瑠璃の館へ

 翌日は、会議室で午前中いっぱいかかって、グラントリーから殿下のご成婚に際する詳しい説明があり、その後は、以前ルークから貰った殿下のご成婚に際しての資料の詳しい説明をしてもらった。



「月末なんて、あっという間だね」

 改めて詳しい殿下の結婚式の説明を聞き、皇族の結婚って大変なんだなあ、と無邪気な感想を抱いたレイだった。

 とは言ってもティア姫様担当になったクラウディア達と違い、結婚式当日に少し役割がある程度で、実際の所、レイ自身はそれほど関係は無い。

「花嫁様の肩掛けの刺繍も始まっている様ですから、近々本部にも連絡が来る予定です。どうぞ綺麗な刺繍をお願い致します」

 笑顔のグラントリーの言葉に、レイは声無き悲鳴を上げて机に突っ伏した。

「だから無理ですって。今回はちょっとだけ参加させてもらいます!」

「おやおや、見事な刺繍でしたのに。ご遠慮なさらず」

「それは僕の手柄じゃ無くて、手直しして下さったマティルダ様やサマンサ様のおかげです!」

 困った様に眉を寄せて必死になって首を振るレイに、グラントリーは小さく笑って頷いた。

「皆様、レイルズ様と一緒に刺繍をするのだと仰っておられましたから。お誘いがあるのではありませんか?」

「だから絶対無理ですって!」

 顔の前でばつ印を作って叫んだレイだったが、その顔は笑っている。

「今年は、良い事が一杯だね」

「そうですね。もう、どなたかがお怪我をなさったり、何かが壊れる様な騒動は、やめて頂きたいですね」

 わざとらしいグラントリーの言葉に、レイも笑って大きく頷く。

「平和が良いよね」

「そうですね」

 顔を見合わせて笑い合った。




 午後からは、ルークとラスティと一緒に瑠璃の館へ向かった。

 ハンドル商会のシャムが、以前お願いしていた幻獣関係の飾りや追加の天体関係の装飾品を届けてくれるので、それを確認する為だ。

「他にも追加で色々と仕入れてくれたらしいから、欲しい物があればその場でまた注文すれば良いよ」

「うん。何があるのか、凄く楽しみです」

 嬉しそうなレイの言葉に、ルークも笑顔になる。



 先日注文した品々は、もう屋敷に届けられていて、それぞれの場所に設置されているらしいので、今回はその確認と、改めて見て足りない部分を注文する予定だ。



「そう言えば、絨毯も頼むんだって?」

 ハンドル商会との商談の後、ポリティス商会のクッキーも来てくれる予定になっている。

「うん、クッキーが来てくれるって聞きました。だって、あの石の廊下や応接室の小さい絨毯だと、ちょっと冷たい感じがしたから、何か敷いたほうが良いかなって思ってお願いしたんです」

「良いんじゃないか。石の廊下は冷えるからな」



 のんびりとそんな話をしながら、良いお天気の一の郭の道をラプトルを並べてゆっくりと瑠璃の館へ向かった。




「おお、何度見ても立派だな」

 ルークの言葉に、レイも嬉しそうに笑った後、いきなり鞍上で伸び上がる様にして屋敷を覗き込んだ。

「ああ、ねえ見て! 窓枠が白になってる!」

 レイの叫びに、ルークも伸び上がって見て目を見張る。

 木々の隙間から見える道路側に面した壁側にあった窓が、全て真っ白に変更されていたのだ。

「へえ、仕事早いな」

 感心した様なルークの言葉に、レイも嬉しそうに目を輝かせている。

「ほら見てよブルー。ブルーの色になったよ」

『そうだな、確かに同じだな』

 面白がる様なブルーのシルフの言葉に、レイは笑ってキスを贈った。




「お待ちしておりました、どうぞ中へ」

 執事のアルベルトが門の前まで出迎えてくれて、ラプトルを担当者に預けて一緒に中に入る。

「ああ、さくらんぼの木は見事に葉が出ましたね」

 ルークの感心した様な声に、反対側の花を見ていたレイは慌てて振り返った。

 初めて来た時は満開の薄紅色の花が咲き、二度目に来た時は庭一面に花びらが散った後だったのだが、今はすっかり新芽が出て新緑の綺麗な葉を大きく広げていた。

「毎年、この時期になるとあの木には毛虫が付いて、あっという間に葉が食べられてしまうんです。なので、夏が終わる頃まで専用の虫除けを何度も撒くのですが、今年は不思議な事に一度最初に撒いた切り、ほとんど虫がつく様子が無いのです。なので、今は様子見です」

 その説明に、レイは足元の地面を見る。

 姿を現したノーム達が自慢気に胸を張るのを見て、レイは小さく笑ってその場にしゃがみ込んだ。

「そっか、君達が守ってくれているんだね、よろしくね。でもここに付くはずだった虫達はどうしてるの?」

 すると、ノーム達は笑って庭の奥を指さした。

『奥の目立たぬ所にある木に虫を集めております』

『そこで育てばよろしいかと』

「蒼の森の畑でやっていたのと同じやり方だね。虫達だって食べる物がいるものね。ありがとう、それでお願いね」

 頷いて、ノームをそっと撫でてから立ち上がった。



「何を話してたんだ?」

 後ろから、ルークが地面を見ながらそう尋ねる。

「ノーム達が、庭の木を守ってくれているんだって」

「ああ、そう言うことか。良いじゃないか」

 振り返って、不思議そうにしている精霊の見えない執事に、ルークは詳しい説明してやる。

「そうでしたか、ノームが守って下さっていたとは。感謝致します、ノームの皆様。どうぞこの庭をよろしくお願い致します」

 改まってそう言うと、さくらんぼの木に向かってアルベルトは深々と一礼した。

 それを見たあちこちにいたノーム達が、一斉に桜の木の根本に集まって胸を張る。

 嬉しそうにアルベルトが顔を上げるのを見てから、手を叩き合って一斉に消えていった。

「ちゃんとあなたの言葉は届きましたよ。それじゃあ行きましょう」

 ルークの言葉に、通路脇の初めて見る花を眺めていたレイも立ち上がったので、揃って屋敷の中に入った。






「おお、これは素晴らしいな」

 入った玄関正面の壁には、大きな天球図のタペストリーが飾られていた。

 石を置く台はまだ届いていないので、その場所には仮の木製の台が置いてあるだけで、ミスリルの石はまだ置かれていない。

「壁に飾ると、天球図ってこんな風に見えるんだ。へえ、こりゃあ見事だ」

 少し離れて見上げたルークの感心する様な呟きに、後ろに控えたラスティも同じく何度も頷いている。

「あの石をここに置いたら、玄関はもっと立派になるよな」

 振り返ったルークの言葉に、ラスティも大きく頷く。

「あのね、ラスティと相談して、月長石はお部屋に引き続き置く事にしたんだよ。ここには、千年樹の飾り台とギードから貰ったあのミスリルの石を置きます」

 嬉しそうなレイの説明にルークも頷く。

「ああ、それで良いと思うよ。台が届くのが楽しみだな」

 そう言って、改めて天球図を見上げた。

「へえ、天球図がこんなに綺麗だったとはね。一つ俺も欲しいな」

 その呟きを聞いたレイが目を輝かせる。

「後でシャムに聞いて見たら良いよ。他にもいっぱいあるって言ってたからね」

「ああ、じゃあ後で聞いてみるよ」

 笑ってそう言うと、揃ってハンドル商会のシャムが待つ部屋へ向かうのだった。

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