クレアの街と剣の舞

 しばらく二頭の竜は並んで街道から少し離れた場所を飛んでいたのだが、黙っていたルークは、完全に周りに人がいない場所に来た事をを確認してから口を開いた。

「なあ、さっきの広場で石像が倒れた事件の事だけどさ」

 耳元で聞こえたルークの言葉に、ぼんやりしていたレイは慌てて顔を上げた。

「うん、あれがどうかした?」

「あの時、お前は咄嗟になんて言った?」

「えっと、シルフ、皆を守って……って言いました」

 叱られるのだと思い、小さくなって答える。

 しかし、ルークはそんなレイを見て笑っている。

「なんだよ。もしかして叱られるとでも思ってるのか?」

「だって、訓練所で教わったよ。シルフ達に指示を出す時は、出来るだけ具体的に言わないと駄目なんだって」

 眉を寄せて口を尖らせるレイを見て、ルークはまた笑う。

「だからお前は、その顔やめろって。大丈夫だよ。あの時のお前は、この上もなく上手くやってくれたよ。確かに普通の奴なら、あの指示ではシルフ達は何をして良いのか分からなかっただろうな。だけど、あの時のシルフ達は、お前が言いたい事を完全に理解して実行してくれたじゃないか」

 先程のブルーと全く同じ事を言われてレイは困ったようにブルーを見たが、ブルーはルークの言葉が聞こえているだろうに、素知らぬ顔で前を向いたまま黙って飛んでいるだけだ。

「それはそうだけどさあ……」

 困ったようにそう呟くと、ルークはとても優しい顔でレイを見て大きく頷いた。

「お前は分かってないみたいだから言うけど、あれはお前が完全にシルフ達を自分の支配下に置いている証明だよ。素晴らしいよ。俺にはあそこまで完璧なシルフ達の掌握は出来ない」

 驚くレイに、ルークはもう一度笑って首を振った。

「正直言って、あの時はお前が怖くなったよ。だけど、あれだけの力を持っていながら、お前にはどうやらほとんどその自覚がないみたいなんだよな。それに気が付いて逆に心配になったよ。お前はもうちょっと、自分のやってる事に対して自覚を持て」

 最後は真顔で言われてしまい、レイは誤魔化すように笑った。

「そんな事言われても、よく分からないです!」

「胸を張って言うな!」

 レイの叫びに、ルークも笑って大きな声で言う。それから二人揃って顔を見合わせて笑い合った。

「まあ、まだまだ実力に知識が追い付いてないって感じだな。しっかり勉強しろよな」

「うう、頑張ります」

 困ったようにそう言うレイに、ルークはもう一度笑ってから前を向いた。



「ああ、そろそろ見えて来たぞ」

 ルークの言葉に、レイも顔を上げて前方を見た。

「あのとんがってるのが教会の鐘楼だね。へえ、思ったよりも小さな街だね」

「確かに小さいな。建物も小さめだ」

 ルークの言う通りで、ようやく街全体を見渡せる位置まで来たが、センテアノスの半分程度もないように見えた。

 クレアは、漁業の盛んな街であると同時に、センテアノスで作られた塩を西回りで街道沿いに運ぶ重要な役割担っており、街の中にある道がとても広いのだ。この塩の一部は、ブレンウッドにある支社から隣国のオルベラートにも輸出されている。

 岩塩と違い溶けやすく扱いやすい事もあり、主に肉の下拵えなどに重宝されているのだ。

 隣国との関係は非常に良好なので、これらは塩を商う商人達と国に、大きな富をもたらしている。

 そして、実はその富の一部は、竜騎士隊への支援にも回されているのだ。



 クレアの街の実際の人口は、センテアノスの六割程度は充分に有るのだが、街が全体に広くて余裕のある作りになっている為に、上空から見ると特に人が少ない印象を受ける。



「あ、でも広場には大勢の人が出ているね」

 レイが嬉しそうに下を見てそう呟く。

 街からも竜の姿が見えたのだろう。あちこちの建物から一斉に人々が出て来て、大喜びで手を振っているのが見えた。

「じゃあまだ明るいし、せっかくだからクレアの街の人達にご挨拶するか」

 ルークの言葉に、レイも笑顔で頷いた。

 二頭の竜は、並んでゆっくりと街の上空に差し掛かった。

 街の北側、つまり街の手前側部分には、街道に面して大きな軍の駐屯地が見える。

 一旦その上空を通過して、そのまま街の上へ向かった。

 駐屯地では、すでに広場に大勢の兵士達が整列して待ち構えているのも見えた。上空からそっちにも手を振って、二頭の竜は街の上空をゆっくりと旋回した。

 街ではレイとルークが下に向かって手を振る度に、まるで波のようなどよめきと大歓声が沸き起こった。

 しばらく上空を旋回してからゆっくりと高度を上げる。

「じゃあ、戻ろうか」

 ルークに言われてレイもゆっくりと高度を上げた。そのまま駐屯地に戻りゆっくりと降り立った。




「ようこそクレアへ。竜騎士様をお迎え出来るとは光栄です。クレアの駐屯地の司令官を務めております、ヴィクター・ニッキと申します」

 大柄な司令官が、そう言って笑顔で右手を差し出しくれた。

 順番に挨拶したが、司令官の手は、他とは違ってとても柔らかくて中指に大きなペンだこが出来た手をしていた。

「ここの司令官殿は他とは違って事務方出身なんだよ」

 戸惑っていると、苦笑いしたルークが小さな声で教えてくれる。

 納得していると、そのまま整列している兵士達の前に案内された。

「お疲れかと思いますが、どうぞ我が部隊の兵士達をごらんください」

 自慢気に胸を張る司令官に言われて、ルークとレイは、彼らの前に進み出ようとした。

「どうぞこちらへ」

 案内されたのは、一段高くなった台の上で、頷いたルークが司令官とともに上がるのを見て、レイもその後に続いた。

 大きな台の上は、彼ら三人が揃って並んでもまだまだ余裕がある。



 すると、一人の士官が一礼して彼らの立っている台の前に進み出た。

「全員敬礼!」

 号令で、全員が直立して敬礼する。ルークとレイも、直立して敬礼を返した。

 ルークが敬礼を解いたのを見てからレイも手を下ろした。

 士官の合図で、兵士達も一斉に直立する。

「展開!」

 指揮棒を振り上げた士官の号令が響き、兵士達が一斉に走り出して広場全体に広がる。

 端の兵士は相当な距離を走ったと思うが、時差なくほぼ同時に展開を終える。



「これって……」

 小さく呟くレイに、ルークが笑って頷いた。

「カムデンと並んで、クレアの兵士達の剣の舞も有名なんだよ」

「そうなんだね。楽しみです」

 高い台の上に上がらせてくれた意味が分かった。

 ここから見れば、奥の最後尾まで見渡せるのだ。



「抜刀!」

 士官の指揮棒が再び大きく振られる。

 兵士達が、一斉に腰の剣を抜いて頭上に高く掲げる。傾き始めた太陽の光を受けて、キラキラと剣が煌めくのはとても綺麗だった。

 レイ達が乗っている台の左右に、静かに音楽隊が進み出て整列する。

 指揮者の合図で、やや早めの曲の演奏が始まる。

 聞いた事の無い曲だったがおそらく行進曲なのだろう、一定のリズムで刻まれるその音楽に合わせて、抜刀した兵士達が、カムデンで見た時のようにゆっくりと踊り始めた。

 大きく足を踏み鳴らしながら、ゆっくりと移動して行き、最後は左右に見事に分かれて相対するように展開した。そのまま踊りながら、離れた互いに向かって、前に後ろに移動しながら何度も剣を振り下ろす仕草をする。

 揃って踏み鳴らされる足音と共に、剣が風を切る音がここまで聞こえて来た。



「これって、もしかして戦いを表しているの?」

 少し横を見て小さな声でそう尋ねると、笑ったルークが前を見たまま頷いてくれた。

「カムデンの剣の舞は、それぞれの兵士個人の戦いを表してるのに対して、クレアの剣の舞は団体での戦い、つまり部隊単位での戦いを表しているのさ。な、面白いだろう」

 両方を見た今ならよく分かる、確かにこれは団体戦の戦い方だ。

 そして、踊りが後半に突入した時、曲が変わって抜刀した兵士達が揃って踊りながら歌い始めたのだ。



 このまま進めば勝利の時まで一直線

 進めや進め我らの務め


 このまま進めば輪廻の輪の中一直線

 なれども進め我らの務め


 愛しいあの子に会いたやいたや

 愛しいあの子は今どこに


 愛しいあの子は誰のもの

 我らでは無い誰かの元に


 愛しいあの子に会いたやいたや

 愛しいあの子に会いたやいたや

 どうせ最後は皆同じ!

 どうせ最後は皆同じ!



 左右に分かれた兵士達がまるで会話するかのように交互に歌うその歌は、戦いを怖がりつつも故郷に置いて来た愛しい人を歌う歌だ。

 ただし、かなり風刺が効いた歌詞になっていて、最後には皆死んで一緒になるんだと歌われる。

 兵士達が好んで戦場で歌う歌として有名で、レイも聞いた事がある。

「いや、最高だな。ここでこの歌を聴くとはね」

 そう言ったルークは、もう笑いを堪えるつもりも無いようで、大喜びで手を叩いている。



 戦場で、実際に戦う兵士達に好まれるのだと言うこの歌は、レイには正直言ってよく意味が分からない。

 命も危うい最前線にいるのに、半分冗談のように、故郷に置いて来た愛しいあの子は他の人のものになっていると歌っているのだ。

 若干眉を寄せて考え込んでいると、ブルーのシルフが目の前に現れた。

『これは言ってみれば、死にたく無い、だけどもしも死ぬのだとしても無駄死にはしたくない。と歌っているのだよ』

 目を瞬くレイに、ブルーのシルフだけで無く、ニコスのシルフ達も現れてくれた。

『こんな風に、自分の思いと裏腹な事を軽く言うのも、兵士達が好む歌の特徴ね』

 その言葉にレイは納得した。

 以前読んだ本の中で主人公が言っていたのを思い出したからだ。

「深刻な事を、深刻に話すんじゃ無くて、なんでも無い事のように話すと案外上手くいくって言ってた、あれだね」

『まあそんなところ』

「へえ、言葉って面白いね。それにしても、この剣の舞も凄いよね」



 密かに話をしている間に歌が終わり、またゆっくりと移動しながら元の展開した位置に戻って行く。

 綺麗に展開した最初の状態に兵士達が戻るのと同時にピタリと音楽が終わり、士官の持つ指揮棒がまた大きく振られた。

「納刀!」

 その場で、一斉に全員が剣を収める。

「集合!」

 その合図で、今度は広場一杯に広がっていた兵士達が一斉に中央に駆け戻って来る。これもまたあっという間で、ほとんど同時に最初に見たような綺麗な整列に戻った。



 静まり返った広場に、ルークが大きく手を叩く音が響く。レイも思い切り手を叩いた。

「お見事でした!」

 ルークの言葉に、士官が指揮棒を下げる。

 次の瞬間、兵士達が一斉に歓声を上げてその場で飛び跳ねたり互いの背を叩き合ったりして喜びを爆発させた。

 司令官も笑顔で拍手している。

 レイも満面の笑みになって、手が痛くなるまで手を叩き続けた。

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