筋肉痛との戦い

「はあ、せっかくヴィゴが相手をしてくれるって言ってくれたのに、なんだか悔しい」

 天井を見上げたまま、レイは何度もその言葉ばかりを繰り返していた。



 結局、湿布を貼ってもらってもベッドから殆ど動けず、それどころか寝返りさえ打てず、ベッドでラスティに手伝ってもらって食事をしたレイは、午前中いっぱい大人しく横になってひたすらウトウトしては目が覚めるのを繰り返した。

 体は疲れているのだが、気が昂っていてゆっくり眠る事が出来ない。

 仕方がないので、横になったまま少しずつ腕を動かしたり足首を回したりして、身体の痛みと相談しながらとにかくせっせと体を動かし続けた。



「レイルズ様、昼食の準備が出来ましたよ」

 ノックの音がして、ワゴンを押したラスティが入って来る。

 その時レイは、ようやく動くようになった腕を横になったまま高く挙げて、手を握ったり開いたりする動きを繰り返していた。

「おやおや朝はスプーンも持てなかったのに、ずいぶんと頑張りましたね」

 感心するようにそう言って、手早くワゴンの横を開いて簡易のテーブルを用意してくれた。

「起きられそうですか?」

「どうだろう。手を貸してもらえる?」

 困ったように眉を寄せるその顔を見て、ラスティは吹き出しそうになるのを必死で堪えてレイが起き上がるのに手を貸した。

 背中にクッションを当ててもらい、何とか座る事が出来た。

「うう、初めて棒術の訓練を受けた時より酷いや」

 情けなさそうに呟き、ミルク粥を見て、もう一度ため息を吐く。

「もう大丈夫なのに」

「一応、昼はこれを食べるようにとのハン先生のご指示です。夕方もう一度診察をして、普通食にして良いか判断なさるそうですよ」

「別に、病気じゃ無いんだから大丈夫なのに」

 口を尖らせながらも、入れてもらったミルク粥を震える手でスプーンを持って、必死になって口に運んだ。

 不思議なもので、食べ終わる事にはかなり腕が言う事を聞いてくれるようになっていた。

 なので、午後からはラスティに手伝ってもらって、ベッドから起きて足を動かすようにして過ごした。



「レイルズ。起きてるか?」

 ノックの音がしてルークが顔を出してくれた。後ろにはヴィゴの姿もある。

「えっと、こんな状況です。何とか自力でベッドから起き上がれました」

 今は、ベッドに腰掛けた状態で、膝を動かしたり腿を上げたりしている。

「まあ無理はしなくていい。初めての突撃訓練だからな。思っている以上に身体は痛めつけられているぞ」

 そう言ってヴィゴがレイの肩を突っつき、ルークが笑って背中を叩くと、レイは悲鳴を上げてベッドに倒れ込んだ。

「ヴィゴ! ルークも酷い! 今の絶対にわざとでしょう!」

 口を尖らせるレイを見て、ルークとヴィゴは揃って知らん顔をした。



 夕方までレイは部屋でずっと簡単な柔軟運動をして過ごし、夕食は若干動きはぎこちないものの、ルーク達全員と一緒に食堂で夕食を食べる事が出来た。

 昨日、突撃訓練を手伝った第二部隊の兵士達は、翌日の夜に平然と食堂へ食べに来たレイルズを見て驚きに目を見開いていた。

「レイルズ様、凄え……」

「突撃訓練、確か初めてだって仰ってたよな?」

「うん、そう聞いたぞ。凄え。あれだけまともに食らって落とされて、次の日にはもう起き上がって自分で食事してるよ」

「さすがだな」

 小さな呟きに、あちこちから同意するようなため息が聞こえた。



 この日以来、第二部隊の兵士達の間で密かに、大きな身体の割に可愛い可愛いと言われていたレイルズは、一人前の兵士として彼らから一目置かれるようになり、尊敬の眼差しで見られる事になるのだった。




 夕食の後は休憩室へ行って陣取り盤を前にしながら、ルークやロベリオ達に花祭りの協賛金の事や、各地への基金の支援の状況について教えてもらって過ごした。

 ヴィゴとカウリは、顔を突き合わせて何かの書類を真剣に片付けていた。

「明日は、訓練所は休みだから、本当なら城の倶楽部に顔を出す予定だったんだけどなあ。その様子だと、やめておいた方が良さそうだな」

「何の倶楽部? あ、青年会の会合だね」

 確か巡行に行く前に見せてもらった倶楽部の予定表に、そんな事が書いてあったような気がする。

 特に何も言われなかったのであまり気にしていなかったが、倶楽部への顔出しは、忙しさにかまけてあまり出来ていない。竪琴の会での練習も、数回参加出来た程度だし。星の友も観測会に一度参加したきりだ。

「まあ、見習い期間は公務や訓練が優先だからね。こっちは時間に余裕が出来てからでいいよ。だから明日もゆっくり休んでおけ。そうしないと、花祭りの花撒きに参加出来ないぞ」

「それは嫌だよ。分かりました。明日も大人しくお休みします」

 慌ててそう言うレイに、皆苦笑いしている。

「まあ、無理するな。花祭りの期間中にも、色々あるから覚悟しておくようにな」

 悲鳴を上げて、支えにしていたクッションに抱きついたままソファーに倒れ込んだレイだった。




「そう言えば、ジャスミンは? 神殿からはもう戻ってるんだよね?」

 話を変えるように、ふと思いついた事を聞いてみる。彼女に会ったのは、巡行から戻ってきて訓練所で会って以来だ。

「ああ、毎日訓練所に通ったり、女神の神殿へ行ったり忙しそうにしているよ。花祭りの期間中は、彼女もニーカ達と一緒に神殿で務める予定だよ」

「そうなんですね。頑張ってるんだね」

 嬉しそうに笑うレイに、ルークも頷いて笑っている。



「そう言えば、もう一年なんだな」

「え、何が」

 唐突な言葉に、起き上がって座り直したレイが首を傾げる。

「誰かさんが巫女様に竜騎士の花束を渡してから!」

 その言葉にレイは唐突に真っ赤になり、ソファーから逃げようとして果たせず、急に襲ってきた痛みに起き上がり損なって、クッションごと床に転がり落ちてルーク達を慌てさせたのだった。



「おい、生きてるか?」

 苦笑いしながら覗き込まれて、レイは床に転がったまま、まだ真っ赤な顔を隠すようにクッションに顔を埋めた。

「もう駄目。当たりどころが悪かったみたいで再起不能です」

「そうか、それなら弔ってやらないとな!」

 そう叫んだロベリオとルークにのし掛かられて、脇腹と襟足を擽られてしまい、レイは情けない悲鳴を上げて転がって逃げようとして、また襲ってきた激痛に悲鳴を上げて、休憩室は笑いに包まれたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る