朝練と朝食

 翌朝、いつものようにシルフ達に起こされたレイは、元気に朝練に向かった。一緒に参加してくれたのはルークだけだ。

 準備運動の時は、マークとキムが来てくれ、一緒に柔軟体操や走り込みを行い、無言で顔を見合わせてこっそり笑い合った。



 その時、不意に場内がざわめいた。



「あれ、どうしたのかな?」

 丁度屈伸運動をしていたレイは、顔を上げて思わず歓声を上げた。

 そこには、白服姿のマイリーとアルス皇子が入って来た所だったのだ。

「おはようございます!」

 元気に挨拶をする時と、二人も笑って返してくれる。

「おお、おはよう。朝から元気だな」

「おはよう。儀式続きで体がなまって仕方がないのでね、お願いして参加させてもらったんだ」

 アルス皇子が嬉しそうにそう言って、準備運動を始める。その隣では、いつもの補助具を装着したマイリーも準備運動を始めている。

「それじゃあまたな」

 小さな声でマークとキムがそう言って下がると、一礼して他の兵士達のところへ戻ってしまった。

「それじゃあ、準備が出来るまで一手お願い出来るかな?」

 いつもの棒を持ったルークの言葉に、元気良く返事をしたレイは、大急ぎで自分の棒を取りに走った。

 以前、ルークと打ち合わせた時にへし折れてしまったギードから貰った初めての金剛棒は、今でもばつ印の形ままで壁に飾られている。

 見る度に、あの悪夢の降誕祭の時の騒ぎを思い出して、何とも言えない気持ちになるレイだった。

「だけど、もう全部終わったんだもんね。秋には美味しいワインが届くのを楽しみにしてるよ」

 小さく呟くと、ギードから貰った赤樫の棒を握って頷いた。これはレイの個人装備だが、いつもこの場所に置いてくれてある。同じく置いてくれてある、個人装備の防具も手早く身に付ける。

「よし、これで良い。お願いします!」

 満面の笑みで振り返ったレイは、ルークの元へ大急ぎで走った。



「よし、打って来い!」

 腹に響くようなルークの一喝に、レイは大きな声を上げて上段から思いっきり打ち込んだ。

 軽々と受け止められるが、いつもの事だ。

 今度は横から、下から掬い上げ、また上から力一杯打ち下ろす。必死に考えて、思いつく限りの手を使って挑んだが、やっぱりルークには全くと言って良いほど通じない。

 ムキになって打ち込み続けた。



「おお、考えてる考えてる」

 嬉しそうに小さく呟いたルークは、自分に正面から必死になって向かってくるレイの打ち込みを易々と受け続けた。

 大体こんな感じで、前半はいつもレイの好きにまずは手合わせをする。

 この時は基本的にルークは打ち返さない。

 しかし、全く打ち返さないわけではなく、中途半端な打ち込みをされたら容赦無く打ち返す。もちろん思いっきり。

 当然レイルズは吹っ飛ばされてしまうが、これまた感心するくらいにすぐに起き上がってひたむきに向かってくるのだ。感心する程の素直さだ。



「だけど、どれも真正直すぎるんだよ!」

 そう叫んで、予想通りに打ち込んできた棒を弾いて飛ばしてやった。

 勢い余ってレイルズが吹っ飛ぶ。

 どうやらもう立ち上がれないらしく、仰向けに転がったまま、必死で息をしようとするレイルズの激しい息使いだけが聞こえていた。

「よしよし、なかなか良いぞ。だけど、もうちょっと考えて動こうか」

 笑って手を引いて立たせてやり、少しの休憩の後は、先程のレイルズの動きを再現しながらここはこんな風にすれば良いなど、実際に動きながら教えてやるのだ。

 かなり腕も上がってきているので、もう少し工夫して真正面からいかなくなれば、そろそろ誰かから一本取れても不思議は無いと思っている。



「よし、それじゃあ交代だ」

 嬉しそうなマイリーの声に振り向くと、トンファーを持ったマイリーが待ち構えている。

 その隣では、棒を持ったアルス皇子も笑っている。

「はい、お願いします!」

 レイがそう叫んで、壁の戸棚にトンファーを取りに行く。

「それじゃあ、今度は私とお願い出来るかい」

 今までマイリーと打ち合っていたアルス皇子が、嬉々としてルークに向き合う。

「手加減しませんよ」

「望むところだ!」

 勢いよく打ち合わされた棒が、甲高い音を立てた。




「よし、受けてやるから打って来い」

 余裕綽綽のマイリーの言葉に、レイは大声で返事をして力一杯打ち込みに行った。

 もう、このトンファーを習い始めてかなりになるが、まだまだ対等に打ち合うには程遠い。ようやく思い通りに身体が動くようになった程度だ。

 当然だが、マイリーに本気で打ち込まれたら、その瞬間に手合わせは終わってしまう。

 悔しいし、負けない気概だけはあるが、残念ながらまだまだ技術が気持ちに付いて来ない。

 結局これもどれだけ頑張っても、一度もマイリーを本気にさせる事が出来なかった。



 息を切らせて座り込んだレイに、マイリーが水を持って来てくれる。

「あ、ありがとう……ございます……」

 必死に息を整えながら、何とかお礼を言って水を受け取る。

「また腕を上げたな。そろそろ本気で打ち合えそうだぞ」

 嬉しそうなマイリーの言葉に、水筒の蓋を締めたレイは、悲鳴を上げて転がって逃げた。

「何言ってるんですか! そんなの絶対無理ですって!」

 そう叫んで、必死で起き上がって逃げるレイを見て、マイリーは苦笑いして自分のトンファーを片付けたのだった。




 一旦本部へ戻って、軽く湯を使って汗を流してから、四人一緒に食堂へ向かった。

「ああ、ここに来るのも久し振りだ」

 アルス皇子の嬉しそうな言葉に、レイは首を傾げる。

 確かに、最近のアルス皇子を食堂で見掛けなかったが、どうしてだろう。

 不思議そうにしていると、山盛りの料理を取ってきて座った皇子が大きなため息を吐いた。

「とにかく、婚礼までに決まり事だらけの儀式がどれだけあるか。もう、本気で結婚するのを止めようかと思うくらいに有るんだよ。ちょっと本気で嫌になるよ」

「ええ駄目ですよ。どれも大事な事なんだからちゃんとしないと!」

 大真面目なレイの言葉に、皇子が無言で机に突っ伏し、ルークとマイリーは隣で聞いていて、遠慮無く吹き出したのだった。

「うう、レイルズが私を苛めるよう」

 マイリーの腕にすがって泣く振りをする皇子に、ルークとレイは、またしても吹き出して揃って大笑いになった。




「今日の午後から、僕も儀式に参加しますよ」

 大満足の食事を終え、お薬を飲んでいつものカナエ草のお茶を入れる。蜂蜜をたっぷり混ぜながら、レイは、今日の儀式の事を皇子に聞いてみようと思いついた。

「ええ、何か見学の予定があったかな?」

 驚くアルス皇子に、レイは笑ってスプーンを置いた。

「えっと、マティルダ様に午後からお誘い頂いたんです。それでえっと、花嫁様の刺繍の針始めの儀式をするから、僕にも参加するようにって。それってどんな儀式かご存じですか?」

 レイの言葉に、アルス皇子が呆気にとられたように目を瞬いてレイを見つめる。

「針始めの儀式に、君が?」

「はい、そう聞いたんですけど、僕、どんな事をするのか全然知らないんです」

 困ったようにそう言うレイを、改めて見て、いきなり皇子は笑い出した。

「母上……相変わらずだな」

 小さくそう呟いて、笑い過ぎて出た目元の涙を拭う。

「まあ、ほとんどの男性は知らないだろうね。だけど、良い経験になると思うから、ぜひ参加しておくれ。きっと服や衣装を見る目が変わると思うからね」

「そうなんですね。分かりました、じゃあどんな風なのか、しっかり見てきます」

 具体的な事は教えてもらえなかったが、どうやらまた新しい事を見る機会に恵まれたみたいだ。

 嬉しくなって頷き、取ってきたミニマフィンを一口で食べた。

「あ、そうだ。君達はどんな儀式なのか知ってるの?」

 マフィンを乗せて持ってきたお皿の縁に座ったニコスのシルフ達に、レイはこっそりと質問する。


『もちろん知ってるよ』

『だけど内緒にしておくね』

『必要な事はその時になったら教えてあげるからね』


 そんな事を言って揃って笑っている。

 確か、初めて花嫁さんの肩掛けに刺繍した時も、どこに刺したら良いのか付きっきりで教えてくれた事を思い出した。

「そっか、じゃあ安心して行くから、今度もよろしくね」

 笑ってそっと指先で撫でてやり、少し覚ましたお茶の入ったカップを手に取った。

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