明日からの予定と倶楽部の事
カウンティ辺境伯の部屋を出た二人は、ようやく本部に続く渡り廊下まで戻って来ていた。
「お疲れ様。今日の予定はもう終わりだから、戻ったらゆっくり休んでくれていいぞ」
「分かりました。えっと、明日の予定はどうなってるんですか?」
ゆっくり出来ると聞き嬉しそうに笑ったレイは、ちょっと考えて明日の予定を尋ねた。
「一応、これで主立った所への挨拶と顔見せは終わりだよ。明日は、天文学の講義があるんだろう? 訓練所へ行って良いぞ」
目を輝かせるレイに笑って、ルークは大きく伸びをした。
「明日は訓練所。明後日は、午前中に城の青年会に顔を出すよ。それから、昼からは主な倶楽部関係を回る」
「倶楽部? それって何ですか?」
「倶楽部ってのは、自主的に何らかの目的に沿って集まった人達の会の事だよ。例えば、ティミーの母上のヴィッセラート伯爵夫人。彼女が未亡人倶楽部に入ったって話をしただろう。覚えてるか?」
「ああ、確かにそんな事を言っていたね。えっと、未亡人の人が入る集まりで、そこに入ってたら無理な再婚話が来ないって言ってたね」
「よく出来ました。つまりそう言う事だ。例えば、ロベリオとユージン、タドラの三人は、第二青年会って倶楽部に入っている。それは貴族の成人済みの男性が入る倶楽部の一つで、未婚で次男以下である事が条件だ。マイリーは結婚した事があり、現在は独り身の男性が集まる、やもめ倶楽部ってのに入ってるな。まあこれは半分冗談の名前だけの倶楽部で、特に集まって何かしているわけじゃ無い。俺は、独身主義の男性が集まる、そのまま独身主義って名前の倶楽部に入ってる。通称独身倶楽部。これもまあ、名前だけの冗談みたいな倶楽部だよ。会合と称して、たまに集まって飲んでるだけだ。はっきり言って野郎だけのただの飲み会だよ」
「楽しそうだね」
無邪気なレイの言葉に、ルークは笑っている。
「さて、レイルズ君はどの倶楽部に入るのかな?」
面白そうなルークに、レイはちょっと考えて質問した。
「他にはどんな倶楽部があるんですか?」
「はっきり言って俺も全部は知らないなあ。グラントリーかラスティに聞いてみろよ。お前が入れそうな倶楽部を教えてくれると思うぞ」
「じゃあ、帰ったら聞いてみます」
真面目にそう言って頷いたレイを見て、ルークは小さく笑った。
「明後日行くのは、そんな遊び半分の倶楽部じゃなくて、もっと実際に大きな活動をしている倶楽部だよ」
「例えば?」
「例えば、青年会は大規模だけどこれもあくまで倶楽部としての活動だ。当主以外の三十代までの男性なら誰でも入れる。竜騎士隊では殿下とヴィゴ、マイリー以外は全員入ってるよ。お前が夕食会にお呼ばれした婦人会と双璧を成す大きな倶楽部だよ。青年会の活動は多岐に渡る。また、婦人会と同様に、個人で活動している小さな倶楽部の活動の支援なんかも行なっているよ。青年会の上の年齢になるのが鱗の会。四十代以上の当主以外の男性が入る倶楽部だ。マイリーとヴィゴはここに入ってるよ。他には。戦災寡婦を支援する聖グレアムの翼の会。大学に行くほどでは無いが、勉強をしたい人達が集まる私設大学倶楽部。個人で勉強するならここが一番大きな倶楽部かな。主に、数学や語学、古典文学なんかを学ぶんだよ。それから芸術関係は多いな。音楽好きの集まりだったり、ダンスや楽器。絵画や彫刻、手工芸なら刺繍や織物、編み物。あ、確か音楽では竪琴の会なんてのもあった筈だ」
「それならちょっと興味有るかも」
竪琴を弾く人は少ないと聞いていただけに嬉しそうなレイに、ルークは肩を竦めた。
「もしかしたら今頃、ラスティの所に竪琴の会から入会のお誘いが来ているかもな。お披露目であれだけの竪琴の腕前を披露したんだから、絶対倶楽部関係者の耳に入ってるだろうからな。良いと思うぞ。音楽関係の会は、最初に入るにはお勧めだな。ちなみに俺はハンマーダルシマー愛好会ってのにも入ってるぞ。爺さん達ばっかりだけどさ。あ、本の虫倶楽部なんてのも有るから、これもお前に向いてるかもな」
「へえ、面白そうだね。じゃあラスティに詳しく教えてもらいます」
「その後の予定は、まだ調整中の部分があるから、決まったら教えるよ」
「分かりました。よろしくお願いします」
「おう、任せろ」
思いの他真面目な顔をしたレイにそう言われて、ルークは苦笑いしつつ頷いてくれた。
何も知らずに本部に到着したレイは、出迎えてくれたラスティから、クラウディアとニーカが来ていると聞き、慌ててそのまま第二竜舎へルークと一緒に向かったのだった。
「じゃあこっちの子のブラシも掛けてみるかい?」
ロベリオの声が聞こえて、レイとルークはこっそりと第二竜舎を覗き込んだ。
竜のための大きなブラシを手にしたニーカとクラウディアが、二人揃って腕まくりをして竜の側にいるのが見えた。
「あれ? あの子って確か……そうルチルクオーツだよね? あれ、いつからこっちにいるの? ロディナの竜の保養所にいるんじゃなかったの?」
二人がブラシをかけ始めた竜は、見覚えのある綺麗な乳白色で、半透明の鱗の中に細い針のようなものが何本も走っている不思議な模様の竜だ。乳白色の
やや細身で小柄な竜は、二人の少女達にブラシを掛けてもらってご機嫌で喉を鳴らしている。
「ああ、ルチルは少し前からこっちへ来ているんだ。ある程度以上の年齢になると、竜の保養所だけじゃなく、城の竜舎へも定期的に連れて来て、色んな人に世話をされるのにも慣れさせるんだよ。まだ面会には出さないけれど、ああやって人に慣れさせたり、見学者と触れ合ったりさせるんだよ。竜の保養所は、基本的に関係者しかいないからね。決まった人達だけに世話をされる事に慣れてしまうと、有事の際に別の場所へ行って世話をされるのを嫌がったりしたら大変だろう?」
納得したレイは、楽しそうに竜にブラシをかける二人を飽きもせずに眺めていた。
「ほら、いつまで隠れているんだよ。せっかくなんだから挨拶くらいしてこいって」
笑ったルークに思い切り背中を叩かれ、レイは勢い余って第二竜舎の中へ駆け込んでしまった。
「まあ、レイ。おかえりなさい。もう今日のお仕事は終わったんですか」
振り返って目を輝かせるクラウディアに、照れたように笑ったレイは小さく頷いた。
「うん、もう今日の挨拶回りは終わりなんだって。ねえ、いつから来ているの? もうお勤めは終わったの?」
「今日は、エイベル様の祭壇の燭台の交換をしたのよ。だけど、とっても重くて一人で全部を交換するのは大変だから、ディアにも来てもらったの。それで時間があるなら人馴れの訓練中だから手伝ってくれって言われて、ルチルにブラシを掛けているのよ」
手にしたブラシを見せながらニーカが胸を張る。
「そうなんだね。久しぶりだねルチル。ブラシは気持ち良いかい?」
手を伸ばしてルチルの鼻先を撫でてやると、嬉しそうに目を細めて喉を鳴らした。
「彼女達の笑い声はとても心地いいわ。ずっと聞いていたいくらい。ブラシはあまり好きじゃなかったけど、良いものね」
「そっか、良かった。彼女達と仲良くしてくれて有難うね」
二人が尻尾の付け根のあたりをブラシするのを見て、レイも籠に入れて置いてあった一回り大きなブラシを持ち、懸命にブラシをしている二人を手伝った。
楽しそうに時折顔を見合わせて笑い合う三人の周りでは、これもご機嫌なシルフ達が何人も現れて、ブラシを叩いたり、ブラシをしている腕にわざわざ座ったり、ブラシの周りを走り回ったりして邪魔をして遊んでいるのだった。
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