突然の騒動
花祭り最終日の祈りと言っても特に変わった事はなく、時を告げる鐘の音とともに全員が立ち上がって、巫女達が鳴らす鐘と鈴の音に合わせて祈りの言葉を唱えて歌を奉納する。歌い終わるとまた席に着いて座っている。それだけだ。
「これも、将来的にはジャスミンがする様になるの?」
座っているだけで退屈になって来たレイが、隣に座るルークに小さな声で尋ねる。顔は正面を向いたままだ。
「これは残念ながら、将来的にも俺達も参加する行事だよ。まあ、これも仕事だ。諦めて大人しく座ってろ」
「でも楽なものだよ。座ってるだけなんだからな」
「寝ないようにしないと駄目だけどさ」
ルークだけでなく、若竜三人組にまで笑いながら小さな声で言われて、レイも小さく笑って頷いた。
「分かりました。それじゃあ大人しく置物になっています」
真面目なレイの答えに、四人だけでなく、横で聞いていた大人組も小さく笑っている。
レイは小さく深呼吸をして。先程から立っているだけのマーク達をこっそりと見ていた。
キムもマークも本当に微動だにしない。立っているのが勤めとは言え、その見事な立ち姿にレイは密かに感心していた。
「あれ、僕に出来るかな?」
小さく呟き、絶対無理だと内心でため息を吐いて正面を見た。
時折、巫女達が蝋燭の守りの為に出て来るくらいで、参拝者が出入りする他は特に変わりない眺めだ。
しばらくして、クラウディアとニーカが蝋燭の守りの為に道具を手に出て来るのが見えて、レイは密かに喜んで彼女達の動きを目で追っていた。
その時、開け放したままになっていた礼拝堂の扉から誰かが駆け込んでくるのが視界の端に見えて、驚いたレイはそっちを向いた。
静かな場内に、その男は足音も荒く走り込んできて、立ち止まって辺りを見回した。
明らかに興奮状態で、酔っているのか顔は真っ赤だ。
何人かが嫌そうにその男を見て視線を逸らす。
「何処だ! 何処に隠れやがった!」
いきなり大きな声でそう叫び、参拝者の中に目的の人物を見つけた。
「見つけた!この売女が!」
椅子に数名の女性達と一緒に座っていた若い女性を見ると、いきなりそう叫んで飛びかかって行ったのだ。
「貴方とはもう何の関係もありません。場所を弁えなさい!」
立ち上がったその女性の声が、静まりかえった場内に響く。
「勝手を抜かすな! お前は俺のもんだ!」
掴みかかる男の手から、女性が悲鳴を上げて逃げる。
とんだ修羅場である。
呆気にとられていた周りの参拝者達が、慌てて逃げ出す。
数名の兵士が取り押さえようと駆けつけて来た時、いきなりその男は腰に装着していた短剣を抜いたのだ。
さすがに、周りにいた人達が悲鳴を上げて一斉に逃げ出して扉に向かって走る。
何人かの年配の女性が転ぶのが見えてレイが立ち上がった時、ルークが叫ぶのが聞こえた。
「シルフ! 倒れた人を守れ!」
シルフ達が一斉に倒れた人を抱き起こすのを見て、レイはほっとして前を向き、目を見開いた。
まだ女性は逃げ惑っていて、その女性は目の前にいたクラウディアを盾にするかのようにしがみついて背中側に逃げたのだ。
男が短剣を振りかぶってクラウディアに向かって走り出す。
その瞬間、レイは光の盾を飛ばして彼女の前に展開させ、そのまま床を蹴ってその場から思いっきり飛んでいた。
その瞬間、マークは咄嗟に光の盾を作り出して飛ばし、クラウディアの前に展開して、必死になって駆け寄った。
その瞬間、キムは咄嗟に風の盾を作り出して彼女の前に飛ばし、必死になって駆け寄って行った。
その瞬間、ニーカは持っていた道具を放り出して何か考える前に叫んでいた。
「スマイリー! ディアを守って!」と。
その瞬間、祈りの鈴を担当して祭壇の前に整列していたジャスミンは、突然の出来事に全く反応出来ずにいた。
悲鳴を上げた女性がクラウディアにしがみつくのを見て、他の巫女達と同様に、悲鳴を上げて顔を覆う事しか出来なかった。
それぞれが、目の前の突然の出来事に時が止まったかのような感覚に陥る。
悲鳴を上げた女性がすがりついて来た時、クラウディアは咄嗟に持っていた道具を放り出して、両手を前に突き出して光の盾を展開していた。
その光の盾がいきなり物凄い輝きを放つ。
そして一気に広がり巨大な盾となって彼女達の前に展開した。
あまりの眩しさに、女性の悲鳴とクラウディアの悲鳴が重なる。
「シルフ! 守って!」
叫び声とともに、いきなり彼女達の光の盾の前にレイが飛び込んできて、抜いたミスリルの剣で男が切りかかって来たのを受け止めた。
甲高い音がして、男の短剣が折れる。
当然の結果だ。男が持っていたのはただの鉄の短剣。レイが抜いたのは、成長著しい見習い中の彼の為にと、陛下の命で特別に打たれたミスリルの剣だ。
弾け飛んだ男の短剣の破片は、くるくると空中を飛んで唐突に止まり、そのまま地面にゆっくりと落ちる。
シルフ達が危険を察知して破片を止めたのだ。
「神妙にしろ!」
男が突然の出来事に呆然としていた一瞬の隙をついて、神殿に務める衛兵と兵士達が一斉に飛び掛かって、まだ暴れようとする男を取り押さえた。
「離せ! 離しやがれ!」
押さえつけられてもまだ騒いでいたが、有無を言わさず駆けつけた屈強な兵士達に連行されて行ったのだった。
まだ何か大声を上げていたが、もうその言葉は意味不明だ。遠ざかっていくその叫び声を聞き、何人かが大きなため息を吐いて首を振り、素知らぬ顔で改めて椅子に座って祈りを捧げ始めた。
「大丈夫だった?」
剣を腰の鞘に戻したレイが、振り返ってそう尋ねる。
女性の元にも、何人もの僧侶達が駆けつけ。衛兵達とともに彼女を連れて行くところだった。
クラウディアは、真っ青な顔のままで硬直している。
「ディーディー。大丈夫?」
そっと手を取り、改めて静かに話しかける。
「大丈夫だよ。もう悪い奴は捕まったからね」
小さく頷いたクラウディアは、いきなりその場に崩れ落ちた。慌てたレイが咄嗟に抱きとめる。
「ディーディー!」
抱きとめた身体は、大きく震えていた。
「い……今に、なって……怖くな、って……きま、した……」
「ディア! 大丈夫なの?」
「クラウディア! 大丈夫ですか!」
それを見たニーカやジャスミン、それに大勢の僧侶達が慌てたように駆け寄って来る。
そっと手を離したレイは、出来る限り丁寧に震えるクラウディアを抱き上げて、彼女をとりあえず近くの椅子に座らせてやる。
「お願いします。ちょっとショックを受けているみたいです」
駆け寄って来た僧侶にそう言って後ろに下がる。
第二部隊の兵士達が持ってきた担架に彼女も乗せられ、僧侶やニーカ達が付き添って下がって行くのを、レイは堪らない気持ちで見送ったのだった。
出来れば一晩中でも、彼女の側にいて何も怖い事なんて無いと言い続けてやりたい。怯えて震えているのなら抱きしめてやりたいと心底思った。
しかし、巫女である彼女の側に血の繋がりも無い、しかも男である自分が付き添える訳もない。
心底悔しくて、大きなため息を吐いた。
『大丈夫だ。彼女には今夜は我が付いている事にしよう』
『僕も一緒にいるよ』
目の前に現れたブルーのシルフとクロサイトの使いのシルフに、レイは大きなため息を吐いて頷いた。
「そうだね。じゃあ、お願い出来るかな」
頷いた二人のシルフが消えるのを見送りもう一度ため息を吐いたレイは、肩を落として自分の席に戻ったのだった。
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