蒼の森の家族との語らい

「それじゃあまた明日」

「夜会で会おうね」

 ロベリオとユージンはそのまま一の郭にある実家に戻り、レイルズ以外は、懇親会の後の二次会に参加する為に城に残った。

 ここからは、いわば大人の外交と社交の場となるので、成人したとは言えまだ十代のレイには未知の場所だ。今日はもう良いから後は任せろと言われて、迎えに来てくれたラスティと一緒に大人しく本部に戻った。



「カウリは見習いだけど、もうマイリー達と一緒にお仕事しているんだね」

 本部への渡り廊下を歩きながら、レイが小さな声で呟く。

 同じ見習いでも、カウリとレイでは求められている仕事も、実際に出来る事も全く違う。

 自分はまだ成人したばかりの無知な若者で、二十年以上も軍で仕事をして来たカウリと同じに扱われる方が問題だろう。

『言ったであろう? 今の其方の仕事は、学ぶ事だ』

 苦笑いしたブルーのシルフがそう言って慰めてくれるが、それでもやはり悔しい事は悔しい。

「僕も、もう少し頑張らないとね」

 ため息を吐いて、上を見上げる。渡り廊下の天井の細工に座ったシルフ達が笑って手を振ってくれるのを見て、笑顔で手を振り替えしてから、もう一度小さくため息を吐いた。

「タキスやニコス、ギードの声が聞きたいなあ」

 小さくそう呟き、立ち止まっていた為に遅れて離れてしまい、少し前で心配そうに立ち止まって振り向いて待っていてくれたラスティに、レイはお礼を言って笑顔で駆け寄るのだった。

「ごめんね。シルフ達が手を振ってくれたから、ちょっとだけおしゃべりしたの」

 何でもない事のようにそう言い、晩餐会とその後の懇親会での演奏で、いかに緊張したかを話しながら本部へ戻った。



 その夜は疲れている事もあってそのまま兵舎に戻り、湯を使って、もう早めに休む事にした。

「それではおやすみなさい。明日も蒼竜様の守りがありますように」

 ラスティが、いつのようにそう言って額にキスをくれる。

「お休みなさい。ラスティにもブルーの守りがありますように」

 レイも、いつものようにそう返してラスティの頬にキスを贈った。

 ランタンの火を落として、一礼して出て行くラスティの後ろ姿を見送る。

「ブルー、いる?」

『ああ、ここにいるぞ。どうした?』

 ベッドに横になったレイの胸元に、ブルーのシルフが現れて座る。

「えっと、蒼の森のタキス達はどうしてる? もう寝たかな?」

『居間で飲んでいるぞ。呼んでやろうか?』

「うん、お願いします」

 嬉しそうに頷いて、ベッドから起き上がる。

 膝に座ったブルーのシルフの背後に、何人ものシルフ達が並んで座る。




『レイ元気でやっていますか?』

 タキスの声で、先頭のシルフが口を開く。

「うん、元気だよ。えっと、皆そこにいる?」

 シルフが四人並んでいるのを見て笑顔になる。

『レイ相変わらず元気そうだな』

『おお声が聞きたいと話しておったところだ』

 ニコスとギードの声が聞こえて嬉しくなる。

『あの……今回も私もおります』

 小さく手を上げたアンフィーの声に、レイは笑って手を振り返した。

「もちろんそこにいてね。いつもありがとうね」

 レイの言葉に、嬉しそうに笑ったアンフィーのシルフが一礼する。

 それから、オリヴェル王子とティア姫様が到着なさった時の事や、初めての晩餐会に出席してどれだけ緊張したか、それからその後の懇親会での演奏会の事をもう夢中になって話し続けた。



『国賓を招いての晩餐会にも出席するなんて……』

『本当にもうレイも立派な竜騎士様だな』

 感窮まったようなニコスの呟きに、レイは慌てて首を振る。

「僕なんかまだまだだよ。えっと、晩餐会の間中、何か失敗したりしないか。ものすご〜く緊張したんだよ。ナイフやフォークを飛ばしたらどうしようか、とかってさ」



 顔の前でばつ印を作って叫ぶレイの様子まで、伝言のシルフは律儀に再現してくれる。

 その様子に、タキス達は堪えきれずに笑い合った。



「それでね、演奏会の後に特別に一人ずつ演奏したんだよ。殿下の演奏なさったハープシコードって、僕初めて聞いたんだけど綺麗な音がするんだよ。竪琴とも、ルークの弾くハンマーダルシマーとも違う音なんだ。今度弾かせてくれるって言ってくださったよ」

『アンコールですね』

『それでレイは何を演奏したんですか?』

 タキスの質問に、レイはニコスのシルフ達から教えてもらったと言いかけ、ここにはアンフィーもいる事を思い出した。

「えっと、以前ニコスに教えて貰った、迷宮へのいざない、って曲だよ。主旋律と和音だけだけどね。それで一人で歌ってたら、エントの会の人達、えっと、年配の男性ばかりの合唱の倶楽部なんだけど、その人達が一緒に歌ってくれたんだよ。最後は皆で合唱して終わったの、すっごく楽しかったんだよ」

『オリヴェル王子様がおられるのだから』

『オルベラートの民謡を歌ったのは良い選択でしたね』

『きっと殿下もお喜びになられたのでは?』

 嬉しそうなニコスの言葉に、レイも嬉しそうに何度も頷く。



『素晴らしい演奏だったって』

『殿下から直々にお褒めの言葉を賜ったよ』

 嬉しそうにそう言うレイの言葉に、ニコスは密かに感動して嬉し涙を堪えた。

 以前のレイならきっと、殿下に褒めて貰ったよ。と無邪気に言っただろう。しかし、今のレイは、殿下から直々にお褒めの言葉を賜った。と言ったのだ。通常の貴族の年上の人であれば、そんな言い方はしない。

 それはつまり、今の自分の立ち位置を理解し、オリヴェル王子がどういった方なのかを正確に理解しているから出た言葉に他ならない。

「本当に、立派になりましたね……」

 少し涙ぐんで、何度も頷く。

『だけど酷いんだよ』

『ちょっと聞いてよ』

 笑いつつも口を尖らせるレイのシルフを見て、タキス達が首を傾げる。



『どうしたんですか?』

 タキスのシルフが、律儀に首を傾げるのを見て、レイはため息を吐いた。

「その演奏会の最後に、一人ずつ演奏するのなんて、僕、何にも聞いてなかったんだよ。直前まで何を演奏したらいいか分からなくて、もう本気で泣きそうになったんだからね」

『でも上手く出来たではないか』

 笑うギードの声に、レイは首を振った。

「弾きながら、民謡なんて駄目だって言われたらどうしようか考えて、ちょっと足が震えてたんだよ。それに、時々勝手に歌ったり弾いたりはしてたけど、本格的に習った訳じゃないから凄く緊張したんだよ。和音を間違えたらどうしようかってさ」

『でも殿下からお褒めの言葉を賜ったのだろう?』

「そうだけどさあ。正直、今でもあれで良かったのかなって思ってるよ」

『大丈夫さ』

『外国からの賓客を招いた際に』

『その土地の民謡などの音楽を演奏する事は礼儀に叶った行為だよ』

『レイは何も間違っていないから自信を持っていなさい』

 ニコスが断言してくれたのを聞いて、レイは笑顔で頷く。

「良かった。ニコスがそう言ってくれて、安心したよ」

 そう言いつつ、大きなあくびが出て慌てて誤魔化した。

『もう休みなさい』

『緊張して疲れただろうに』

『そうですよ早く寝なさい』

 三人から口々にそう言われて、レイも笑って頷いた。

「うん、もう眠くなってきたから休むね。それじゃあおやすみなさい。タキス、ニコス、ギード、それからアンフィー。皆にブルーの守りがありますように」

 笑ってシルフにそう言って手を振り、ベッドに横になる。

『おやすみなさいあなたに蒼竜様の守りがありますように』

 タキスの声の後、三人がそれぞれ休みの挨拶をしてくれ、手を振ってシルフ達はいなくなった。

「ありがとうね、ブルー。それじゃあもう寝ます。おやすみなさい」

『ああ、おやすみ。其方に良き夢を』

 ブルーのシルフに額にキスを貰って、レイは毛布を胸元まで引き上げて横向きになり、枕に抱きついた。



 しばらくして、静かな寝息が聞こえるまで、ブルーのシルフは枕元に座って、愛しい赤毛をそっと撫でていたのだった。

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