知らない現実

 昼食会の後にも談話室に移動して、また何人もの人達と挨拶をして様々な話を聞いた。

 ルークがずっとついてくれているので安心していたら、いつの間にかルークはマイリーと一緒に数人の商人達と集まり、顔を寄せて何か真剣な様子で話を始めてしまった。



 それに気付いた周りの人達が、さりげなく彼らから距離を取る。



 恐らく、もう一人でも大丈夫だと思われて置いていかれたのだろうが、正直言ってどうしたら良いのかさっぱり分からない。

 困っていると、何となくレイの周りにも空間が出来てしまい、周りが彼の様子を密かに伺うような形になってしまった。



「ええ、どうしたら良いんだろう?」



 さらに困ってしまったが、逆にこんな時に困った顔をするなと、ニコスのシルフに叱られてしまった。

 仕方がないので平然と胸を張って、素知らぬ顔で壁際のお菓子が置いてある場所に向かう。

 綺麗に飾られたチョコレートを取ったところで、近づいてくる人影に気付いてさりげなく振り返った。

 そこには、正装したクッキーが笑顔で立っていたのだ。



「ああ、クッキー! 来てたんだね」



 思わずレイの方から駆け寄って話しかける。

「はい、先日は沢山のご注文を頂きありがとうございました」

 瑠璃の館の絨毯を、全てクッキーのいるポリティス商会で注文したのだ。今回頼んだのは、応接室を始め、これから使う部屋に敷く大小の絨毯とよく使う廊下と階段に敷く絨毯だ。

 部屋に敷く物は、基本的に出来上がっているものを購入するので既に納品されていると聞いているが、廊下に敷く絨毯は、廊下に合わせて長さと幅を調節しなければならない。その為、まだ一部の廊下の部分は製作中だと聞いてもいた。

「はい、レイルズ様のお屋敷の場合、一部の階段にも絨毯を敷きますからね。かなりの長さになっているそうですよ」


「えっと、ちょっと聞いてもいいですか? そもそも廊下の絨毯ってどうやって作るの?」

 あのような見事な絨毯ってどうやって作っているんだろう。以前から疑問に思っていたので、丁度良い機会だと思って質問してみる。

 不思議そうに聞いているレイに、クッキーはまずは絨毯の詳しい作り方を説明した。

「絨毯は、基本的に土台になる縦糸に対して短く切った糸を結びつけていくんです、こんな風にね」

 丁度置いてあった布と持っていたリボンを取り出し、簡単な絨毯の仕組みを説明しながら結び方をやって見せる。

「ええ、じゃあ絨毯の柄って、一本一本全部結んであるの?」

 始めて知った驚きの事実に、レイは今自分が踏んでいる床の絨毯を見下ろす。



 目が詰んでいて毛足の短いしっかりした絨毯だ。

 今は人が大勢いて見えないが真ん中の部分には、大きく渦巻くような蔓草とその蔓草に絡まるようにして花が咲いている図案になっている。

 丁度、レイの足元にも色鮮やかな大輪の花が見える。



「じゃあ、これもそうなの?」

「はい、もちろんそうですよ。しかしここの絨毯は素晴らしいですね。ほとんど狂いがなく見事に柄が出ている」

 クッキーも床を見下ろしながら感心したように笑っている。

「ここのように大きな絨毯の場合と違い、廊下などは基本的に幅がある程度決まっていますからね。幾つかあるその幅に合わせて様々な長さの絨毯をあらかじめ作っておくんです。仕上げはせずにね。ご注文いただいた長さに合わせてそれらの絨毯を組み合わせて繋いでいくんです。柄もいくつか決まりがあって、繋いだときに不自然にならないように考えられているんです。今は廊下の分の作業が終わって、最後の階段用の絨毯の仕上げに入っていると聞きましたよ。もう間も無くお届けできると思いますね」

「へえ、そうなんですね。初めて知りました。えっと、作業をしてくれている職人さん達にもお礼を言っておいてください」

「ありがとうございます。皆も喜びましょう」

 嬉しそうに笑ったクッキーは、周りを見て近くに人がいないのを確認してからそっとレイの耳元に顔を寄せた。

「実を言うと、こういった作業をするのは、専用の職人では無く貧しい子供達、特に女の子なんです。注文が入った時だけ日当を払って作業場に来てもらい、絨毯を繋ぎ合わせる作業をしてもらうんですよ。ですから、こういった大口のご注文をいただけた場合、半月以上掛かって作業をするのでその間彼女達の安全は確保されます。本当に沢山のご注文をありがとうございます」



 その言葉の意味するところを理解して、レイは目を見開いてクッキーを見つめた。



「特に革製品と絨毯は、昔からそういった子供達が重要な作り手として扱われています。ですが、現実の扱いは酷いもので、我々が渡した給金も全額は彼女達の手には入りません」

「ど、どうして?」

「そういった作業をする子供達をまとめる人や組織がいて、そのほとんどを中抜きしているのですよ。まあ要するにヤクザ者達などの裏組織です。ですが、彼らがいなければ貧しい子供達はその仕事すら見つけられません。そうなるともう行き着く先は一つだけです。要するに体を売るしか無いんですよ」

 小さな声で告げられた衝撃の内容に言葉を失う。

「これらは、問題があるのはわかっていても、ある種の必要悪として見逃されているのが現状ですね」

「そんな……」

「その業界に関わるものの一人として、お恥ずかしい限りです。恐らく、このような事を竜騎士となられるようなお方の耳に入れるのは、決して褒められる行為では無いのでしょうが、知らずに放置するよりは、せめて実情を知っていただく良い機会ではないかと思い、お話しさせていただきました」

 レイの性格を知っているクッキーだからこそ、話そうと思ってくれたのだろう。

 実際に何かできる訳では無いが、確かに知らないでいて良い話では無い。

「マイリー様が代表で、そういった子供達を援助する基金を作ってくださっているのです。他にも貴族の方が援助してくださったりもしておりますが、なかなか末端までは行き届かないのだ現状ですね」

「……僕に、何か出来ますか」

 眉を寄せるレイに、クッキーは深々と頭を下げた。

「レイルズ様も、基金にご援助いただいていると聞きました。心から感謝します」

 以前、見習いとして紹介された際に、慈善事業を手広く行っているマーシア夫人を紹介された。その際に、レイも基金に参加したい旨を申し出て、後日彼女から紹介された基金に協賛という形で資金援助を行っているのだ。

「大した金額じゃありません。でも少しでも役に立ってるのなら嬉しいです」

 当たり前のようにそう言ってくれる頼もしい友人に、クッキーは心から感謝の意味を込めて、その場に跪いて両手を握り、額に当てて深々と頭を下げたのだった。

「心からの敬意と感謝をあなたに捧げます」

「やめてよ。そんな大した事じゃ無いって」

 慌てたようにクッキーを立たせると、笑ったレイは拳を差し出した。

「実は、他の廊下やお部屋にも絨毯を敷こうと思ってたんです。じゃあ、今の注文が終わってからで良いので、また来てくれますか」

「もちろんです。ですが、どうかご無理をなさいませんように」

 レイの総資産を知らないクッキーは焦ってそう言ったのだが、実際、レイの口座の残高からしてみればそれでも大した金額では無いのだ。


『綺麗な絨毯』

『大事に作るよ』

『綺麗な絨毯』

『大事に大事に』


 彼らの周りで歌いながら手を叩き合うシルフ達を見て、二人もやっと笑顔になったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る