歌声と竪琴の贈り物
「すっごく楽しかったです!」
本部へ戻る渡り廊下を歩きながら、レイはさっきからずっと同じ言葉を繰り返している。
ヴィゴはご家族と一緒に一の郭の屋敷に戻ったので、殿下とヴィゴ以外の全員が揃っている。
「そう言えば、今日は殿下は参加じゃなかったんですね」
ヴィゴと一緒に帰らなかったタドラを、ロベリオとユージンがからかっているのを見ながら、隣を歩くカウリを振り返った。
「ああ、殿下は神殿でお祈りだよ」
「ええ、花祭りなのに?」
すると、カウリは苦笑いしながら肩を竦めた。
「そりゃあお前、結婚式はもうすぐなんだからさ。結婚前には俺の時だって色々とやらなきゃならない事が有ったんだから、殿下ならもっとだろうよ。以前もちょっと話したと思うけど、王族の方は日常の生活そのものだって色々と決まりがあって、それに従っていろんな儀式や決まり事があるらしい。そのお方が結婚するんだぞ。しかも国を代表する隣国の姫君と。前準備を含めて、どれだけやらなきゃならない事が有ると思う?」
しばらく考えたレイは、黙って首を振った。
「全然分かりません! だけど、もしも殿下が何をやってるのかが分かっても、絶対に、代わりに僕がやるのは無理だって事だけは分かります」
大真面目なその答えに、横で聞いていたルークとマイリーが同時に吹き出した。
「それには全面的に同意するよな。確かに俺にも絶対無理だと思うなあ」
カウリも笑ってそう言い、ため息を吐いて肩を竦めた。
「高貴なる生まれのお方には、それに伴う義務があるんだよ」
マイリーの言葉に、レイは振り返った。
ルーク達も苦笑いして頷いている。
「凄いんだね。僕には絶対無理!」
「俺にも絶対無理〜!」
隣でカウリがレイの口調を真似てそう叫び、また皆で笑い合ったのだった。
本部に戻った後は、すっかり遅くなったのでその日はもう解散になり、迎えに来てくれたラスティと一緒にレイは部屋に戻る間中、竜騎士隊の皆との演奏がいかに素晴らしかったかを夢中になって喋り続けていたのだった。
「お疲れ様でした。お腹は空いていませんか?もし、お腹が空いている様なら今からでも食堂へ行きましょうか? 簡単なものでよろしければ、すぐにご用意しますよ」
部屋着に着替える前に、心配そうなラスティにそう聞かれてレイは笑って首を振った。
「大丈夫です。会場で沢山軽食やお菓子を頂いたよ。あ、ちょっとだけお酒も頂きました」
その言葉だけで、今回の夜会の主役が誰だったかが分かる。
普通なら、この時期の竜騎士見習いはどの夜会でも主役扱いと言っても良い。それこそ、声をかけてくる人達の相手だけでも水を飲む間も無いくらいなのだ。
それが、今夜はお菓子を好きなだけ食べられたという事は、周囲のご婦人方の今の興味が、突然の婚約を発表したタドラや、婚約者達との結婚時期が正式に発表されたロベリオ、ユージンに向かっていると言う事なのだろう。
「若竜三人組には申し訳ありませんが、助かりましたね」
満面の笑みで頷くレイの、脱いだ制服を受け取りにっこりと笑う。
「ですが、明日の夜会はレイルズ様の後援会の主催ですからね。しっかり食べてから参加なさってください」
胸元のボタンを締めていたレイは、悲鳴を上げてそのまま笑いながら後ろのソファーに倒れ込んだ。
そのまま少し休んで軽く湯を使い、もうその夜は疲れている事もあり早めに休む事になった。
「おやすみなさい。貴方に蒼竜様の守りがあります様に」
額にキスをくれたラスティにそう言われてレイも笑ってキスを返した。
「おやすみなさい。ラスティにもブルーの守りがあります様に」
顔を見合わせて笑顔になり、ラスティが立ち上がってランプの火を消して部屋を立て行くのを見送った。
「ブルーいる?」
『ああ、ここにいるぞ』
枕元に現れたブルーのシルフが笑って手を振っている。
「えっと、タキス達はもう寝ちゃったかな?」
なんだか久し振りに声が聞きたくなった。
『揃って居間で飲んでいるぞ。呼んでやろうか?』
「うん、お願い!」
ベッドから起き上がって座ったレイの膝の上に、シルフが並んで座る。
『レイ、貴方ですか?』
「うん、こんばんは。こんな時間にごめんね。なんだか声が聞きたくなっちゃったの。皆もいる?」
『ここにいるよ』
『ワシもおるぞ』
笑ったニコスとギードの声が聞こえてその横でもう一人のシルフが遠慮がちに手を振った。
『あの……私もおります』
「アンフィー、うん、いつもありがとうね。もちろんそこにいてよ」
笑顔のレイの言葉に、アンフィーの声を届けるシルフは照れた様に頭を下げた。
それからレイは、今夜の夜会での竜騎士隊の皆との見事な演奏の事を夢中になって話した。
「偉大なる翼に。私は白の塔にいた頃に一度だけ聞いた事がありますね。あれを演奏して、ましてや歌えるなんて……」
感極まった様に呟くタキスに、その曲を知らないギードが不思議そうに首を傾げる。
苦笑いしたニコスが、歌の簡単な内容やその意味を説明すると、ギードだけでなく、隣で一緒になって聞いていたアンフィーまでが感心した様に揃って頷いた。
「へえ、それは素晴らしいですね。機会があれば聴いてみたいものです」
「全くじゃな。こう言う話を聞くと、本当に竜騎士になったのだと思い知らされるな」
しみじみと呟いたギードは、一度深呼吸をしてから身を乗り出した。
「なあ、歌のさわりの部分だけでも聞かせてくれんか?」
『ええ! そんなの無理だって!』
慌てたようなシルフに、ギードが冗談だと笑った。
『なあ、歌の触りの部分だけでも聞かせてくれんか?』
突然のギードからのお願いに、レイは真っ赤になって首を振ったが、不意に棚に戻された竪琴のケースが目に入った。
確かに、蒼の森の家族達に、自分の歌は聞かせた事は無い。
「えっと、ねえブルー、竪琴の音って届けられる?」
普通はその様な事は出来ないが、ブルーの使っている声飛ばしは特別だ。
『もちろん出来るぞ』
当然のように答えるブルーのシルフを見て、レイは笑って頷いた。
「えっと、じゃあちょっとだけ待ってね」
並んだシルフ達に向かってそう言うと、ベッドから降りたレイは、カーディガンを羽織ってから戸棚から竪琴を持って来た。
レイの膝に座っていたシルフ達が一斉に飛び上がり、ちょっと考えて枕の上に並んだ。
戻ってきたレイは、ベッドの上でケースを開いて竪琴を取り出して構える。
「ちょっとだけだよ、まだそんなに上手じゃ無いけど聴いてね」
枕に並んで座り直し、自分を見上げて目を輝かせているシルフ達に笑いかけ、大きく息を吸い込んだ。
そして歌い始めた。
「遥かにはてなき山並みを越え、彼方より来たりし偉大なる竜よ……」
レイの言葉の後、一気に増えて並んだシルフ達に驚いたタキス達は、突然部屋に流れて来た竪琴の音に飛び上がった。
本当に、目の前でレイが弾いてくれているかのような竪琴の音がそのまま聞こえる。
よく見ると、後から現れたシルフ達の口から、竪琴の音が聞こえて来ているのだ。
驚きのあまり言葉も無い一同に気付かないレイは、本来女性が歌う部分も含めて、一人で歌いながら楽しそうに竪琴を爪弾いている。
聴いていたニコスの目から、突然大粒の涙の粒が転がり落ちた。
「ああ……今になってもう一度この歌を聴ける日が来るなんて……ありがとう、レイ……」
そう呟いたきり、顔を覆って俯いてしまった。
ギードがそんなニコスを黙って横から抱きしめ、そっと背中を撫でた。
そのまま四人は、飲みかけのお酒の氷が溶けるのも構わず、レイの歌声と優しい竪琴の音に言葉も無く蕩然と聞き惚れていたのだった。
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