大地の竜の事とレイの二つ名
「それじゃあお疲れさん。ゆっくり休めよ。明日の朝は少しゆっくりだな」
「明日の朝起きるのは、八点鐘で良いんだね。分かりました。それじゃあお休みなさい」
応接室を辞した後、与えられた部屋に戻って湯を使ったレイは、疲れていた事もあり早々にベッドに潜り込んだ。
しかし、今日あった様々な出来事を思い出してしまい、中々寝付く事が出来なかった。
『楽しそうだったな。しかしもう今夜は休みなさい。疲れておるだろうに』
枕元のブルーのシルフに優しい声でそう言われて、レイは笑顔で頷いた。
「うん、伯爵から知らない農作業の話を聞くのは楽しかったよ」
柔らかな薄手の毛布を胸元に引き上げて、天井を見上げながらレイは大きく深呼吸をした。
「大きな竜だったね。それにまるで本物の岩みたいだったけど、あれってどうなってるの? 生きている竜の体に苔が生えたり植物が生えたりするなんて、考えてみたら不思議だね」
『大地の竜は、鱗の形も我らとは少し違っておる。小さな凹凸の有るザラザラした鱗で、我らのように古くなった鱗が剥がれる事もせぬ。鱗自体に、飛んで来た植物の種が引っかかりやすくなっておるのだ』
ブルーの説明に、レイは顔を横に向けてブルーのシルフを見た。
「確かに、ブルーの鱗は、大きくてツルツルしているもんね」
『まあそうだな。オパールの鱗は、珍しく艶消しになっておるが、それでも表面はほぼ滑らかだ。そもそも殆どの竜の鱗は、我のように光沢のある滑らかで艶やかな鱗だ』
「でも、もしも植物の種が大地の竜の鱗に引っかかっても、そこに育つ土がなければ落ちちゃうだけでしょう?」
レイの疑問は当然だったが、ブルーのシルフは笑って首を振った。
『凹凸があってザラついているという事は、引っかかるのは飛んで来た種だけでないぞ。例えば蔓性の植物などは、地面からその鱗伝いに容易に這い上がっていける事になる。これは分かるな?』
「あ、そうか。蔓が這い上がっていけば、翌年には枯れた蔓が残るから、更に次の蔓が這い上がりやすくなるんだね」
ブルーのシルフは、レイの答えに満足そうに頷いた。
『そうやって大きくなる大地の竜に合わせて、絡まり伸びる蔓が最上部に迄到達すれば、更に植物にとって条件は良くなる。丈夫な枯れた蔓の隙間に降り積もった僅かな土に、次の年には種が落ちて芽を出す事になる。大地の竜の上部は、見事な花畑になっておっただろう?』
「確かに、綺麗な花が沢山咲いていたね」
あちこちに咲く花に囲まれていた大地の竜の姿を思い出して、レイが笑顔になる。
『それに、大地の竜の鱗は我らのように古くなっても剥がれたりせぬ。役割を終えると細かく砕けて砂状になる。それらは、自らの体に根付いた植物達の為の良き肥料になるのだよ。そうやって伸びゆく植物達と共に大地の竜も大きくなっていくのだ。人の子には行けぬ場所だが、竜の背山脈に近い竜の保養所の奥深い場所には、相当大きな大地の竜の長老がおられるぞ。この世界では、恐らく我に次ぐ大きさの竜であろう』
「その竜も古竜なの?」
驚いて身を乗り出すようにして尋ねるレイに、ブルーのシルフは苦笑いして首を振った。
『彼は老竜だよ。だが、この世界で言えば、我に次ぐ長生きの竜という事になるな』
「へえ、そうなんだね。いつか、その大地の竜の長老にも、会ってみたいな」
小さく欠伸をしながらそう言うレイを見て、ブルーのシルフは笑って少しずれた毛布を引き上げてやった。
『知らぬ土地を見て、新しい事を知り、昂る気持ちは分かるがもう休みなさい。明日、寝ていて我の背から落ちても知らんぞ』
からかうようなブルーの言葉に、レイは小さく笑って上を向いた。
「そうだね。確かにもう遅いから寝るよ。おやすみブルー。明日も一緒に飛ぼうね……」
そう呟きながらもう一度小さく欠伸をしたレイは、目を閉じてすぐに穏やかな寝息を立て始めた。
『おやすみ。安らかな眠りと良き夢を其方に』
愛しい主の額にそっとキスを贈ったブルーのシルフは、そのまま寄り添うように枕に座って、いつまでもその柔らかな頬を撫でて、何度もキスを贈っていたのだった。
『そうか相変わらずだな』
目の前に並んだシルフが面白そうに笑うのを聞いて、ルークも一緒になって小さく笑った。
「あいつといると、本当に退屈しませんよ。しかし、大地の竜と平然と話をしているのを見た時には、さすがに驚きましたね」
『まあレイルズだからな』
隣に並んだ別の列のシルフもそう言って笑っている。
目の前に並んでいる右側はマイリーの使いのシルフで、左側はヴィゴの使いのシルフ達だ。
レイと分かれて部屋に戻って休む準備をして、もう良いからと執事を下がらせたルークは、オルダムのマイリーに連絡を取って、定期報告を行なっているところだ。
丁度ヴィゴと二人で一杯やっていた所だったらしく、そのまま三人での会話になったのだ。
「センテアノスでの、石像の倒壊事件の時もそうでしたが、あいつは本当に、自分がしている事に自覚が無さ過ぎですよね」
苦笑いするルークに、二人の使いのシルフ達も笑っている。
『そう言えば精霊魔法訓練所のケレス学院長から聞いたんだがな』
ヴィゴのシルフが顔を上げて口を開いた。
『大学の教授達の間でレイルズにも二つ名が付いたらしい』
『自覚なき天才と呼ばれているそうだ』
『カウリが遅れて来た天才と言われているのと同じようにな』
それを聞いたルークは、堪える間も無く吹き出した。
「上手い事言うなあ、自覚無き天才、か。確かにあいつを表すのにこれ以上無い正確な表現ですよね」
遅れて来た天才、と、カウリが訓練所や大学の教授達の間で呼ばれていると聞いた時にも、上手く言うものだと感心した三人だったが、レイの二つ名にも、三人揃って感想は同じだった。
つまり、さすがに上手い事言うな。と。
『まあ明日の視察はレイルズに任せておけ』
『恐らくこれ以上無いくらいに正確で詳しい報告書を書いてくれるだろうさ』
マイリーの言葉に、ルークも同意するように笑いながら何度も頷いた。
「伯爵も、恐らくレイルズから離れないと思いますからね。まあ、明日の俺は横で大人しく聞き役に徹する事にします」
『まあ任せるので上手くやってくれ』
『それじゃあ気を付けて帰って来てくれ』
「了解しました。それではおやすみなさい」
『ああおやすみ』
『ああおやすみ』
そろってそう言ったシルフ達は次々にくるりと回っていき、あっという間に消えてしまった。
「さて、それじゃあ俺も休むとするか」
消えるシルフ達を見送ったルークは、立ち上がって大きく伸びをした。それから座っていたベッドに潜り込み、横になると机につけたままになっていたランタンを見た。
「消してくれるか」
小さな声でそう言うと、シルフ達がランタンの周りに現れて、点っていた火を両手で包み込むようにして消してしまった。
部屋があっと言う間に真っ暗になる。
「ありがとう、シルフ。それじゃあおやすみ……」
小さく呟いたルークは、毛布を口元まで引き上げて小さく欠伸をして目を閉じた。
何人ものシルフ達が、ルークの短い髪をそっと撫でて額にキスを贈っては消えていった。
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