マティルダ様からのお誘い
翌日は言われていた通り、ルーク達と一緒に一日中お城の会議に出席した。とは言えまだ発言権のない見学なので、レイはルーク達の後ろの席に座って自分に関係が有りそうな話題が出る度に、ひたすら細かくノートに控えているだけだ。
昼食の後、午後からの会議では、あまりの眠さに意識が飛びかけ、気付いたニコスのシルフがこっそり起こしてくれて、何とか事なきを得たのだった。
遅くまでかかった会議の後は、ノートをルークに見てもらって、関係のありそうな箇所を詳しく教えてもらったりもした。
その翌日は久し振りの本降りの雨になり、レイはその日は一日中事務所でルークやマイリーの書類整理の手伝いをして過ごした。
若竜三人組は、それぞれの後援会を始めとした様々な集まりに呼ばれていて、花祭り以降もほとんど毎日、全ての予定が埋まっているらしい。
人気者は大変だと、他人事の二人は笑っている。
「えっと、ロベリオ達は、後援会の集まりでは何をするの?」
まだレイは、自分の後援会では夜会の時くらいしかお世話になった事がない。なので、後援会に呼ばれていると言われても、何をするのか全く想像がつかない。
「ああ、例の婚約者殿ももうすぐ戻ってくるし、何でもいいから話を聞きたがってる人は、それこそ幾らでもいると思うよ。きっと今頃大勢のご婦人方に取り囲まれて質問攻めにあってるんじゃないか?」
からかうようなルークの言葉に、マイリーも笑って頷いている。
「まあ、しばらく表の付き合いはあいつらに任せておけ。おかげでこっちは最低限で済んでるからな」
「確かに。俺もお呼びがかかる回数が、今年の花祭り期間中はいつもよりも少なかったですからね」
「独身主義万歳だな」
笑ったマイリーが、まるで乾杯するみたいに書類の横にあったインク瓶を上げて見せる。それを見てわざとらしく頷いたルークは、横にあった筆立てをそのままジョッキのように持って捧げた。
「何やってるんですか」
呆れたようなレイの声に、二人は揃って小さく吹き出したのだった。
「それにしても、もうティア姫様がお越しになるまで日が無いからな。女神の神殿では、受け入れ準備が大変だろうな」
「ディーディーやニーカ、ジャスミンもティア姫様の担当になって、もう覚える事が多くって大変なんだって言ってましたよ」
束にした書類から顔を上げたレイの言葉に、マイリーが文字を書く手を止める。
「ああ、報告は聞いているよ。まだ若いのに責任重大だな」
「だけどそれって、神殿側がジャスミンやニーカだけじゃなく、クラウディアにも期待してる表れですよね」
何か言いたげなルークの言葉に、マイリーは小さなため息を吐いた。
「まあ、将来は……それこそ、精霊王のみぞ知るってやつだな。取り敢えず、ここはレイルズ君の頑張りに期待しよう」
彼らが何を言いたいのか理解しているレイは、しかし困ったように眉を寄せる。
「うう、そんなの僕にも分かりません」
しかし、二人はそんな自信無さげなレイの言葉にも怒らなかった。
「今はそれで良い。いずれ、様々な物事が自分の目に見えてきた時、それでも彼女の手を取りたいと思えたなら、そう言いなさい。その時は、無条件で俺達竜騎士隊はお前の味方をしてやるよ。だから今は、お前は自分の心に正直であれば良い。偽らず、彼女に対して誠実でいなさい」
優しいマイリーの言葉に、レイは小さな声でお礼を言うしか出来なかった。
そろそろ夕食の時間になる頃、ラスティが事務所に来てルークと顔を寄せて何やら相談を始めた。
どうしたのかと様子を伺っていると、いきなりルークは吹き出したのだ。
「おやおや、早速のお誘いか。そりゃあ行かないと失礼だよな。良いですよ。明日も事務所で手伝ってもらう予定だったから。そっちの予定を優先してください」
「かしこまりました。ではそのようにお返事させていただきます」
一礼したラスティは、自分を見ているレイにも一礼すると、そのまま事務所を出て行ってしまった。
「ねえルーク、今、ラスティは何を言いに来たの?」
頷いたルークは、振り返ってレイを手招きする。
何事かと慌てて側へ行くと、にんまりと笑って背中を叩かれた。
「マティルダ様から、お茶会のお誘いだよ。明日の午後から花嫁の刺繍の針始めの儀式をするから、レイルズ君にも是非参加して欲しいんだってさ。諦めてしっかり働いて来い」
一瞬、何を言われているのか理解出来ずに固まる。
「えっと……ええ、花嫁の刺繍って、花嫁様の肩掛けの刺繍の事ですよね。僕に行って、何をしろって言うんですか! そんなの絶対無理ですって!」
レイの叫びに、ルークとマイリーが吹き出す。
「ご指名だから、諦めろ」
「絶対無理です〜!」
情けないレイの悲鳴が、事務所に響き渡り、事務員達は何事かと驚きつつも、黙って様子を伺っていたのだった。
「えっと、マティルダ様のお誘いなら、また奥殿ですか?」
結局、行く事はもう決定事項だと二人がかりで説得されて、抵抗を諦めたレイだった。
「後でラスティが詳しいことを教えてくれるよ。針始めの儀式をするのなら、多分、場所は女神の分所だと思うぞ」
「えっと、そもそも、その針始めの儀式って何をするんですか?」
竜騎士に関わりのある基本的な儀式の数々は、ここへ来て一通り習ったつもりだが、針始めの儀式なんて、聞いた覚えが全く無い。
「ああ、それは俺たちもさすがに出た事がないから知らないよ。せっかくだから、どんな風なのか、帰ったら教えてくれよな」
ルークにそう言われて、思わずレイは目を瞬いた。
「ルークも知らない儀式って……なに?」
戸惑うレイの様子にルークとマイリーは、互いの顔を見て首を振って肩を竦める。無言のやり取りの後、ルークが教えてくれた。
「針始めの儀式って言うのは、花嫁さんの肩掛けを作り始めるにあたって行う儀式だよ。まあ殆どの参加者が女性だな。花嫁にゆかりのある人達が参加する、女神の神殿の結婚式に関係する儀式の一つだよ」
「どうして僕なんかが……」
机に突っ伏して、まだ言っている。
「ご指名なんだから、諦めて行って来いよ。下手だったとしても、きっとまたサマンサ様とマティルダ様が上手に補修してくださるって」
「だから、本当に絶対無理ですって!」
情けなさそうに眉を寄せるレイの顔を見て、マイリーが吹き出す。
「諦めて行って来い。いざとなったら、いつも俺達がしているみたいにひと針だけ刺してくればいいだろう?」
「それで済むかなあ?」
顔を上げて天井を見上げて、顔を覆う。
面白そうにその様子を見ていたルークとマイリーは、もう一度顔を見合わせて笑い合い、平然と事務作業を再開した。
『良いではないか。誰も知らない、珍しい儀式を見られるのだからな。せっかくだから、楽しんでくれば良かろう?』
机の上に現れたブルーのシルフの言葉に、レイは大きなため息を吐いて座り直した。
「確かにそうだね。じゃあ、見学するつもりで行ってきます。針仕事は……出来るだけ、遠慮する方向で頑張ります」
大真面目なレイの言葉に、ルークとマイリーは、堪えきれずにまた揃って笑っているのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます