騒動の後

「おかえりなさい。どうだったの?」

 二位の巫女のエルザが、戻ってきた一行に気付いて手を振っている。

 クラウディアが黙って首を振ると、彼女はわかり易く残念そうな顔になった。

 しかしそんな彼女達の無言のやり取りは一瞬で、クラウディアは小さな溜息を吐いた。

「あの、今日は本当にありがとございました。とっても楽しかったです」

 頂いた山の様なお菓子の包みを出てきたエルザに渡して、まだ赤い顔のクラウディアが振り返ってヴィゴ達に深々と頭を下げた。

「ありがとうございました。私も、本当にとっても楽しかったです」

 同じく別の巫女にお菓子の袋を渡して振り返ったニーカも、満面の笑みでそう言って頭を下げた。それから顔を上げたニーカは、クラウディアと並んでクローディアに向き直った。

「ディア、本当におめでとうございます。私、もう見ていてドキドキしちゃいました。どうか彼とお幸せに」

「ディア、本当におめでとう。心からの祝福を贈るわ。どうかあの方とお幸せに」

 二人の言葉と、クローディアが手にしている黄色い花束に気付いた巫女達が目を輝かせる。振り返って頷いたニーカは、指を口元に当てて見せた。

「詳しい話は後でね」

 揃って頷く彼女達を見てから、ニーカとクラウディアはタドラの前に立った。

「おめでとうございます。あなたの勇気と誠実さに尊敬と、そして心からの祝福を贈ります。どうか彼女とお幸せに」

「おめでとうございます。今日の出来事は、まるで物語の一場面の様でしたわ。本当に素敵でした。どうか彼女とお幸せに」

「ありがとう」

 少し赤くなったタドラの笑顔に、周りにいた巫女達は目を輝かせて何か言い掛けたが、賢明にも一斉に口を閉ざした。

 多くの人たちが行き交う誰が聞いているか分からないこの場所で、言って良い事と言ってはいけない事があるのを、彼女達なりに理解していたからだ。



「すっかり遅くなってしまって、申し訳ありませんでした。それでは我らはこれにて失礼致します。ああ、これは良かったら皆でお使いください。花の鳥の投票券です」

 ヴィゴの言葉に、巫女達や僧侶達が笑顔になる。

「まあまあ、お菓子だけでなく投票券まで。本当にありがとうございます」

 全員分の余った投票券を束ごと渡してやると、受け取った巫女達がそれを見て嬉しそうに歓声を上げている。

 笑顔の巫女達に見送られて、一同は会場を後にした。




 そのまま花馬車の乗り場へ戻る途中に、レイとルークは本部へのお土産のお菓子を買い、ヴィゴとアミディアも、屋敷でお留守番しているイデア夫人へのお菓子を楽しそうに選んでいた。

 クローディアとタドラは、何となく二人並んで楽しそうに買い物をしている彼らを見ていた。



「ディア」

 不意に話しかけられて、何だかぼんやりしていたクローディアは飛び上がった。

「は、はい!」

「どうしたの、落ち着いて」

 いつものように笑ってくれるタドラが、何だか別の人に思える。しかし、タドラは少しだけ顔を寄せて小さな声でこう言ってくれた。

「実を言うとね、今日は緊張し過ぎて花馬車に乗ってからの記憶が正直言って曖昧なんだ。何だか、まだ夢を見てるみたいだ。本当に受け取ってくれてありがとう」

 照れたようにそう言って笑うタドラの鼻の上あたりが赤くなっているのに気付き、クローディアは何だか安心した。

 彼女にとっては、タドラは父と同じ竜騎士様で、出撃だって何度も経験しておられる、何でも出来る凄い大人の人だと思っていた。

 だけど、ようやく成人年齢になったばかりの、小娘である自分に花束を渡す為に記憶が曖昧になるくらいに緊張したのだと言う。

 彼も一人の人間で、緊張したり怖がったりするのだ。

 その事に気づいた途端、赤くなっているタドラの事が堪らなく可愛く思えたのだ。

 思わず手を伸ばしてその頬に触れる。

 まるでさっきの自分のように、びっくりするのを見てクローディアは思わず笑った。

「私の方こそ、雲の上にいるみたいです。この花を見て……夢じゃないって、さっきから何度も自分に言い聞かせています」

 笑顔で頬に触れた手を取られて、クローディアの方が真っ赤になる。

「正式なご挨拶は、後日改めてだね。本当にありがとう。そして、これからどうかよろしく」

 優しい笑顔でそう言って、そっと手の甲にキスまでされてしまい、もうクローディアは耳まで真っ赤だ。

 どうしたらいいのか分からず、助けを求めるように振り返ると、満面の笑みのアミディアを抱いて苦笑いしている父と、こちらも満面の笑みのルークとレイが、揃って自分達を見ていたのだ。

 これでは、さっきの広場でのレイルズとクラウディアの事を笑えない。

 同じく振り返ったタドラも、それに気付いて唐突に真っ赤になる。

 その瞬間全員揃って堪えきれずに吹き出したのだった。



 花馬車を二台見送り、ようやく元の顔色に戻ったタドラとクローディアは、花馬車に並んで座った。

 奥にヴィゴとアミディア、クローディアとタドラが並んで座り、後ろの席にルークとレイが並んで座った。

 何となく会話も無く、皆黙ったまま大人しく座っている。

 ヴィゴは、先ほど女神の売店でクラウディアとニーカを送り届けた時以降、殆ど喋っていない。

 後ろの席でルークはそんなヴィゴの事を、何か言いたげにしつつも面白そうにずっと眺めていた。

 レイは、自分の事でいっぱいいっぱいで、せっかくのタドラが求婚する姿を見損なってしまい、心の底から残念に思っていたのだった。



 お城に到着すると、乗り場の横にはヴィゴの屋敷の執事が馬車で出迎えに来ていた。

「ちょと待っていてくれ」

 一言だけそう言って、抱いていたアミディアをルークに預けたヴィゴは足早に執事の所へ行き、顔を寄せて話をし始めた。

「まあ、そうなるよな。お前は屋敷へ行かないのか?」

 ルークの言葉に、タドラが驚いたように目を瞬く。

「だって、今夜は夜会の予定が入ってるからさ」

「貸し一つな。良いから彼女と一緒に行って、お母上と、それからヴィゴにもきちんと挨拶して来い」

 軽く背中を叩いて片目を閉じる。

「え、でも……」

「よく頑張ったな。格好良かったぞ」

 揶揄うように軽く言われて、また真っ赤になる。

「あはは、しっかり頑張れ。ほら、アミー、タドラのところへ行こうか」

 そう言って、抱いていたアミディアをタドラに渡す。咄嗟に受け取って抱き直したのを見てから、ルークはヴィゴのところへ走った。

 ヴィゴの背中に手を当てて、横から顔見知りの執事に何か言い、それからヴィゴの背中を思い切り叩いた。

 わざとらしい悲鳴を上げて仰け反るヴィゴを見て、ルークは遠慮なく大笑いして、それからこっちへ戻って来た。

「急だけど、タドラも屋敷へご一緒させます。お母上にも揃って報告しないとね」

 クローディアにそう言ってタドラを親指で示す。

「あ、ありがとうございます」

 真っ赤になりつつも、嬉しそうに目を輝かせるクローディアに、ルークは笑顔で頷いた。

「しっかりご挨拶して来いよ!」

 笑ったルークに背中を叩かれて、先程のヴィゴのように、タドラも悲鳴を上げて仰け反るのだった。






 来た時よりも一人多くなったヴィゴの家族が馬車に乗り込み、笑顔で手を振る少女達に手を振り返したルークとレイは、馬車が見えなくなるまで笑顔で見送り、角を曲がって見えなくなった途端に二人同時に顔を見合わせて手を叩き合った。

「いやあ、良いもの見せてもらったね。もう最高だったよ」

「僕、悔しい。自分の花束を取るのに必死で、肝心の求婚した場面、全く見ていないんだよ」

「あははそりゃあ残念だったな。後で全部詳しく教えてやるよ。とにかく早く戻ろう。今夜は夜会の予定があるから全員戻ってるはずだ。話してやらないとな」

「うん、早く戻ろう。僕も聞きたい!」

 目を輝かせるレイの背中を叩いて、二人は足早に本部へと戻って行ったのだった。

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