花祭りの準備と彼女達の役割
「ええと、これだけで良かったのかしら?」
取り出した箱から蝋燭の数を数えながら、ニーカは手元のメモを確認した。
「ああ、この大きさのも持っていかないといけないんだったわ」
そう呟くと、もう一回り大きなサイズの蝋燭の入った箱を引っ張り出して数を数え始めた。
花祭りの準備期間中の巫女達は皆、それはもう目が回るほどの忙しさだ。
ジャスミンも、今年の花祭りは見習い巫女として裏方に徹したいとの本人の希望もあり、他の見習い巫女達と一緒になって一生懸命に教えられた通りに働いていた。
更に今年は花まつりが終わるとすぐに、隣国からアルス皇子との結婚の為にティア姫様がお越しになるのだ。
到着されたら、すぐにそのまま神殿内に有る婚礼準備の為の部屋に入られ、基本的にお祈りの際に花嫁専用の礼拝堂に来られる時以外はずっとそこで過ごされる事になるのだ。
しかも、クラウディアとニーカ、そしてジャスミンの三人は、ティア姫様が来られたら身近にお仕えしてお世話をする役目を仰せつかったのだ。
当然、普段の身の回りのお世話をする者はついて来るので、彼女達の役割は、神殿での祭事に関する案内が主な仕事になる。
それらを花祭りの準備の合間を縫って覚えなければならず、三人は毎晩勉強専門の部屋を借りて、マティルダ様が今の陛下とご結婚なさった時にお世話をした先輩巫女達から詳しい説明を受けているのだ。
もちろん、ティア姫様のお側でお世話をするのは彼女達だけでは無い。多くの者達がそれぞれに役割を振られて、懸命に準備を始めていた。
「ティア姫様ってどんな方なのかな? お会いするのが楽しみだね」
蝋燭の箱に座ったスマイリーのシルフに笑いかけながら、ニーカは数え終わった蝋燭の入った大きな籠を抱える。頼みもしないのに、籠の下をシルフ達が支えてくれた。
「いつもありがとうね。じゃあこれは礼拝堂に持っていく分ね」
そう言って、一旦倉庫から出てまた別の倉庫へ向かう。
「あ、ニーカ。それって礼拝堂に持っていく分ですか?」
丁度ジャスミンがいて、慌てたように大きな籠を運ぶのを手伝ってくれた。
「ありがとうね。シルフが手伝ってくれてるから大丈夫よ」
「システィーナ様からニーカのお手伝いをする様に言われたの。こんなに沢山どうやって運ぶの?」
システィーナとは、ジャスミンの指導役の一人で正一位の僧侶だが、彼女もティア姫様の担当になっている為、現在多忙を極めている。なので常に一緒にはいられない為、現場を離れる時は説明をして、ジャスミンを他の僧侶や巫女達と一緒に作業をさせているのだ。
「ワゴンに乗せて運ぶのよ。ワゴンはこれを使うわ。大きいのは下の段。小さいのは上の段に積むのよ」
二段になったワゴンに手分けして持ってきた蝋燭の入った箱を積み込むと、籠を片付けてから二人は礼拝堂へワゴンを押して向かった。
礼拝堂では、もう大勢の参拝者達が来ていて、人であふれていた。
配置についた巫女達が鳴らすミスリルの鈴の音を聞いて、顔を見合わせて笑顔になった二人は、手を叩いて嬉しそうにしているシルフ達にこっそり手を振ってから、一礼して祭壇に向かった。
「私達の担当はここからね」
もう一度メモを確認してから、ニーカとジャスミンは手分けして持ってきた蝋燭を並べられた燭台にせっせと立てて行った。
巫女達が早速立てた蝋燭に火を灯していく。
「綺麗ね」
振り返って小さな声で呟いたジャスミンの言葉に、ニーカも笑顔で頷くのだった。
壁に立っているマークに気付いた二人は、退場する時に笑顔で一礼して通り過ぎる。
マークは微動だにしなかったが、彼女達のところへ飛んできたシルフ達が、二人にそっとキスを贈ってマークのところへ戻っていくのを見て、二人はまた顔を見合わせて笑顔になるのだった。
その後は交代で仮眠をとりつつ、順番に時間になると祈りと歌を捧げる役目についた。
クラウディアは裏方担当で、今日は一日中神殿内部や花馬車に飾る花の細工を担当していた。
小さな花の鳥の細工が出来る者は限られている為、クラウディアが出来ると聞き、花の鳥作りの担当者は大喜びしたのだ。
作らなければならない花の鳥は幾らでもあり、指先が真っ黒になっても、彼女は黙々と数人の巫女達と共に花の鳥を作り続けていた。
「駄目よ、こっちに頂戴」
相手をしてもらえず退屈しているシルフ達が、時折綺麗に出来上がった花の鳥で遊ぼうとするので、その度にクラウディアは笑ってそれを取り返している。だけど、ただ取り上げるだけだとさらに拗ねてしまうので、返してもらった代わりに切り落とした小さな花で作った即席の花束を渡してあげるのだ。
『綺麗な花束』
『もらったもらった』
『綺麗な花束』
『素敵な香り』
嬉しそうにごく小さな花束を持って飛び回るシルフ達に、クラウディアは笑ってまた新しい花束をあげる。周りの巫女達は、小さな花束が勝手に飛び回るのを見て感心していたのだった。
身近に精霊使いがいる神殿では、こんな光景は珍しくは無い。
「あらあら、お仕事の邪魔しちゃ駄目でしょう。お前達」
笑った声に顔を上げると、新しい花の入った箱を抱えた大柄な僧侶が笑っているのに気がついた。
慌てた巫女の一人が、ワゴンに乗せて持ってきてくれた花を運ぶのを手伝った。
「ガラテア様。これはもう使えない小さな花ですから構わないんです。それに、どれも束ねただけの花束です」
小さく笑うクラウディアの前に、持ってきた箱を下ろしたその僧侶も笑って腰を伸ばした。
「彼女達は、悪戯が好きだからね。そんなもの渡したら、私だったらそこらじゅう花屑だらけにされちまうよ。だけどまあ、貴女なら遊ばれて困る事も無いだろうね」
面白そうにシルフ達を見ながら笑うガラテア僧侶は、正二位の位を持つ僧侶だ。
精霊たちの事は見えるのだが、精霊魔法には適性が無かったらしく精霊魔法の類は一切使えない。ただ、彼女達と話は出来るので、神殿内部では精霊使いの一員として数えられている。
面倒見が良くて優しいので、巫女達からの信頼も厚い。
実は元はかなりの身分の貴族だったらしいが、軍人だった夫を戦場で亡くし、息子に家の事を全て託して自分は出家したのだ。
以来慎ましく神殿で暮らし、夫の魂が安らかに輪廻の輪に戻れるようにと日々祈り、己に与えられた務めを果たしている。
彼女も、ティア姫様のお世話の担当者の一人でもある。
「花はこれで良いかい」
「はい、充分です。あ、こっちの出来上がっている花の鳥は、リースに飾る分です」
リースを作るのは力がいるので、精霊王の神殿から応援に来てくれている神官達が担当してくれている。
「了解。じゃあこれはもらって行くわね」
笑ってそう言い、開いた箱に、巫女達が作った花の鳥を並べて行く。
「ああ、そうだ。ほら皆口を開けなさい」
笑顔で口を開けるクラウディアの口に、ポケットから小瓶を取り出して真っ赤な飴玉を放り込んでくれた。
順番に、五人の巫女達の口にも、同じく飴を入れてくれる。
「美味しい、ありがとうございます」
笑顔でお礼を言う巫女達にガラテア僧侶は笑って手を振り、ワゴンを押して部屋を出て行った。
「飴玉、貰っちゃった」
顔を見合わせて笑い合い、新しい花に座ったシルフ達にも笑いかけると、クラウディアは礼拝堂へ行く時間ギリギリまで、黙々と花の鳥を作っていたのだった。
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