騒ぎの後とそれぞれの考え

「あの……お、お騒がせして申し訳ありませんでした!」

 席に戻る前に、直立してそう言ったレイを竜騎士隊の人達は苦笑いしながら見ている。

「ご苦労さん、よく誰も怪我させずに場を収めてくれたね。見事だった」

 アルス皇子の言葉に、マイリーを始め竜騎士隊全員が拍手で迎えてくれた。

 一礼して、早足で後ろへ回って席に戻る。もう場内は何事も無かったかのように、人々は祭壇に祈り蝋燭を捧げている。

 マークとキムが所定の位置につくのを見て、レイは小さくため息を吐いて背筋を伸ばした。



「それにしても、あの光の盾は見事だったな。あれほどの強さの光の盾は初めて見たよ。あれはお前が? それともラピスの仕業か?」

 ルークの言葉に、レイは思わず隣に座った彼を振り返って首を振った。

「僕がやったのは、いつも訓練でやっている、光の盾を風の盾とを合成して飛ばす技だよ。ほら、以前マークがやって見せてくれたのと同じ」

「ああ、彼が今研究生として訓練所で研究している、光の術と他の術との合成と発動だな。ええ? じゃあ、お前じゃ無いならあれは誰がやったんだ?」

 思わずルークもレイを見て首を傾げる。

 そんな事を聞かれても、レイも知らない。困ってレイは空中を見上げた。

「えっと……ブルー、いる?」

『ああ、ここにいるぞ。どうした?』

 レイの呼びかけに、いつものブルーのシルフが現れて、彼の右肩に座る。

「えっと、さっきのディーディーと女性を守った、あの大きくて強い光の盾。あれは、ブルーがしてくれたの?」

 レイの質問に、ブルーのシルフは面白そうに笑って首を振り、頬にキスをした。

『あれには我も驚いたぞ。あれは、其方が放った光と風の合成魔法の盾に、其方の友達の、こげ茶の髪の伍長が放った光と風の合成魔法の盾。それから黒髪の伍長が放った風の魔法の盾、そして、あの巫女が放った光の盾。この四つが完全に共鳴して合成された事による瞬間的な暴発とも取れる発動だ。しかし、その強力な輝きは何一つ損なう事無く、完全な形で発動し、そして消滅した。偶然の産物であろうが、技の合成の新しい可能性を見せてくれたな。これは面白い』

 嬉々として解説してくれるブルーのシルフの言葉に、レイだけでなく、ルークを始めとする光の精霊魔法を使える者達全員が、呆気にとられてブルーのシルフを見つめていた。

「これは、マーク伍長とキム伍長だけでなく、クラウディアにも協力してもらって、本気で研究室を設置するべき事じゃないか?」

「確かに、これは本気で研究するべきだ」

 興奮したようにアルス皇子がそう言い、マイリーも大きく頷いた。

 目の前で、偶然とは言え突然発動したあの見事な光の盾は、全員が驚きのあまり咄嗟に反応出来ない程に強大であり完璧な発動だったのだ。

 その時、時を告げる鐘の音が響き、座っていた全員が立ち上がる。座ったばかりのレイも、慌てて立ち上がり、そこでこの話は一旦終わりになった。






「どう、少しは落ち着いた?」

 外傷などは無く、一時的なショックだからと言われ別室にて休んでいたクラウディアは、付き添っていたニーカの呼びかけに目を開き、ベッドに横になったまま大きなため息を吐いた。

「そうね、ちょっと落ち着いて来たわ。もう少し休めば戻るわ」

 蒼白な顔で、それでも笑ったクラウディアに、ニーカは呆れたように腰に手を当ててこちらもため息を吐いた。

「何を言ってるの。駄目に決まってるでしょう? いいから今夜は休んでて頂戴。そんな真っ青な顔で出て来られても、迷惑だわ」

 その言葉と裏腹に、ニーカの顔は心配で堪らないと言っているのが分かる。

 困ったようにニーカを見上げたクラウディアは、もう一度ため息を吐いて天井を見上げた。

「貴女はすごいわね。立った一人に刃物を向けられただけでもこんなにも怖いのに、竜の背に乗って戦場へ行くなんて……」

 震える手を握るクラウディアに、ニーカは笑って首を振った。

「それは違うわ。私はスマイリーの背中にしがみ付いていただけよ。全く何も出来ずに叩き落とされて、それで終わり」

 何でもない事のように肩を竦めて笑うニーカを、クラウディアは黙って見つめる。

「それよりも大変だったのは、自分が負けたって事を認める事だったわ」

「負けを認めるって……だって、竜の背から落とされて大怪我をしたんでしょう? それはどう考えても……」

 クラウディアは不思議そうにそう言ってニーカを見つめた。

 無抵抗で竜の背から叩き落とされ、しかも複数の骨折と裂傷による出血。どう考えても、ニーカは負けたと思うのだが、それをなぜ認められない?

 クラウディアの言いたい事が分かっているようで、ニーカは小さく笑って首を振った。

「あのね、あの時の私は、負けを認めたら自分に価値が無くなって生きている意味が無くなるんだと思っていた。それに自分が間違ってるって認めたら、今までの自分が全部意味の無いものになってしまうと思っていたから……だから、助けてくれた竜騎士隊の方達や、ガンディにも抵抗したし、何を言われても最初は頑に認めようとしなかったわ」

 驚くクラウディアに、ニーカは肩を竦めた。

「さっきの、あの男の人もそうよ。あの女性とどう言ったやりとりがあったのかは知らないけど、少なくとも彼女に振られたのよね?」

「そうね、どう考えてもそうでしょうね」

 困ったようにクラウディアもそう言って頷く。

「だからよ。あの男の人は、自分が振られたって事を認められなかった。だって、自分には振られる要素なんてないと思ってるんですもの。だから自分を振ろうとしたあの女は悪い奴だ。それなら俺が正しいんだから何をしても良い。くらいに考えたんじゃなくて?」

「……最低ね」

「本当に、最低なんて言葉も勿体無いくらいだわ」

「でも……」

 怒ったように、最低だというニーカの言葉に、クラウディアは小さく呟いた。

「好きって感情は、本当に厄介だわ。自分で自分が分からなくなる。本当にどうしたら良いのか分からなくなる。きっとあの人も、判らなくなったのよ。だから、感情に任せて一番取ってはいけない行動を取ってしまったんだわ……」

「哀れね」

「そうね。その言葉が一番しっくり来るわね」

 小さく呟き、目を閉じた。



「怖かった。でも同時に、こんな所で死んでたまるかって心の底から思った。だから、対峙した瞬間は、実は怖さなんて全く感じなかった。咄嗟に光の盾を出す事が出来たもの。それなのに、レイが来てくれて、大丈夫だった? って言ってくれた途端に……我に返って怖くなったわ。立てなくて……」

「それが普通よ。あの場で失神してたら、確実に刺されてたのは貴女だったでしょうからね。何であれ貴女が無事で良かったわ」

 もう一度額にキスしたニーカは、クラウディアに掛けていた毛布を首元まで引き上げた。

「さあ、もう寝て。大丈夫なようなら、明日の朝のお勤めには出てくれて良いからって。だから、今夜は大人しくここでゆっくり休む事。良いわね?」

「そうね。あの時の光の盾が、どう考えても私一人の力じゃ無いって事は分かるんだけど、あんな強力な光の盾は見た事も聞いた事も無いわ……今度レイに会った時に、詳しく聞いてみる事にするわ……」

「あれは、ラピスとスマイリーが助けてくれたんじゃないの?」

 ニーカの言葉に、クラウディアは目を瞬いた。

「ええと、どうなのかしら。でも確かに、それが一番ありそうね」

 顔を見合わせた二人は、小さく笑って頷き合った。

「ラピスに感謝ね。その辺りも、今度会ったら詳しく聞きましょう。もう良いから休んで頂戴」

「そうね……おやすみなさい。申し訳ないけど、当番を変わってくれた方に明日お礼を言わないとね」

「逆の立場なら、すぐにお礼が無いって怒る? もう良いから休みなさい」

 笑って立ち上がったニーカは、ランプの明かりを一番小さくして壁に戻した。

「おやすみ。ちゃんと寝てね」

 扉の前で振り返ってそう言うと、笑ったクラウディアの返事を聞いてから、手を挙げてそのまま部屋を後にしたのだった。

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