マークとキム
「ああ、もうめちゃくちゃ緊張してきた〜」
整列の為に広場へ移動しながら、マークは小さくそう呟いて身震いした。
もう間も無く、オリヴェル王子と竜騎士隊が揃って到着したらいよいよ歓迎式典が始まる。
最初は軍楽隊の演奏と行進。広場の半分を使っての大々的な演技と聞いているので、見応えがあると先輩達は楽しみにしているが、マーク達にはそれを楽しむ余裕なんて全く無い。
それが終われば、第二部隊の弓兵の精鋭部隊が遠当ての実技をするのだそうだ。今日はそれほど風もないから、おそらく彼らなら完璧な技を披露するだろう。
そしてそれが終われば、いよいよ自分達第四部隊の番だ。
もう、その時の事を考えただけで、今から緊張のあまり倒れそうになっているマークだった。
先ほど、レイルズからの伝言のシルフが来て応援してくれて少しは元気になったのだが、広い会場と正面に作られた観覧席を見ると、やっぱり本気で気が遠くなりそうだ。
竜人の上官達は慣れたもので平然としているが、隣にいるキムもマークと似たようなものだ。いや、緊張の度合いで行けばマークよりもキムの方が酷いように見える。
「おい、大丈夫か?」
さっきからほとんど固まったまま
「おお……だ、大、丈夫だ、よ」
全く大丈夫ではない返事に、逆にマークは落ち着きを取り戻した。
人生最大級の責任のある初舞台を前に、自分よりも緊張してガチガチになっているキムを見たら、さすがにこれは何とかしてやらないといけないと思い始めたからだ。
「キム、ほら良いからこっちを向け」
両手でキムの顔を挟んで、無理矢理自分の方を向かせる。
真正面から顔を覗き込むと完全に目が泳いでいるのが分かり、思いっきりわざとらしいため息を吐いた。
「お前、今の自分を鏡で見てみろよ。そんなんで精霊魔法を正確に扱えると思ってるのか?」
出来るだけ呆れたような口調で突き放すようにそう言ってやる。
周りの竜人の士官達が目を見開いて自分達を見るのがわかったが、知らん顔でマークはキムの顔を挟んでいた手を離し、ポケットから支給品のメタルミラーを取り出した。
薄い金属の板をピカピカに磨いた金属製の鏡で、第四部隊の兵士達には全員に一般装備で支給されている。精霊達が光るものを好むからだ。メタルミラーもその一つで、差し込む太陽の光を壁などに当てて動かしてやると、機嫌の悪い精霊も機嫌を直して嬉々として追い掛け出すくらいに好きなのだ。
そのメタルミラーを、キムの顔の真正面に向ける。
「……情けない顔してるな」
消えそうな声の呟きが聞こえる。
「ああ、もうこれ以上ないくらいに不景気な顔だよ。じゃあ、今そこでシルフを呼んでみろよ。火蜥蜴を呼んでみろよ」
周りには、興味津々のシルフ達が集まっているが、誰一人、キムの事は見向きもしない。
「シ、シルフ……」
消えそうな声でシルフを呼んだキムだったが、彼女達は誰もその声に反応しない。いつもならすぐに返事をくれるのに、まるで今はキムが見えていないみたいだ。
「サ、サラマンダー……」
しかし、これもいつもならすぐに指輪から出てきてくれる火の守役の火蜥蜴も全くの無反応で、全く出てくる様子は無い。
「ほら、だから言っただろうが! しっかりしろ!」
いきなりそう言うと、マークはメタルミラーをポケットに戻して力一杯キムの顔を両手で挟むようにして叩いた。
景気の良い
「痛ってえ!」
キムの本気の悲鳴に、周りでどうなる事かと心配そうに見ていた竜人の士官達が同時に吹き出す。
「お、お前、人に余裕がないと思って、いきなり何しやがる!」
「よし、目に力が戻ったな」
笑ってそう言ったマークが、周りにいるシルフを黙って指差す。
周りにいるシルフ達が今のキムの悲鳴を聞いて大笑いしているのを、キムは泣きそうな顔で笑いながら見上げた。
「シルフ」
今度の声はしっかりしていて、彼女達も当たり前のように振り返る。
『何々?』
『呼んだ?』
「今日は、これから炎と風の合成をするんだよ。よろしくな」
苦笑いしたキムの言葉に、シルフ達が笑う。
『いつもやってるアレね』
『良いよ良いよ』
『アレは楽しいもん』
『燃やすよ燃やすよ』
「おお、それだよ。よろしくな」
大きく頷いて笑ったキムは、振り返ってマークに拳を突き出した。
「ありがとうな。おかげで我に返ったよ。もう大丈夫だ」
「おう、そりゃあ良かったよ」
笑って拳を突き合わせた。
「ところでさあ、ちょっとやりすぎたみたいなんだけどさあ……」
何やら言いにくそうにしているマークを見て、キムは首を傾げる。
「何がだよ?」
すると、横で見ていた竜人の士官が口元を押さえたまま自分のメタルミラーを差し出してくれた。
一礼してそのメタルミラーを覗き込む。
「ちょっ、お前、なんて事してくれるんだよ〜!」
キムのあまりにも情けない叫びに、またしても周りにいた兵士達が一斉に吹き出す。
キムの両頬には、見事にマークの手形が真っ赤になって残っていたのだ。指の一本一本まで見て取れるくらいに。
「ご、ごめん。まさかそこまで赤くなるなんて思わなかったからさあ」
大笑いしながら逃げ回るマークを、キムは声を上げて追いかけ回し、それを見ていた兵士達は大喜びで手を叩いて笑っていたのだった。
「全く、戻らなかったらどうしてくれるんだよ」
結局、マークともう一人の竜人の士官がキムに癒しの術を何度もかけて、時間ギリギリまで掛かってようやく赤くなっていた手形をほぼ消す事が出来たのだった。
「あはは、もうこれで大丈夫だな。癒しの術をありがとうな。おかげでもうすっかりいつも通りだよ」
苦笑いするキムの言葉に、同じく騒ぎのおかげですっかりいつもの調子に戻ったマークも、苦笑いし改めて拳を突き出した。キムも笑って拳を突き合わせて、お互いの顔を見て頷き合う。
「おい、こっちもだ」
竜人の士官の呼びかけに答えて振り返ると、今回の実演に参加する全員が笑顔で拳を突き出していた。
円陣を組んで拳を突き出す。
「気合入れて行こう!」
士官の声に、全員が唱和する。
突き上げた拳に、大喜びのシルフ達が跳ね飛んできて笑って叩くのを繰り返していたのだった。
今回参加するのは全部で八人。マークとキム以外は全員が竜人だ。
最初は光の精霊魔法の実演をする。それからマークとキムだけになってそれぞれ精霊魔法の合成を見せる予定になっているのだ。
キムは光の精霊魔法は扱えないので、前半はサポートのみで実演は行わない。後半のみの参加だ。
時間になり指揮官の指示の元、一斉に整列して一行の到着を待つ。
また緊張してきた二人だったが、先ほどの動けなくなるようなものではなく、今は心地良い緊張感だ。
大歓声の中、一行が到着していよいよ歓迎式典が始まった。
予定通りに軍楽隊が見事な演技を見せオリヴェル王子は大喜びで拍手をなさっていた。
次に出てきたのは、第二部隊の弓兵達だ。
彼らも緊張はしていたようだが、難しいとされる遠当てや
オリヴェル王子は立ち上がって、見事であった! との言葉までかけて拍手をしていらっしゃった。
会場からも大歓声が起こり、大仕事をやり遂げた弓兵達は、頬を紅潮させて敬礼をしていた。
「いよいよだな」
「ああ、頑張ろうな」
大きく深呼吸をした二人は、弓兵達が退場して空っぽになった広場に、ゆっくりと整列して進み出て行ったのだった。
その後ろを、大はしゃぎのシルフ達が追いかけて行くのだった。
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