合同演奏とその後の控え室にて
それぞれに楽器を手にして舞台に上がったところで、会場のざわめきが一気に静かになった。
皆、誰が出て来たのかに気が付いたのだ。
会場中の注目を集める中、用意された椅子にそれぞれ座る。
真ん中の席にマイリーとユージンのヴィオラが並び、その横にカウリとタドラのフルートコンビが並ぶ。後列の端には竪琴を抱えたレイが座り、その後ろにハンマーダルシマーを膝に乗せたルークが座る。反対側に、大きなセロを抱えたロベリオと、その奥に更に大きなコントラバスを抱えたヴィゴが、こちらは立ったまま弓を持って構えている。
最初の曲は、精霊王に捧げる歌だ。今回は歌は無く演奏のみ。
真ん中に座るマイリーが弓を上げて出だしの合図を送る。レイとルークがそれぞれに出だしの部分を細やかな音で奏で始める。
そして、それを追う様にヴィオラとフルートが主旋律を奏で始め、セロとコントラバスの低い響きがその音に更なる厚みと深みを彩っていた。
聴き慣れたよく知る曲の筈なのに、まるで初めて聴くかのような新鮮な驚きと感動にレイは小さく息を飲んだ。
訓練期間中に、慣れる為と言われて何度も人前で歌ったように、同じく楽器の演奏も何度も人前で披露した。
城の管弦楽団の団員のヴィオラやフルートと一緒に弾いた事もある。
しかし、ここまで様々な楽器と合同で演奏した事は無い。
初めて聴くその音達は、それは見事に調和して、レイは密かに鳥肌が立つほどに感動していたのだった。
一曲目が終わり最後の音が消えた瞬間、会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
立ち上がって一礼した一同は、もう一度座り、楽器を構え直す。水が引く様に拍手が消えて再び会場が静まり返る。
もう一度マイリーが合図を送り、二曲目の演奏が始まった。
偉大なる翼に、と題されたその歌は、大空を飛ぶ竜の大きな翼に憧れる少年の眼差しを通じて、日々の営みの大切さと、愛する人と共にある喜怒哀楽、そして穏やかで素晴らしいこの世界の喜びを歌った壮大な曲だ。
歌の部分には男性の歌う部分と女性が歌う部分がある。
竜騎士隊が勢揃いした時にしか演奏されないこの曲は、女性の歌う部分にはヴィゴの奥方であるイデア夫人と婦人会からミレー夫人やイプリー夫人が、あるいは皇族の女性が参加する事になっている。
今回は、その三人に加えてクローディアも参加する事になっている。
ヴィゴの後ろに並んでいた四人が顔を上げて、最初の部分を歌い始める。
「遥かに果てなき山並みを超え、
「その大いなる翼の下にて、幼き我らを守りし偉大なる竜よ」
「そは憧れ、麗しのオルダムの空を舞う偉大なる竜よ」
「精霊達は
「そは憧れ、麗しのオルダムの空を舞う偉大なる竜よ」
「願わくば我も共に
「その翼の示す先の世界へ」
途中から、レイルズとルーク、それからヴィゴとロベリオが男性の部分を歌い始める。
「麗しの花園に佇む君に、せめて一目と願わくも」
「あえかな女神のため息に、我泣き濡れて
「遥かなる空を変わらずに舞う、偉大なる竜よ」
「
「消えゆく先に忘れた何か」
「いざ探しに行かん」
「消えゆく先に忘れた何か」
「君と見上げし果てなき空に」
「変わらずに舞う偉大なる竜よ」
「そは憧れ、麗しのオルダムを守りし竜よ」
「いざ共に行かん」
「その翼が示す先の世界へ」
全部歌うととんでもなく長い曲の為、その中の一部分だけを抜粋して夜会などでは演奏して歌う事が多い。
男女が交互に歌い交わすこの部分は、特に人気が高い部分なのだ。
レイはオルダムに来て、初めてこの歌を聞いた時、正直に言って歌詞の意味がさっぱり解らなかった。
古い言葉使いで歌われている為、詳しい内容の説明をして貰って初めて歌詞の意味を全部理解したくらいだ。
今では大好きな歌でもある。
後半の演奏部分に竪琴の演奏部分があり、素早い指捌きで奏でられるその音は、竜の翼に乗る風の音、つまりシルフ達を表していると言われているのだ。
竪琴奏者の腕の見せ所でもある。
今までは、ルークがハンマーダルシマーで一人で担当していたのだが、今回はルークとレイの二重奏で演奏されている。
勢いよく奏でられる転がる様なその音に、現れたシルフ達は大喜びではしゃぎ回り、曲に合わせて跳ねたり踊ったりしていたのだった。
最後に全員揃って演奏する部分があって曲が終わる。
静かになった後に、先ほどよりも更に大きな拍手と大歓声に会場は包まれたのだった。
こうして大盛況の内に、夜会は終了したのだった。
「うああ、滅茶苦茶緊張したぞ」
「僕も! 間違ったらどうしようかって、もう必死だったんだから! ああ、上手く出来てよかったああああ〜!」
演奏が終わり舞台から下がった一同は、一息ついて別室にて冷たいカナエ草のお茶を飲ませてもらっていた。
女性四人は隣の部屋で、同じくお茶を頂いている。
竜騎士隊の皆との、ここまで本格的な合同演奏は初めてのレイとカウリは、部屋に入るなりそう叫んでソファーに揃って突っ伏してしまった。
「はいお疲れさん。お茶が冷えてるよ。ほら飲んで」
ロベリオ経由でタドラから渡されたカップを、何とか起き上がった二人が受け取る。
「なかなか良い演奏だったな、歌も良かったぞ」
ヴィゴの言葉に、二人もようやく笑顔になる。
「もう本気で、緊張のあまり倒れるかと思いました」
お茶を飲み干したレイの言葉に、カウリも横で頷いている。
「まあ、ここまで本格的な演奏はそうは無いが、人前で歌や演奏を披露するのも仕事のうちだよ。諦めて慣れてくれ」
「絶対無理です! 僕、泣いて森のお家に帰ります〜!」
ソファーのクッションに抱きついて、もう一度突っ伏したレイのお約束の叫びに、部屋は笑いに包まれたのだった。
「クローディアも頑張っていたよな」
「うん、とっても上手に歌っていたよな」
「そうだね、かなり緊張していたみたいだったけど」
ロベリオとユージンの言葉に、タドラは嬉しそうに頷いている。
「そりゃあ、愛しの婚約者殿との初めての一緒の舞台だもんな」
「そうだよね。そりゃあ張り切るよね」
いつもなら、
「そうだね。あ、ロベリオとユージンの時にも一緒に演奏してあげるからね。婚約者殿によろしく」
まさかのタドラからの反撃に、ロベリオとユージンは声も無く撃沈し、見ていたマイリー達は、揃って吹き出し、大爆笑になったのだった。
「言う様になったなあ」
「何だよ。可愛く無いなあ」
笑った二人に左右から捕まり、タドラも笑いながら悲鳴を上げてソファーに逃げる。
「助けてレイルズ。ロベリオ達が僕を苛めるんだよ」
抱えていたクッションごとレイに抱きつく。
抱きつかれたレイは笑って起き上がり、抱えていたクッションをタドラに譲った。
「そりゃあ大変だね。諦めて!」
そう叫んで、クッションを抱えた為に無防備になっているタドラの脇腹を擽る。
笑いながら悲鳴を上げてソファーから床に転がり落ちる二人を見て、ロベリオとユージンが覆いかぶさる様に上から突撃して、全員揃って床に転がり、また皆で大笑いになった。
『何をしておるのだ、お前達は』
呆れた様なブルーのシルフの言葉に、レイはまたしても大笑いになるのだった。
終了の挨拶をしていなかったミレー夫人達が部屋を訪れた時に目にしたのは、レイルズとタドラは床に転がって揃って大笑いしていて、ロベリオとユージンも床に座り込んでいて、更にマイリーやヴィゴ達大人組までが全員揃って大笑いしていると言う、ある意味とても珍しい光景だった。
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