お出掛けの朝
『起きて起きて』
『朝ですよ』
前髪を引っ張るシルフ達に起こされたレイは、寝癖だらけになった髪を撫でて、大きな欠伸をした。
「おはようございます。朝練には行かれるんですよね。そろそろ起きてください。おやおや、吸い込まれそうな大きな欠伸ですね」
ノックの音がして、白服を手にしたラスティが入ってきてレイの欠伸を見て笑っている。
「おはようございます。えっと、今日って遠乗りに行くんだよね? 予定はどうなってるんですか?」
ベッドから起きあがって寝間着を脱ぎながらそう尋ねると、白服を渡してくれたラスティは笑顔で教えてくれた。
「朝練と朝食はそのままいつも通りに行って頂いて構いません。お戻りになられましたらご用意を願いします。今日はルーク様とタドラ様が一緒に行ってくださいますので、三人でお出掛け下さい。私もご一緒させて頂きます」
「ラスティも一緒に行ってくれるの?」
目を輝かせるレイに、ラスティは頷いてくれた。
「今回は大人数ですからね。私とジルが同行させて頂きます。護衛の者もいますので、大人数になりますね」
まさか、そんなに大ごとになるとは思っていなかったレイは、ラスティとルークの従卒のジルだけでなく、護衛の人達まで一緒に行くと聞き本気で驚いた。
「これも経験です。貴族のご子息方が揃って郊外へ出掛けるのですから、この程度は当然です」
「うう、気軽に遠乗りに行こうなんて言って、ごめんなさ……あ、申し訳ありません」
慌てて言い直すレイを見て、ラスティは小さく笑った。
「ちなみに、貴族の未婚の女性の方がお出掛けになるのなら、専属の護衛やお世話係のものがいますから、もっと大人数になりますよ」
驚きに目を見開くレイに、もう一度ラスティは大きく頷いた。
「これが貴族の生活です。一つずつ経験していきましょうね」
優しく言われて、着替えた白服の紐を締めながら、レイは眉を寄せた。
「僕は自由開拓民の生まれで、森のお家が実家の、農民なんだけどなあ」
小さなため息を吐いてそんな事を言うレイに、ラスティはにっこりと笑った。
「唯一の古竜の主であり、王妃様が後見人で、陛下から直々に瑠璃の館を賜る様なお方ですけれどね」
「でも、僕は貴族じゃないと思うんですけど……」
しかし、ラスティはその言葉ににっこりと笑って首を振った。
「陛下から一の郭に屋敷を賜った時点で、レイルズ様は正式に貴族と同等の扱いとなっております。将来、ご結婚なされた暁には、希望すれば家を興す事が出来ます、そうなれば正式に陛下から爵位を授けられる事になりますね」
呆気にとられるレイに、ラスティはもう一度頷いた。
「それから、もう一つ。竜騎士となられた方には、そのまま竜騎士、という称号が与えられます。これは他の方々の騎士の称号よりも高い地位となり、数々の特権が与えられます。今申し上げた通り、貴族と同等の扱いとなるんですよ」
驚きに声も無かったが、そう言えば最初の頃に、グラントリーから身分制度について教わった時に、なんだかそんな話を聞いた覚えがかすかに有る様な気がする。
「えっと、何となく、聞いた覚えが有るような無いような……」
誤魔化す様に笑うと、ラスティはもう一度にっこりと笑った。
「今度お時間を取って、この辺りはもう一度詳しく説明した方が良さそうですね。今なら実感があると思いますから説明も理解しやすいのでは? グラントリーと相談しておきます」
当たり前のようにそう言われて、レイはもう頷くしか無かった。
「そう言えば瑠璃の館も改修工事が完了していますので、一度、お時間を取って見に行かなければいけませんね」
全く実感が無くて無言で頷くレイの背中を叩いて、まずは朝練に行くために廊下へ出て行った。
「おはよう。出掛けるんだから、朝練は軽めにな。あ、遠乗りにはタドラも行ってくれる事になったぞ」
「おはよう今日はよろしくね」
廊下で待っていてくれたルークにそう言われて、一緒に待っていてくれたタドラと手を叩き合って喜んだ。
「嬉しいです。よろしくお願いします!」
「聞いたよ。行くのは男の子ばかりなんだろう? そりゃあルーク一人じゃ手に余るって。まあ、あんまり戦力にはならないと思うけど、せっかくだからご一緒させて貰うね」
不思議な事を言うタドラに、レイは首を傾げた。
「まあ行けば分かるよ。じゃあ先ずは朝練だな」
カウリは、ヴィゴと一緒に朝からお城へ行っていて朝練には不参加だ。
しっかりと柔軟体操で体を解したレイは、一般兵と一緒に走り込みをして、近くに来てくれたマークとキムと密かに手を叩き合って挨拶をした。
その後は、ルークとタドラの二人掛かりで木剣で手合わせしてもらい、朝練は終了した。
「それにしても、腕を上げたね。もう一対一だと怖くなってきたよ」
いつもの食堂で、パンをちぎりながらタドラにそう言われて、レイは嬉しさに目を輝かせた。
「もう、一対一で一本取られる日も近そうだな。楽しみにしているからね」
「よろしくお願いします!」
無邪気に返事をするレイを、タドラは眩しいものを見るように目を細めて見つめていた。しかしその目は、愛おしくて堪らないと言わんばかりのとても優しい目をしていた。
並んで座っていると、レイの方がもう、背だけで無く体格でも肩幅でも一回り以上タドラよりも大きくなっている。
特に最近、背の伸び具合が落ち着いてきたと同時にしっかりとした筋肉が付き始めて、体の厚みが増しているのだ。
これには竜騎士隊の制服の製作担当のガルクールや、そろそろミスリルの鎧の製作に入ったロッカを慌てさせているのだ。
もともと背はそれなりに高いが、痩せ型のタドラは竜騎士隊の中では一番小さい。
「レイルズが僕より小さかったのは、一瞬だったね」
隣に座る自分よりもすっかり大きくなった彼を見て、苦笑いするタドラだった。
食事の後、少し休憩してからそれぞれラプトルに乗って出掛けた、今回は聞いた通りにラスティとジル、それからキルートを始め護衛が三名同行してくれている。
ラスティとジルのラプトルには大きな荷物が乗せられているし、鞍は乗せているが荷物だけを載せたラプトルをもう一頭引いて行くのを見て、レイは本気で驚いていた。
「そっか、ニコスが言っていたね。貴族の人が郊外へ出掛けるなら、お付きの人がいっぱいいて荷物を運んでくれるって」
今の状況は、まさにその通りだ。
「今度ニコスに報告しようっと」
ラプトルを歩かせながらそう呟いた時、レイはあの時のニコスの様子がおかしかった事も思い出した。
ニコスはあの時にこう言ったのだ。仕える主人によっては、使用人はひどい目を見るのだと。それに、望んで主人を変える事など出来ないのだとも言っていた。
今なら分かる。確かにその通りなのだろう。
「ラスティは、僕のお世話をしてくれているけど、嫌じゃ無いのかな……」
レイは彼よりもはるかに年下の世間知らずの田舎者だ。立派な大人であるラスティは、自分の事をどう思ってくれているのだろう。
不意に不安に苛まれたレイだったが、肩に現れたブルーのシルフが何もかも分かっていると言わんばかりに、優しく頬にキスをしてくれた。
『其方の従卒は、充分信頼に値する人物だぞ。大丈夫だ。信じて良いぞ』
人間が大嫌いだったブルーの言葉に、レイは嬉しくなって頷いた。
「僕、ここへ来られて幸せだよ。皆、良い人ばかりだもんね」
小さくそう言ったが、斜め前にいたタドラには聞こえていたようで、驚いて振り返って心配そうにこっちを見られてしまった。
「遠乗り、楽しみだね」
満面の笑みでそう言うと、タドラも笑顔で頷いてくれた。
城を大回りして到着した貴族達の城での部屋がある一角の前には、アルジェント卿の孫であるマシューとフィリスだけで無く、ティミーと一緒にゲルハルト公爵の息子のライナーとハーネインが揃っていて、既にラプトルに乗ってレイ達の到着を今か今かと待ち構えていたのだった。
「おはようございます!」
満面の笑みで声を揃えて挨拶されて、レイも元気に挨拶を返した。
「じゃあ、もう準備万端みたいだから、このまま行こうか。今日はよろしくお願いします」
ルークの言葉に、子供達は揃って大きな声で返事をし、それぞれの背後に控えていた護衛の者達や、執事達は揃って一礼したのだった。
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