名誉挽回
「地下迷宮への誘いを」
オリヴェル王子からの希望で、演奏する曲は決まった。
前回、懇親会での竜騎士隊の皆と一緒の演奏の後に一人で演奏した時は、主旋律を爪弾きながら部分的に和音を入れただけだったのだが、あの後に城の楽団員の方にお願いして、地下迷宮への誘いの竪琴用の楽譜を用意してもらったのだ。
頑張って暗譜したし、あの後何度か練習したので大丈夫だろう。
竪琴の弦の横ではニコスのシルフ達も笑顔で手を振っている。もしも間違えそうになったら、彼女達が助けてくれるだろう。
安心したレイは一度深呼吸をしてから、静まり返った会場に笑顔で一礼してゆっくりと前奏を奏でて歌い始めた。
「今日は記念すべき最初の日」
「さあ行こう勇気を出して、あの広大なる闇の地下迷宮へ」
前回とは違う見事な竪琴の演奏に、オリヴェル王子の目が見開かれる。
やや高めの、まるでその歌詞の中にいる若者のような声のレイルズの歌に会場中が聞き惚れている。
「必ず帰ると心に誓い、あの子がくれたお守り持って」
「水と干し肉鞄に詰めて」
「最初の一歩をいざ踏み出そう」
間奏部分の見事な竪琴の演奏が、静まりかえった会場中を流れる。
その時、会場内にいたエントの会の人達をはじめ、合唱の倶楽部に入っている人達が揃って一緒に歌い始めた。
「剣は研いだぞ、よく切れる」
「父さんの形見の大事な剣だ」
「何が出ようが怖くなんか無いさ」
「たくさんたくさん訓練したぞ」
「必ず帰ると心に誓い、あの子がくれたお守り持って」
「待っているねと交わした約束、大事に抱えてさあいざ進め」
「さあ行こう勇気を出して、あの広大なる地下迷宮へ」
「さあ行こう勇気を出して、あの広大なる地下迷宮へ」
エントの会の人達の低く優しい声が、やや高いレイの歌声に合わせて追いかけて包み込むように輪唱してくれる。
次々に後を追って歌う声は増え、あちこちから手拍子まで始まった。
最初は緊張していたレイだったが、次々と追いかけて歌い始める人達が増えるに従って笑顔になって、歌声に負けないように大きな音で竪琴を弾き続けた。
その、もう楽しくて堪らないと言わんばかりの弾けるような笑顔に、周りの女性達が揃ってうっとりと甘いため息を漏らしたのに、歌と演奏に夢中なレイは全く気付いていない。
その時、美しい笛とヴィオラの音が聞こえてレイは驚いて顔を上げた。
近くの人垣が割れ、カウリは横笛の一種であるフルートトラヴェルソを、マイリーとヴィゴはヴィオラをそれぞれ演奏しながら来てくれたのだ。
レイの横に並んで立ったまま演奏を続ける彼らを見て、オリヴェル王子も笑顔になる。
「地図はあるけど一階だけさ」
「だけど負けない勇気はあるさ」
「怖くなんか無いさ」
「怖くなんか無いさ」
「信じて進もう父さんが行った道」
「足跡辿ってどんどん進め」
「怖くなんか無いさ」
「怖くなんか無いさ」
「信じて進もう父さんが行った道」
「きっと見つかる希望の光」
「怖くなんか無いさ」
「怖くなんか無いさ」
エントの会の人達が歌ってくれる怖くなんか無いさ、と言う言葉にレイは自分でも不思議なくらいに勇気付けられるのを感じて嬉しくなった。
「さあ行こう勇気を出して、あの広大なる闇の地下迷宮へ」
「さあ行こう勇気を出して、あの広大なる闇の地下迷宮へ」
最後は会場中の人達ほぼ全員揃っての大合唱となり、最後の伴奏の音が一気に流れて演奏が終わった。
静まりかえった会場を見て、満足気に頷いたオリヴェル王子は大きく手を叩いた。
「いや、前回以上の素晴らしい演奏だったよ」
笑顔で拍手しながらのその言葉に、会場中からも大きな拍手と歓声が上がった。
予定外だった歌と演奏を披露した後は、また様々な人達と挨拶をして色んな知らない話を聞かせてもらって過ごした。
「いや、本当に素晴らしい演奏と歌声でした。この歌はオルダムの皆様方の方が、我が国の者達よりもお上手やもしれませんね」
オルベラートから来られている大柄な外交関係の方が笑顔でそんな事を言い、周りから笑いが起こっている。レイも笑顔でお礼を言い、他にオルベラートにはどんな歌があるのかなどを聞かせてもらったりもした。
「もうすっかり誰かさんが酔っ払って退場した事なんて忘れられてるみたいだな。
苦笑いしたルークの言葉に、隣にいたマイリーも頷いている。
「確かに今回は上手くいったな。まあ俺としては、レイルズの場合はもっと色々な場面で失敗を経験させてやるべきだと思うな。彼は良くも悪くも良い子に過ぎる」
ため息まじりのマイリーの言葉に、ルークも同意するように頷いた。
「その意見には俺も同意しかありませんね。そうそう、聞いた話ですけれどカウリが以前、レイルズにこう言ったそうですよ。今のうちにいろんな失敗をしておけと。若い時にやらかしたそれらはカウリ位の年齢になった時に分かると。それらの経験はその人の財産になるとね」
「ほう、さすがに良い事を言うな。確かにその通りだ」
感心したようなマイリーの言葉に、ルークも笑って頷く。
「それで、だけどやっぱり失敗するのや人に笑われるのは嫌だと言ったレイルズに、例え失敗であっても、どんな事でもいずれは自分の糧になる。だから失敗を恐れるなって、それでこう言ったと。若いうちにいろんな事を出来るだけ経験して、人生の経験値を上げておけとね」
「人生の経験値?」
「そうなんですって。それが多ければ多い程、何かあった時の対応は容易になるし素知らぬ顔だって出来るでしょう?」
「成る程なあ。人生の経験値か。上手い事言うな」
腕を組んで感心したように呟くマイリーの視線は、オルベラートの貴族の方と笑顔で話をしているレイルズに注がれている。
その肩に当然のようにブルーのシルフが座っているのを見て、マイリーは小さく笑って満足気に頷いた。
「まあ、殿下のご成婚が終われば、閲兵式と竜の面会、それからロベリオ達の結婚式と忙しい日々が続く。まだまだしばらく飲む理由には事欠かないな。良い機会だから、彼にはお酒の飲み方ってものを教えてやるべきだろうな」
「確かにそうですね。そうそう。ゲルハルト公爵閣下が、今日のお詫びに本部宛にお勧めのワインを色々と送ってくださるそうですよ。閣下も仰っておられました。彼にもそろそろお酒の飲み方を教えておくべきではないかとね。ちなみに、レイルズは貴腐ワインが気に入ったらしいですよ」
「貴腐ワインか。確かに美味いがあれは甘過ぎる」
苦笑いして首を振るマイリーに、ルークも笑ってレイルズを見た。
「俺も貴腐ワインはちょっと甘過ぎると思いますね。でもまあ確かに、レイルズは好きそうだ」
「甘党だからなあ。ワインの好みまで甘党だったか」
「筋金入りですよね。俺はあそこまでは甘党ではありませんって」
「だけど、自分が好きだと言った貴腐ワインの実際の値段を知ったら、驚きのあまりひっくり返るかもな」
「ああ、確かに」
密かに笑い合う彼らの視線の先では、またゲルハルト公爵に珍しいワインを勧められて、必死になってなんとか断ろうと苦労しているレイルズの姿があるのだった。
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