星の祭壇と風の世界

 時間になったので、ルークと一緒にザカリの案内で朝食をいただく部屋に向かった。

 同席しているのは、昨日の夕食の時にも一緒だった士官の方達で密かに安堵していたレイだった。

 レイのところだけ用意されていたのは、ドライフルーツの入ったミルク粥で、一緒に添えられていたのは柔らかく似た蜜桃の甘露煮だった。出された飲み物は、いつものカナエ草のお茶だ。

「気を使ってくれたみたいだな」

 横で笑いを堪えながらそう言ったルークの言葉に、レイも笑って頷いたのだった。

 甘めのミルク粥も、甘露煮もとても美味しかった。

 まだ少し残っていた二日酔いも、どうやら優しい朝食のおかげですっかり回復したみたいだ。

 食後に改めて入れてくれたカナエ草のお茶にたっぷりの蜂蜜を入れて飲みながら、レイは今日の参拝を楽しみにしていたのだった。




 食後に少し休憩をしていた時に、司令官から思わぬ言葉を聞いた。

「今から参っていただくクレアの街の神殿は、オルダムの精霊王の神殿とは大きく違いますよ。ご存知ですか?」

「えっと、昨日参ったセンテアノスの神殿の祭壇はとても綺麗でした。背景が四季の星空になっていましたね」

 レイが嬉しそうにそう言うと司令官はにっこり笑って頷いた。

「お気付きでしたか。センテアノスとクレアの神殿は、特に星系信仰の特徴が色濃く残っている珍しい神殿なのです。センテアノスの神殿が漆黒の夜空であるのに対し、クレアの神殿の背景はまた違った特徴を持っていますよ。是非、思い出して見比べてご覧になってください。女神の神殿はかなり後から建てられたものなので、恐らくオルダムの神殿とそれ程変わらないと思いますね」

「そうなんですね。じゃあ楽しみにしておきます。あの、ちょっとお尋ねしてもよろしいですか?」

 遠慮がちない小さな声で質問すると、驚いたように司令官がこっちを向いてくれた。

「ええ、私でわかる事でしたら、何でもお教えしますよ」

 ルークを見ると笑って頷いてくれたので、思い切って聞いてみた。

「司令官殿は、先程、クレアの神殿は星系信仰の特徴を色濃く残していると仰いましたよね。この辺りは星系信仰の信者の方が多いんですか?」

 驚いた司令官は、にっこり笑って自分の胸元から小さな石のついたペンダントを取り出して見せてくれた。

「実は、私の家は代々星系信仰の信者なのです。このペンダントは信仰の象徴である星の代わりとして、信者が身につけるものです」

 そのペンダントは、以前マーク達が紹介してくれた竜人のダリム大尉が持っていたのと同じような形をしていた。

 それは石を囲むように鳥の巣状の細かい金属の細工の横に、石を守るようにして竜が丸くなっている形になっていた。

「竜がいますね」

 嬉しくなって目を輝かせてそう言うと、司令官も嬉しそうに笑って頷いた。

「このペンダントは、私が十六歳になった時に今は亡き父から贈られた物です。まあ、珍しい形ではありませんが、私にとっては大切な物ですよ。それにしても、レイルズ様は星系信仰をご存知だったのですか?」

 両親の話をここで詳しくするのは問題がありそうだ。何か言いたげなルークに小さく頷き、改めて司令官を見た。

「僕は、天文学を専攻して勉強中なんです。その天文学の教授から聞きました。オルダムの天文学は、その星系信仰が元なんだって。それで、センテアノスやクレアの神殿では星系信仰の信仰の対象である星が祀られているって聞いて、見てみたかったんです」

 目を輝かせるレイを見て、司令官は驚きつつも嬉しそうに何度も頷いた。

「お若いのに天文学を学ばれるとは素晴らしいですね。ご迷惑でなけば、星系信仰の星に関する書物や資料を贈らせて頂きたいですが、構わないでしょうか?」

 最後はルークに向かって尋ねる司令官に、ルークも笑って頷いた。

「ありがとうざいます。彼はとても勉強熱心でね。数学にもすっかり強くなって書類関係でも手伝ってくれています。星系信仰に関しては、精霊王の教えに反しないと聞いておりますから特に問題は無いと思います。司令官殿のご迷惑でない範囲でお願いします」

「かしこまりました。では参拝へ行かれている間に、お邪魔にならない程度にいくつか用意させて頂きます」

 思わぬところで星系信仰の信者に会えて、レイも笑顔になった。

「ありがとうございます。楽しみにしていますね」

 その言葉に、同席していた数人の士官達が同じように胸元から石のついたペンダントを取り出して一礼して、皆で笑顔になったのだった。



「では、レイルズ様はこのラプトルにお乗りください」

 食事を終えて外に出ると、もうそこには整列した兵士達が待っていてくれた。

 ここでも他と同じように大きなラプトルの手綱を渡される。

 お礼を言って受け取り、まずはラプトルを撫でてやってから一気に背中に飛び乗った。

「じゃあ行くとするか」

 隣に並んだルークの言葉に、レイも笑顔で返事をした。

 レイの肩には、当然のようにブルーのシルフが現れて座っている。

『良かったな。星系信仰の信者に会えて』

 耳元で優しい声でそう言われて、満面の笑みで何度も頷いたのだった。




 駐屯地の敷地から一般道へ出た途端に、周りは一気に人があふれた。

 オルダムに比べると、はるかに道幅が広く視界も良好だ。ラプトルの背から見ると広い道の先まで見通す事が出来る。

「へえ、視界は良好だな」

 感心したようなルークの言葉に、同じ事を思っていたレイも大きく頷いた。

 あちこちから名前を呼ばれて花を投げられる。大歓声の中を一団はゆっくりと神殿に向かって進んでいくのだった。




 幸い、今回は大きな騒動も無く、人が多いとは言っても道幅が他の街に比べるとはるかに広い為、それ程大きな混乱も無く整然と神殿へ到着する事が出来た。

 神殿前の広場では、神殿関係の人達が並んで待っていてくれた。

「ようこそお越しくださいました。神官長を務めておりますチムル・コロボフと申します」

 小柄な男性が進み出て深々と一礼する。

 順番に挨拶した後、いよいよ神殿へ案内されて入って行った。

「どんな風なのかな?」

 小さな声でそう呟いた時、大きな扉がゆっくりと開かれ、神官長を先頭にゆっくりと礼拝堂の中に入って行った。



 入った正面中央に、センテアノスで見たのと変わらない程の大きさの精霊王の彫像が見える。

 ここの精霊王もとても優しい表情をしている。

 恐らく同じ作家か、同じ工房の作なのだろう。とても優しい表情のその精霊王は、センテアノスで見たのと同じように、少し下を向いて信者達を見つめているようだった。

 そして、その彫像の背後に広がる光景にレイはもう言葉を失ってただ見惚れている事しか出来なかった。



 そこは、他のどことも違う、青一色の幻想的な世界が広がっていた。



「あれって、ラピスラズリの色だよね……」

 小さく呟くと、耳元でブルーのシルフが頷いた。

『青い色の顔料はそう多くは無い。これらは全て、ラピスラズリから作られた染料で染められたタイルで作られている。そして見事な布の世界だな』

 そのブルーの感心したような言葉にも、ただ頷く事しか出来なかった。



 目の前に広がるのは、はるかに高い天井まで、ただ青い色のタイルだけを散りばめた壁で覆われていて、幾何学模様のように規則正しくはめ込まれたそれらは一部分だけが色を変えていて、センテアノスと同じように夏の星座を表していたのだった。

 そしてセンテアノスとの大きな違いが、祭壇の周り中あちこちに張り巡らされたこれも様々な濃さの青い色で染められた多くの布だ。

 見事に波打って張り巡らされたその布達が、壁のモザイク模様に不思議な影を作り出し、時折そよぐ僅かな風に揺らめいて星座に不思議な影を落としていた。

「タイルのモザイク画が星座を表して、あの布達は風を表しているんだね。凄いや。風が見える……」

 半ば呆然と呟いたその言葉に、勝手に現れたシルフたちが大喜びで祭壇に向かって優しい風を送り始めた。

 その風に、時折布が動いて影が揺らめく。



 布とシルフ達が作り出すその幻想的な光景を、レイはブルーのシルフと共に、ただ言葉も無く見つめていたのだった。

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