申し訳ない。あそこまで酔い潰すつもりはなかったんだけれど、実を言うと、ちょっと酔わせてから揶揄ってやるつもりだったんだよ」

 素直に認めて謝るゲルハルト公爵の言葉に驚き、目を見開くレイだったが、さらに驚く事が起こった。

 その部屋にいた何人もの人が、申し訳無さそうに頭を下げて手を挙げているのだ。当然だがどの方も見覚えがある。先ほど、レイにお酒の話をしてくれた人達だ。

 そしてゲルハルト公爵の隣では、ディレント公爵までが一緒になって苦笑いしながら手を挙げていたのだ。

「えっと、皆様同じ……ですか?」

 揃って頷く何人もの人達を見て、レイも堪えきれず大きく吹き出す。

「皆様酷いです。僕はまだお酒を飲み始めて間がないんだから、勧めてくださるならもっと飲みやすい軽いお酒を教えてください!」

 笑いながらの抗議にまたその場は笑いに包まれたのだった。




「なるほどね。急に姿が見えなくなったのはそう言う訳か」

 感心したようなオリヴェル王子の言葉に、レイは困ったように一礼した。

「まあ、公の場で酔い潰れても許してもらえるのも若いうちだけだ。今後のためにも先輩方にお酒の飲み方も教えてもらいなさい」

「お酒の飲み方、ですか?」

 不思議そうなレイの言葉に、また皆が笑う。

「そうだよ、強い酒をただガバガバ飲むのがお酒の飲み方って訳じゃない。例えそれほどお酒に強く無くても、こういった席でそれなりに楽しんでお酒を飲めれば、その人はお酒の飲み方を知っているって事になるだろうね」

 目を瞬かせるレイを見て、オリヴェル王子は優しい笑顔になる。

「まあ、これも経験だね。しっかり勉強しなさい。だけど、今でも君となら良い酒が飲めそうだ」

 笑ったオリヴェル王子の言葉の意味が分からなくて一瞬戸惑っていると、ニコスのシルフ達が現れて通訳してくれた。


『これはつまり貴方を褒めてくれているんだよ』

『だからお礼を言って』

『是非ご一緒にさせてくださいって言って』

『ほら早く』


 嬉しそうなニコスのシルフ達の言葉に小さく頷き、レイは笑顔でオリヴェル王子を見た。

「ありがとうございます。是非ご一緒させてください」

 その言葉に、あちこちから感心したようなざわめきが聞こえた。

「ああ、楽しみにしているよ」

 嬉しそうなオリヴェル王子の言葉に、無邪気なレイは嬉しそうに頷くのだった。



「どうやら、あいつの無邪気さと笑顔は最強みたいだな。ほぼ全員見事に陥落したぞ」

「全くだ。あの気難しい年寄り連中を今日の一件で見事なまでに味方につけたな」

「レイルズ、凄い」

 少し離れた喫煙場所に座っていた若竜三人組は、揃って感心したようにそう言って何度も頷き合ってるのだった。

 そんな彼らや部屋の人達の様子を見ながら、部屋が見渡せる一番高い燭台に座っていたブルーのシルフは、満足そうな笑顔で頷いていたのだった。

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