戯れと内緒の話
「それじゃあまた後で」
控室でしばらく休憩した後、アルス皇子はまた精霊王の神殿の別館で行われる結婚式前の祭事のために、一人戻って行った。
「えっと、僕たちはこの後、夜会まで何をするんですか?」
出されたビスケットを一つ摘んでからルークを振り返る。
「このあとは夜会まで面会予定が詰まってるんだ。お前にも参加してもらうからよろしくな」
聞いていなかったが、誰と面会するのだろう?
予想がつかなくて戸惑っているレイを見て、マイリーが苦笑いして教えてくれた。
「月末まで、つまり殿下のご成婚が終わるまで、各地方の主だった貴族達の多くがオルダムに集まっている。もちろん一番の目的は式に出席するためだが、多くの人々が集まるこの機会に、滅多に会えない方々にお会いして人脈を広げるのも彼らの仕事なんだよ」
「逆に言えば、それは俺達も同じ事。つまり、今から夜会までの間は俺と一緒に別室で様々な地方の方々に会ってもらうぞ。ま、お前は横で座っててくれれば良いけど、後で意見を聞くからしっかり相手の
ルークの思ってもみなかった言葉に、思わず背筋が伸びる。
「分かりました!」
「おう、元気が良くて何より。まあ、まだ時間はあるからしばらくはゆっくりしてくれて良いぞ」
そう言って、ルークは用意されていた軽食のパンを摘んだ。マイリーとカウリの前にも、同じ様なハムや玉子を挟んだパンの軽食が並んでいる。
「そっか、僕はゆっくり食べられたけど、三人はほとんど何も食べてないんだね」
「全くだ。俺達が必死になって愛想笑いしている間に、一人でバクバク食いやがって」
笑ったカウリが、パンを摘みながら左手でレイの頬を突っつく。
「おお、柔けえなあ。赤ん坊の頬みたいだぞ。こいつ」
「ええ、頬は誰でも柔らかいでしょう?」
突っつかれても特に抵抗もせずになすがままだったが、笑ったカウリが手を引いた後、自分の頬を抑えながら文句を言う。
「んな訳あるかよ。ほれ」
口の中のものを飲み込んだカウリが顎を上げて頬を見せるので、笑ったレイは指の先でカウリの頬を遠慮無く突っついた。
「痛いって、そんな真っ直ぐ突っつくな」
カウリの悲鳴に、ルークとマイリーが口を押さえて笑っている。
「ええ、どうしてそんなに硬いんですか?」
突いた頬は、レイの頬よりも薄くて皮膚も硬い。
「おっさんになると、そんなぷくぷくの頬をしている方が珍しいって」
レイは、思わずルークとマイリーを振り返る。その瞬間、ルークとマイリーは二人揃って盛大に吹き出した。
「ほら、好きなだけ突っついて良いぞ」
頷いたレイは、嬉々としてルークの頬を突っつく。
「あ、カウリよりは柔らかいけどやっぱり僕より硬い」
当然、その流れでレイは無言でマイリーを見る。
笑ったマイリーが頷いてくれたので、レイはマイリーの頬も遠慮なく突っついた。
「あ、カウリとおんなじだ」
そのあまりにも無邪気な感想に三人同時に笑い出し、レイも遅れて吹き出した。
「お前は全く、何やってるんだよ。子供かって」
まだ笑っているカウリが、レイの頬を両手で鷲掴みにした。
「ほらほら、柔らかいパンみたいだ。おお、これは気持ち良いぞ」
「ブフゥ」
頬をつままれても全くの無抵抗でなされるがままのレイを見て、マイリーとルークがまた笑う。
「カウリ、レイルズと同レベルで遊ぶな」
真顔のルークの言葉に、また皆が笑う。
しばらくの間、部屋は笑いが途切れることがなかった。
食事を終えた後は、時間までレイも加わって、マイリー対ルーク達三人の連合チームで陣取り盤に挑んだのだが、結局、ルーク達はあっけなく負けてしまった。
「マイリー相変わらず強すぎ。ここまで強いと可愛げがねえよ」
「俺に可愛気なんかを求めるな。そんな物、生まれてこの方持った覚えが無いな」
陣取り盤を片付けながらのマイリーの言葉に、三人は呆れ顔だ。
「いや、さすがに赤ん坊の時くらいは……」
「さあ、どうだろうな。俺は小さい頃から無愛想だとか、表情がないとか言われて、結構心配されてたらしいからな」
「子供の時からそうだったんですか!」
「俺、ヴィゴから聞いた事がある。士官学校時代のマイリーは鉄仮面ってあだ名がついてたって」
「いや、それは今でも……」
「何か言ったか?」
「いいえ、なんでもございません」
カウリの言葉に、マイリーがにんまりと笑って答え、慌てたカウリはレイの後ろに隠れた。
「でも、最近の本部内ではその鉄仮面も随分と柔らかくなったみたいですよね。もう少し、外でもそれを見せてやれば良いのに」
割と本気のルークの言葉を、マイリーは鼻で笑い飛ばした。
「あ、そう言えば一つ質問しても良いですか?」
ちょうど話題が途切れたところで、レイは気になっていた、ユージンの婚約者のサスキア様の左頬を覆っていた飾りの事を質問した。
「とても綺麗な翼の形の飾りだったんですけど、僕、あんな装飾品は初めて見ました。あれは何か意味があるんですか?」
無邪気な質問に、事情を知るルークとマイリーが顔を見合わせる。
カウリも、何か理由があるのだと思って気になっていたので、黙って大人しく話を聞いている。
「まあ、向こうから話題にしない限り、気にしないでやってくれればいい」
含みのあるマイリーの言葉に、今度はレイとカウリが顔を見合わせる。
「えっと、何か事情があるんですか?」
レイの質問に、カウリが眉を寄せた。
「ちょっとは考えろよ。女性がわざわざ顔の一部を隠すって事は、そりゃあ見られたくない理由があるんだろうさ。生まれつきの痣があるとか、あるいは何か、お怪我をなさって傷痕が残ってるとか……ですかね?」
「カウリ正解。俺達は、それほど酷いとは思わないんだけどね。子供の頃に蝋燭の火芯が当たって火傷をして、左の頬に小さな赤い痕が残ってしまったんだよ。一時期は、一切人前に出てこなかった程度には気にしているみたいだな」
「もう治らないんですか?」
「ガンディも、ある程度は薄くなるだろうが、完全に消す事は難しいと言っていたな」
マイリーの言葉に、質問したレイは悲しそうな顔になる。
「あの頬の飾りは、まだ子供だった頃のユージンが、ドワーフの職人に頼んで彼女の為に作らせた形だそうだ。彼女はそれを身につけて堂々と人前に出られるようになった。以来、いつも翼の形の飾りをつけて傷痕を隠しているんだ。飾りひとつで火傷の痕が気にならなくなるのなら良い事だろう?」
「はい、とても素敵だし良い事だと思います。えっと……じゃあ、あの飾りは話題にしない方がいいんですね?」
「そうだな。彼女の方から話題にしたら、黙って聞いてやれば良い。そうじゃなければ気にしないでいい」
「分かりました。そうします。話してくださってありがとうございます」
真剣な顔で頷きながらレイは、もしも誰かが不用意にあの飾りのことを話題にするような事があれば、絶対に他の話題を振って話を逸らそうと密かに心に決めていた。
『まあ、その辺りは心得ているあの婚約者殿が守ってくれるさ。其方は気にせず普通に接すれば良いさ』
右肩に座ったブルーのシルフにそう言われて、確かにそれもそうだと納得するのだった。
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