それぞれの花祭り

「おはようございます」

「ああ、おはよう。早速で悪いんだけど、パンセスと一緒に燭台の数の確認と店出しをお願いしても良いかしら」

 ジャスミンの元気な挨拶に顔を上げた年配の僧侶が、顔を上げて横に積まれた木箱を指差した。

 台車に乗せられた合計十個もの大きな木箱の中には、丁寧に梱包された祭壇に飾る小さめの燭台が入っている。街の神殿内にある工房で、職人達が丹精込めて作った見事な品々だ。



 ジャスミンは、神殿の分所でいつもの早朝のお祈りに参加した後、今日の売店担当の巫女達と一緒に、早朝から動いている花馬車に乗って花祭りの会場まで来たところだ。

 ここにはもう街の精霊王の神殿からの応援の神官達が、同じく街の女神オフィーリアの神殿の僧侶達と一緒に一番最初に来て、売店の屋根や机を準備してくれている。

「かしこまりました。アルティ様。ええと、これは全部出して良いんでしょうか?」

 木箱の蓋を開けながらジャスミンが質問する。

 アルティと呼ばれた先程の年配の僧侶は振り返って箱を見て頷いた。

「机に出せるのは、この二箱分くらいね。あとは品番と数の確認だけをして元に戻しておいてくれるかしら。残りはまた減ったら追加で出す分として後ろに置いておくからね。パンセスは去年も担当しているから詳しいわ。ジャスミンは、今日は彼女と一緒に行動してちょうだい」

 仲の良い二人は、その指示に嬉しそうに顔を見合わせて頷き合い、揃って元気な声で返事をした。

 それから、手分けして渡された伝票と在庫の数をまずは確認して行き、二箱分の燭台を言われた通りに丁寧に布が敷かれた机の上に並べていった。伝票を確認しながら値段を書いた札を品物の前に置いていく。



「綺麗な燭台ね。自分の部屋に欲しくなるわ」

 パンセスの言葉に、ジャスミンも笑顔で頷いた。

「確かに素敵よね。あ、それなら、パンセスは来月お誕生月なんでしょう? 良かったらひと組贈るから好きなのを選んでよ」

 燭台は、祭壇に左右対象に置かれる事が多いので、販売単位は基本的に二個ひと組なのだ。

「嬉しいけど……良いの?」

 綺麗な細工が施された金属製の燭台は、装飾品とは違い決して安い値段では無い。

「大丈夫よ。私の口座にはとんでもない金額が入金されてるから」

 小さな声でそう言い、誤魔化すように肩を竦める。

「こんな時くらいしか自分では使えないからね。せっかくだから良い物を贈らせてよ」

「嬉しいわ。ありがとうジャスミン。それじゃあ、後でこっそり選ばせて貰うわ」

 小さな声で話をしていたが、近くにいた僧侶には聞こえていたようで、笑って振り返ってパンセスの腕を突いた。

「それなら、構わないから先に選びなさい。取り置きしておいてあげるからね」

「ありがとうございます!」

 目を輝かせる二人の少女達に、年配のアルティ僧侶は優しい笑顔で頷くのだった。



 燭台の後は、護符の数を数えて在庫分を後ろの棚に整理する。

 丁度終わったところで教会の鐘の音が広場に響く。

 皆、笑顔で顔を上げた。

「皆様、本日も事故やお怪我の無いように頑張りましょう。間も無く開場です」

 大柄な神官の声が響き、あちこちの店から拍手が起こる。

 ジャスミンとパンセスは大急ぎでそれぞれ自分の担当場所に立った。

「お待たせいたしました、それでは開場です。今日という日が善き一日となりますように」

 先程の神官の声が再び聞こえた直後、大歓声と共に広場にどっと人が駆け込んで来たのだった。




「おやおや、大盛況だな」

「本当ですわね。でも楽しそう」

 売店で忙しそうにしながら、訪れる人々に護符の販売を担当しているジャスミンの様子を、少し離れた場所からボナギル伯爵とリープル夫人は笑顔で眺めていた。

 一の郭の屋敷から近くの花馬車の乗り場へ行き、先程会場に到着したばかりだ。

 二人共、普段と違って木綿の質素な服装だ。勿論護衛の者達は何人も密かに同行している。

 昼休憩の時に少しなら見学の時間をもらえると、ジャスミンから連絡を受けて、それならば一緒に会場を見ようと時間を合わせてここまでやって来たのだ。

「少し、来るのが早かったようですね」

「そうだな。では後ほど改めて来るとしようか」

 笑顔で頷き合った二人は、そっとその場を離れて、ひとまず花の鳥を見に行ったのだった。



 十二点鐘の鐘の音が響く頃、二人は売店の前まで戻って来た。

「おや、あれはガルネーレ伯爵家の三男坊じゃないか?」

「まあまあ、確かにそうですわね。ニコラスですよね」

 やや赤い顔をした黒髪のその青年は、腰に剣こそ装備しているものの、とても身軽な服装だ。

 少し離れた場所を何度も行ったり来たりしながら、売店の方を見てはため息を吐いている。

 やや挙動不審なその様子に、話しかけて良いかどうか伯爵達が戸惑っていると、ニコラスの方が伯爵夫妻に気付いた。

 一瞬慌てて、それから誤魔化すように笑って一礼する。

「おはようございます。お揃いで花の鳥見物ですか」

 笑顔で話しかけてくれたので、伯爵も今気付いたかの様に笑顔で答える。

「おはようございます。ええ、間も無くジャスミンが見学の時間なので、せっかくなので一緒に見て回ろうと思いましてね」

 ジャスミンの事は、貴族達の間で知らぬ者はいない。納得したように頷き、また売店を振り返った。

「あ、そろそろ交代のようですね」

 見ると、何人もの巫女達が売店に駆け寄り、歓声を上げて手を取り合ってる嬉しそうに話をしている。どうやら交代の巫女達のようだ。

「ところでニコラスは、此処で何を?」

 何となく、問いかけたその言葉に、ニコラス青年はわかり易く真っ赤になった。

「いえ、あの……その……」

「まあ、父上! 母上も! 来てくださったんですね」

 夫妻に気付いたジャスミンの声が聞こえて、ニコラス青年はさらに慌てて後ろを向いてしまった。

 何の事だかさっぱり分からず目を瞬いている夫妻の前で、後ろを向いているその青年に気付いたジャスミンが目を輝かせる。

「パンセス。ほら何をしてるの、来てくださってるじゃない」

 売店から、一位の巫女の腕を引いてジャスミンが出て来る。

「行ってらっしゃい。ゆっくりして来て良いからね」

 巫女達の声が聞こえた直後、嬉しそうな歓声が聞こえてニコラス青年は耳まで真っ赤になった。

「あ、二人とも、花の鳥の投票券があるわよ」

 背後の僧侶の声に、ボナギル伯爵は笑顔で手を振った。

「ああ、沢山ございますので大丈夫です。どうぞ、それは皆様でお使いください」

 伯爵がそう言って何冊もの投票券の束を差し出した。

「こちらもどうぞお使いください。ああそれから、護符と教典に挟むしおりを頂きたくてね」

 伯爵の言葉に、中にいた巫女が笑顔で栞の見本を差し出した。

「あ、あの、僕にも見せてください!」

 ニコラス青年の声に、伯爵は笑顔で彼にも見えるように見本を差し出した。



 それぞれに買い物を済ませ、何となくパンセスとニコラス青年も一緒に売店を後にした。

「あ、あの……ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか」

 困ったような彼の言葉に、何となく事情を察したボナギル夫妻は笑顔で頷いた。

「勿論です。ジャスミンもそちらのパンセス殿と仲が良いようですからな」

「まあ伯爵様。どうぞ私の事はパンセスとお呼びください」

 振り返った彼女の言葉に、伯爵が笑顔で頷く。





 五人は一緒に花の鳥を見て周り、少女達は大喜びであちこちの花の鳥を見ては歓声を上げ、競い合うようにして投票券を入れたのだった。

 ニコラスは、そんな彼女達から離れず、しっかりと付き添い兼護衛の役割を果たしていた。

 実は、彼は剣の腕前も相当なものだ。

 本人は軍人になりたかったのだが、両親の反対もあり、結局、文官として今年の春から城に勤める事になったのだ。

 そして、パンセスに去年花束を渡した本人でもある。

 そんな彼も今年成人年齢となった。実はパンセスよりも二つも年下だ。

 彼女の事は、両親にも話をしていて理解してもらっている。



 今日、彼は本気で竜騎士の花束を取りに行く決意を固めていたのだった。

 そしてもうすぐ、その運命の時間が訪れようとしている。

 彼は平静を装いつつも、何度も唾を飲み込んでは、雲が切れてよく晴れた空を見上げていたのだった。

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