夜のひと時
ルークと別れて部屋に戻った三人は交代で軽く湯を使って汗を流し、寝巻きに着替えて早々にベッドに飛び込んだ。
「それではおやすみなさいませ」
三人が着ていた制服を手早く片付けてくれたラスティと執事が、ランタンの火を落としてから一礼して部屋を出て行く。
ここにいる間のラスティは、レイの身の回りの世話を少ししてくれただけで、部屋では主に執事が世話を焼いてくれている。
「湯を使ってる間に、執事さんに制服を片づけられちゃったな」
「うん、湯を使って出てきたら綺麗になってたからびっくりしたよ。だけど、俺がやるより絶対に綺麗にブラシが掛かってそう」
「確かに、襟のシワも消えてて驚いたよ」
苦笑いしたマークとキムは、彼らの間で寝転がっているレイを揃って見た。
「レイルズは、普段からあの執事さんにお世話をされているのか?」
「えっと、普段は兵舎ではラスティが僕のお世話をしてくれてるよ。他に竜騎士隊付きの執事さんもいるから、手がいる時は手伝ってくれるし、第二部隊の人も第一級礼装に着替える時なんかには手伝ってくれる時もあるね。さっきの執事さんはこの離宮にいてくれる人だよ。そういえば、ここに泊まった時にはいつもあの人がお世話をしてくれてるね」
「へえ、すげえな」
まるで他人事のマークとキムだったが、先ほどルークから言われた事を思い出して二人揃って遠い目になった。
そんな世界に、自分達もこれから先は関わるかもしれないのだ。
考えただけで、気が遠くなりそうだ。
「レイルズは、ここに来て生活が一変したって言ってたよな。あんな風にお世話をされてどう思った?」
マークの何気ない質問に、レイは困ったように眉を寄せた。
「最初はもう緊張しかしなかったよ。だけどそのうちに慣れるってルークに言われたし、確かに慣れたね。今でもお世話をされて申し訳ないって思う事もあるけど、そんな時は皆、僕の向こうにブルーを見ているんだって考えてるんだ。これは以前、ルークから教えてもらった考え方なんだ。彼も竜騎士になってすぐの頃は、お世話をされるのが嫌で、なんでも自分でやろうとして周りを困らせたんだって言ってたよ」
「まあ、元を正せばルーク様はハイラントのスラム出身のお方だもんな。そりゃあ、何から何まで天地がひっくり返るくらいの変わりようだったと思うぞ」
「確かに、そのお世話をする相手が、世話をされるのを嫌がって自分で勝手に何でもやったら、さぞかし周りは困っただろうな」
キムとマークが、それを聞いて納得するかのように揃って頷く。
「それで、叱られたんだって。周りの人のお仕事を取っちゃあいけないって」
「だけどそう言われて、はいそうですかって、気楽にお世話されるって訳にはいかないよな?」
マークが苦笑いしながらそう言うと、レイも苦笑いしながら何度も頷いた。
「それでこう考えたんだって言ってた。竜の主になった以上、礼儀作法に始まり覚えなければならない事はそれこそ山のようにあって、しかも期間は限られている。だから、彼じゃないと出来ない事以外は周りに助けてもらっても良いんだって。だって竜の主である以上竜騎士になるのが当たり前で、そのために覚えなければならない事が何よりも優先される。そうなると、服にブラシをかけたり、シーツを変えたりするのは他の人でも出来るでしょう? それに、お世話をしてくれている人たちは皆、自分の後ろに竜の姿を認めているからこそ、何も知らない自分を親身になってお世話をしてくれるんだって。そう考えたら、気が楽になったって言ってたよ」
「凄えなルーク様。だけど確かにその通りだよな」
顔を見合わせて頷き合ったマークとキムは、揃ってため息を吐いて枕に突っ伏した。
「どうしたの? 二人とも」
「いやあ、さっきルーク様が仰っていただろう? 俺達も最低限の礼儀作法くらいは覚えておけって」
「俺達に出来るかな。考えただけで頭が痛くなりそうだ」
この世の終わりみたいな二人の呟きに、レイは遠慮無く吹き出した。
「ちょっ、お前何を笑ってるんだよ! 人が真剣に悩んでるのに!」
「そうだそうだ!」
左右から文句を言われて、笑ったレイは両手を広げて二人まとめて抱きついた。
「僕は嬉しいよ。二人の事を周りの人達が認めてくれるのはすごく嬉しい。僕で分かる事なら何でも教えるから、いつでも何でも遠慮無く聞いてね!」
無邪気なその言葉に、二人はもう笑うしかない。
「そういえばクラウディアとニーカも、公爵家から執事さんが来て、定期的に礼儀作法を教わってるって言っていたよな」
「ああ、確かにそんな事言ってたな。おお、凄えじゃんか。それならいずれ俺達だけでも完全な貴族のお茶会が出来そうだな」
「あ、それ良いなそれ。じゃあ皆でお茶会開催を目標に、頑張って礼儀作法とやらを勉強してみるか」
キムの言葉は完全に冗談で、マークもそれと分かって応えたのだが、残念ながらここにもう一人、冗談を言葉通りに受け取る人物がいる事を彼らは忘れていた。
「うわあ、良いねそれ。じゃあそのお茶会は是非一の郭の瑠璃の館でやろうよ」
目を輝かせてそう叫んだレイの言葉に、悲鳴を上げたマークとキムは、またしても揃って枕に突っ伏したのだった。
「お前、これは冗談なんだって!」
「そうだよ、そんなの出来る訳ないじゃないか!」
慌てたように左右から二人揃って否定されて、レイはものすごく悲しそうな顔になった。
「ええ、せっかくだから皆でやろうよ。美味しいお菓子もたくさん用意するからさ」
「いや、だからこれは……ああ、分かったよ。じゃあいつか、いつかって事でな!」
上目遣いに自分を見ているレイに、これ以上否定の言葉が出てこなくなったマークは、諦めのため息と共に妥協案を示した。つまり期限を設けない、いつか、で。
「うん、じゃあいつかやろうね。楽しみにしてるよ」
疑いもせずに無邪気に答えるレイに、二人は揃って苦笑いを必死になって隠していた。
「俺は、そんなお前の将来が心配だよ」
後ろから聞こえたキムの呟きに、レイは不思議そうに振り返った。
「いや、何でもない。お前はそのままでいてくれ」
そう言って手を伸ばしてレイのふわふわの赤毛を撫でたキムは、大きな欠伸をした。
「もう休もうぜ、眠いよ」
「だな、確かに眠い」
同じく欠伸をしたマークも、そう言って仰向けに寝転がった。
「うん、そうだね。それじゃあおやすみなさい」
枕に抱きついていたレイが笑ってそう言い、くしゃくしゃになっていた毛布を引き上げる。
二人も手を伸ばして毛布を被ると、もう一度大きな欠伸をしてから目を閉じた。
しばらくして三人の規則正しい寝息が聞こえてくるまで、ブルーのシルフやニコスのシルフ達、それから何人ものシルフ達がそんな彼らを愛おしげに見つめていたのだった。
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