精霊魔法訓練所の新入生

 午前中いっぱい、そんな風に賑やかにお喋りばかりしていて、あまり勉強は進まなかったが、まあ仕方あるまい。

 時間になったのでそれぞれ本を片付けて食堂へ向かった。



「あ、ほら事務所のアルマさんが案内しているのって、噂の新入生じゃないか?」

「へえ、確かにまだ未成年みたいだな」

 マークとキムは興味深々だ。クラウディアとニーカも隣で気になるらしくチラチラと様子を伺っていた。

 彼らが食べ始めて間も無く、先程話していた新入生を連れたアルマさんが食堂に入って来たのだ。

 一通りの説明をした後、列に並ぶのを見てレイ達も食事を再開した。

「ここ、よろしいですか?」

 アルマさんの声に、来るだろうなと予想していたレイ達は揃って頷いた。

「失礼します」

 トレーを持ったジャスミンはふんわりとした綺麗な貴族の女の子が着るような服を着ていて、何だかレイは嬉しくなった。

「明日からこちらに通う事になりました。ジャスミン・リーディングです。精霊魔法の事は全く知らないんです。どうぞよろしくお願いします」

 少し不安そうなその挨拶に、皆笑顔になる。

「大丈夫だよ。皆最初は何も知らないんだからさ。その為の精霊魔法訓練所なんだから、頑張って勉強すれば良いよ。あ、キムですよろしく」

「頑張ってね。マークです」

「わからない事があれば、なんでも聞いてくださいね。クラウディア・サナティオと申します」

「よろしくね。ニカノール・リベルタスよ」

「彼女達が、先程お話しした女神の巫女様方よ。年も近いし、仲良くなれるといいわね」

 アルマの言葉に、ジャスミンは小さく頷いた。

「そう言えば、あのシルフはもう大丈夫?」

 レイの言葉に、彼女は慌てたように頷いた。

「はい、レイルズ様が助けてくださったって後でシルフに聞きました。本当に有難うございました。あの子を助けてくださって……」

 改まって頭を下げる彼女に、レイは笑って首を振った。

「ジャスミン、ここでは皆平等に勉強する場所なんだよ。僕はただのレイルズで、君はただのジャスミン。だから様は無しだよ」

「で、でも……」

「駄目。様は無しです」

 改めて言われて、困ったようにアルマを見ると、彼女も笑顔で頷いた。

「最初に申しましたね。ここでは皆平等に学ぶ場であると」

「良いんですか……だって……」

「俺達だって、ここではレイルズって呼んでるよ。なあ」

「ああ、逆に様付けすると拗ねるもんな」

「確かに。誰かさんの正体を知った後、敬語で喋ったら拗ねられたもんな」

「べ、別に拗ねてないよ。普通にしてって言っただけです!」

 そう叫んで舌を出すレイを見て、マークとキムは揃って吹き出した。

「今のあれも、絶対拗ねてるっていうよな」

「うん、そうだな。確かに拗ねてる」

「すーねーてーまーせーん!」

 第四部隊の一般兵の制服を着た彼らと、竜騎士見習いの服を着たレイルズが、当然のように仲良く話しをするのを、ジャスミンは呆然と見ていたのだった。

「気にしないで良いわよ。あれはいつもの事だからね」

 ニーカの言葉に、ジャスミンはまだ呆然としつつも頷き、とにかく取って来たものを食べ始めた。

 彼女のお皿に乗っているのは、ジャガイモのサラダと野菜のたっぷり入ったスープと丸い白パン、それだけだ。

「それだけ? お腹空かない?」

「だって、伯爵様……あ、父上様が、女の子がたくさん食べるのは、はしたないって仰るから……」

「ええ? たくさん食べたら駄目なの?」

 驚くニーカに、ジャスミンは困ったように頷いた。

「でも、私は元々そんなに食べないから、これで十分だわ」

「せめて燻製肉は取ろうよ。絶対足りないって! 大きくなれないよ」

 隣でレイルズも思わず叫んだ。

 彼のトレーには、いつも山盛りの燻製肉やハムなどが並んでいる。パンの横にはレバーペーストがあるのは、一応貧血を気にしての事だ。

「お肉は、実はあんまり得意じゃないんです。鶏肉は少しくらいは食べるけど、今日のお料理は辛そうだったから……」

「ああ、確かに今日の鶏肉料理は辛いよ」

 真っ赤な香辛料が使われたその料理は、平気な子は平気なのだが、辛いものが苦手な子の場合には、食べた後で口の中に火が付く恐ろしい料理なのだ。

 レイルズは、最初に一度食べたきり、二度と手出しをしなくなった料理だ。

「辛いですか? それほどとは思いませんが?」

 驚いたように黙って聞いていたアルマが尋ねる。

「えっと、僕は知らずに初めて食べた時、口から本を気で火を噴きました。残しちゃいけないと思って泣きそうになっていたらキムが食べてくれたんです。キムやマークは平気だって言うけど、僕はちょっと……」

「私も駄目だったわ。半泣きになって、最後はディアに食べてもらったもんね」

「そうだったわね。私も、食べようと思ったら食べられますけど、あまり辛いお料理は……正直に言うと、ちょっと苦手です」

「まあまあ、そうなんですか? 料理長に言っておきます。あまり辛い料理は、慣れない子達には苦手なようだと」

「でも、辛いのが好きな人もいるでしょう? いつもこれだったら、ちょっと泣きますけど、たまに出るくらいなら、他のものを食べるから全然良いですよ。あ、でも……」

「何ですか?」

「これは辛い料理だよって、書いておいてくれると嬉しいです。僕、何度か知らずに取って、泣きそうになった事があります」

 大真面目なその言葉に、キムが口を押さえて咳き込んだ。吹き出すのを我慢したら噎せたらしい。

「ってか、一度は本気で泣いてたよな。いきなり隣で泣き出すから、本気で心配したのに」

 キムとマークは、その時の事を思い出して大笑いしている。

「あれは、あれは……うん、ちょっと本気で泣いたかも」

「あの、ちなみに何のお料理か聞いてもよろしいですか?」

「えっとね、緑の野菜を焼いて酸っぱいソースに浸したお料理だったの。一つ目は辛くなかったんだけど、二つ目を食べた時にね……」

「ああ、分かりましたシシトウガラシですね。あれはたまに辛いのがあるんですよね」

 納得したアルマは苦笑いしている。

 いつの間にか仲良くなったようで、ニーカとジャスミンは顔を寄せ合って何か話しながら笑っていた。




「今度、父上が竜舎に見学に連れて行って下さるって。竜を近くで見た事がないので楽しみです」

 食後のお茶を飲みながらジャスミンが嬉しそうにそう言うのを聞いて、ニーカも嬉しそうに笑っている。

「初めて竜に会ったら、もしかして具合が悪くなるかもしれないけど、そうなったら誰かにすぐに言って離れてね。お薬を飲んで少ししたらすぐに大丈夫になるからさ」

 レイの説明に、ジャスミンは真剣に頷いていたのだった。



 貴族階級の人は、事前に申し込んで許可を取れば、竜舎の見学をする事が出来る。

 もちろん厳しい審査はあるし、見学出来る日や人数は厳格に決められている。

 竜に勝手に触らない、竜舎の中は第二部隊の兵士が常に同行するなど制約も多いが、息子を竜騎士にしたくて、竜の保養所から新しい竜が来るたびに、見学に来る者もいる程だ。

「そうよね。普通は申請を出して許可を取って行くのよね。勝手に会いに行ったりして、何だか申し訳ないわ……」

 クラウディアの呟きに、ニーカは振り返って小さくため息を吐いた。

「ディアは私の身内扱いだってヴィゴ様が仰って下さったでしょう? 遠慮しないで」

「それはそうだけど……」

 レイルズと、仲良く話し始めたジャスミンを見て、ちょっと複雑な気分になるクラウディアだった。

「ねえ、ディーディーも初めて竜に会った時、具合が悪くなったんだよね」

 そんな彼女の気も知らず、無邪気にそんな事を言う彼を見て、何だか無性に腹が立って知らん顔をしたクラウディアだった。

 聞こえなかったのかと思い、立ち上がって側に行って話し始めた彼を見て、マークとキム、ニーカの三人は堪える間も無く笑い出した。

 驚くジャスミンに、あの二人が相思相愛である事を聞いて、納得したのだった。

「分かりました! お邪魔はしないようにします」

 真剣にそう言う彼女を見て、マーク達は、また笑い合ったのだった。



 ジャスミンの肩には。すっかり元気になったあの小さなシルフが座っていて、愛しい彼女の頬に何度もキスを贈っていたのだった。

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