それぞれの忙しい日々

 その日、午前中のお勤めを終えて早めの食事を終えた二人は、竜騎士隊の本部へ向かう準備をしていた。



「じゃあ行って来ます」

「それでは申し訳ありませんが行って参ります」

 用意した新しい燭台の入った重くて大きな包みを抱えたクラウディアとニーカは、許可証を渡してくれた僧侶に頭を下げて、竜騎士隊の本部へ向かう為に女神の分所を後にしたのだった。

「会えるといいわね」

「どうかしら。きっとお忙しいわよ」

 本気で答えるクラウディアに、ニーカは小さくため息を吐いた。

「本当にもう、世話がやけるったら無いわよね、困ったものよね」

 困ったと言う割にはその言葉とは裏腹に、ニーカの周りを飛び回るクロサイトの使いのシルフに、嬉しそうに、そして心底楽しそうに笑って話し掛けているニーカだった。




 お城から竜騎士隊の本部へ入るには、部外者は必ず身分証の提示が必要だ。

 ニーカが持っている身分証は、お城の中ならば何処でも入ることが出来る特別製の物だ。対してクラウディアが持っているのは、神殿関係の決められた場所のみしか入れないもので、それ以外の場所に入る時には別の許可証も必要になるのだ。

「やあ、ニーカ。お勤めご苦労様。ああ、今日はもう一人いるんだね。身分証と許可証を提示してください」

 すっかり顔見知りになった兵士にそう言われたニーカは、自分の身分証を取り出し、クラウディアの分の身分証と許可証を受け取って一緒に渡す。

 受け取った許可証を確認してサインをしてから、二人の身分証も確認してから一緒に返してくれる。

「どうぞお通りください」

 揃ってお礼を言って、広い渡り廊下へ出る。



 竜騎士達は普通に通る城と渡り廊下の間の扉だが、本部に勤める者以外が入る時には、必ずこうやって身分証の確認が行われるのだ。

 しかも、必ずどちらかは第四部隊の兵士が担当していて、精霊達が毎回身分証や許可証の真贋を確認している。



 広くて長い渡り廊下を歩いていると、前方からヴィゴとマイリーが歩いて来るのが見えた。

「ヴィゴ様とマイリー様だわ!」

 ニーカの声に、手にした書類を見て歩きながら話をしていた二人は揃って顔を上げた。

「やあニーカ、ああ、今日はクラウディアも一緒なんだね。お勤めご苦労様」

 マイリーの言葉に、道を譲るように横に移動して立ち止まった二人は、大きな包みを抱えたまま頭を下げた。

「構わんから頭を上げなさい。残念だがレイルズは今日も朝から出ておる。ロベリオ達はいると思うから、良かったら話を聞いてみると良いぞ」

 ヴィゴの言葉に、クラウディアは真っ赤になってもう一度頭を下げた。

「それから、ルークから聞いたが、ディレント公爵閣下が君達二人の後見人になって下さったそうだな。良かったな。考え得る限り最高の後見人だぞ」

「はい、本当に感謝しかありません」

 マイリーの言葉に、笑顔の二人が揃ってもう一度頭を下げ、軽く膝を折った。

「しっかりと頑張りなさい。俺達は今から夜まで延々と会議だよ。それじゃあな」

 肩を竦めたマイリーの言葉に、もう一度頭を下げた二人は、お城へ向かう二人が見えなくなるまで黙ってその後ろ姿を見送ったのだった。



「残念、いないんだって」

「だから言ったでしょう。紹介されて間が無いんだからお忙しいわよ」

 平然とそう言ったクラウディアは、包みを抱えなおして本部へ向かった。

「もう、素直じゃ無いんだから」

 呆れたようにそう呟いたニーカも、同じように重くなって来た包みを抱えなおして後を追った。


『お知らせお知らせ』

『お勤めお勤め』


 そんな彼女達を見たシルフ達は、嬉しそうにそう言ってくるりと回って消えてしまった。ロベリオ達に、二人が来た事を知らせに行ったのだった。




 一方、その日のレイは、朝からルークと一緒に城に向かい、竜騎士隊関係の部署を中心に挨拶回りに追われていた。

 ようやくそれが終わり、城の食堂で早めの昼食を食べていた時、ルークの前にシルフが座った。

「ん? どうした?」

『ロベリオです今大丈夫か?』

「大丈夫だよ。城の食堂で早めの食事中だ」

 パンを置いたルークが答える。こう言っておけば、内密の話ならそう言ってくれる。

『辺境伯と連絡が取れたぞ』

『今日の午後からなら大丈夫だとの事だよ』

『時間があるならいつでも訪ねてくれて構わないってさ』

「ああ、了解。それなら午後の最初に少し余裕があるので、先にそっちへ行く事にするよ」

『ではそう伝えておくよ』

「よろしくお願いしまーす」

 笑ったルークの声に、頷いて手を振ったシルフがいなくなる。

 黙って横でそれを見ていたレイは、嬉しそうに振り返ってルークを見た。

「わがまま言って、ごめ……申し訳ありません」

「良いって。せっかくだから、エケドラがどんな所か、気がすむまで聞くといい」

 何も言わなくても、ちゃんと分かってくれているルークに、レイは涙を堪えて頷いた。

「ありがとうルーク」

 黙って背中を力一杯叩かれて、今度は嬉しそうに悲鳴をあげて笑った。




 本部に到着した二人は、真っ直ぐにエイベル様の祭壇が祀られている部屋のある竜騎士隊の本部の中枢とも言える二階へ向かう。

 当然、階段の前にも見張り役の兵士が立っていて、ここでも身分証と許可証の確認が行われる。

 竜騎士本人が同行していれば、これらの手続きは一切必要無い。

 しかし、彼女達だけで竜騎士隊の本部に入るには、様々な場所で、こうして何度も身分の確認が行われているのだ。

 竜騎士隊の本部へ入る事の意味を分かっている彼女達も、毎回、嫌がりもせずに当然のように身分証の確認に応じているのだ。

 此処では、彼女達の持っている荷物の確認も行われる。

 一旦別室に通されて荷物の確認を受け、また許可証にサインをもらって二階へ上がった。

 そのまま二階にある祭壇へ向かった。



「ああ、ご苦労様」

 祭壇の前にはロベリオとユージンの二人が並んで蝋燭を祭壇にあげたところだった。

「ああごめん、今蝋燭をあげちゃったよ」

 申し訳無さそうなユージンの言葉に、ニーカは一礼して笑顔で首を振る。

「いえ、どうぞゆっくりお祈りなさってください。今日は燭台の交換作業があるので、準備に少し時間が掛かりますから」

 部屋の端に置かれた机に荷物を降ろしてそう言うと、伸び上がって包みを解く。クラウディアも持っていた包みも隣に置き、同じく包みを丁寧に解いた。

 興味津々で覗き込んでくる二人に、ニーカは燭台を取り出して金具を揃えながら、今日する作業を詳しく説明していたのだった。



「レイルズと会ったんだってね。ディレント公爵のお部屋で」

 ユージンの言葉に、同じく燭台を取り出して部品を確認していたクラウディアは、突然真っ赤になった。

 笑いを堪えたユージンに、俯いた顔を覗き込まれる。

「ルークと公爵も参加して、演奏会になったんだってね。良いなあ。俺も聴きたかった!」

「あ……はい、とても素敵な演奏会でした」

「今度、舞を舞う時は俺達も呼んで欲しいよな」

「確かに、是非お願いします」

 振り返ったロベリオにまでそんな事を言われてしまい、また真っ赤になるクラウディアだった。



 灯していた蝋燭が燃え尽きるまで待ち、二人は、襟の無い丸首を紐で縛る形になった、長袖で裾の長い真っ白な掃除用のスモックと呼ばれる服を巫女の服の上から羽織った。

 まずはニーカが前に進み出て、エイベルの像に祈りを捧げる。

 クラウディアもその後ろで、一緒に真剣に祈りを捧げた。

 それから、一旦エイベル様の足元に置かれている香炉や小さな花瓶を、部屋の端に置かれた机に下げる。

 それからもう一度祭壇に向かって、今から祭壇を掃除して綺麗にしますので、どうぞしばらくお待ちください。と言う意味の、古い言葉で綴られた短い祈りの言葉を唱えた。



 部屋の隅にいつも置いてある小さな踏み台を持って来て、それに乗ったニーカが、エイベル像の横に設けられた大きな燭台を、決められた手順でそっと外していく。

 小さな手一杯では掴みきれない程の大きな燭台を掴んだ細い腕が小さく震えているのを見て、ロベリオとユージンが横から手を伸ばして外した燭台を支えるのを手伝った。

「ありがとうございます」

 ロベリオから外した燭台を受け取ったクラウディアが、それを一旦足元の籠に入れて新しい燭台を渡す。

 また二人掛かりで差し込んだ燭台を支えて、お礼を言ったニーカが手早く金具を固定する。

 そうやって、全部で六台の燭台が新しい物に交換された。

 それが終わると、祭壇の周りとエイベル様の像を、それぞれ専用の羽ぼうきを使って煤汚れを落としていき、最後に煤の落ちた床を磨けば祭壇のお掃除は終了だ。

「手伝い頂き、本当に有難うございました。とても早く終われました」

 汚れた燭台は、専用の布で包んで持って帰り、また綺麗に磨き直さなければならない。丁寧に包みながらお礼を言う少女達を、ロベリオとユージンは嬉しそうに眺めていた。



 この後、綺麗に片付けを済ませた二人は、彼らと一緒にクロサイトのいる第二竜舎へクラウディアも一緒に連れて行ってもらった。

 もう、クラウディアも竜達を見ても圧倒される事はない。

 興味津々で首を伸ばしてくる竜達に笑い返して、楽しそうにクロサイトに抱きつくニーカを少し離れたところから見守っていた。

 それから、二人掛かりでクロサイトにブラシをかけてやり、大喜びしたクロサイトは終始ご機嫌でずっと上手になった喉を鳴らしていたのだった。



『ご苦労だな。今日はレイがいなくて残念だったな』

 ブラシを片付けて担当の兵士に渡したクラウディアは、戻る途中に突然目の前に現れたブルーのシルフに話し掛けられ、驚いて文字通り飛び上がった。

「ああ、ラピス様でいらっしゃいますね。失礼しました。あの……彼はお元気ですか?」

『もちろん。毎日挨拶回りばかりでヒーヒー言っておるぞ』

 肩を竦めて面白そうにそう言うシルフを見て、クラウディアも小さく笑った。

「きっと、彼にとっては大変な事もさぞ多いかと思います。私がお願いするような事ではありませんが、どうか、彼をよろしくお願いします」

 立ち上がって握った両手を額に当ててその場に跪いたクラウディアは、ブルーのシルフに向かって深々と頭を下げた。

『もちろんだとも。我は常に彼と共にある。立ちなさい愛しき巫女よ』

 突然跪いた彼女を、ニーカと一緒にいたロベリオ達は何事かと驚いて揃って振り返った。

「ああ、ラピスか」

「やっぱり気にしてるんだよな。彼女が来ると、毎回現れるよな」

「そりゃあそうだろう。大事な主の想い人なんだからさ」

 顔を見合わせた二人は、揃って小さく吹き出す。

「ディアも、もうちょっと素直になればいいと思うんだけどなあ。いつも私から誘わないと、絶対一緒に行くって言わないのよ」

「いっその事、二人で来る様にってヴィゴに頼んで決めて貰えば良いんじゃないか?」

「確かに、それなら彼女も堂々と来れるよな」

 驚いて振り返ったニーカを、ロベリオ達は揃って見つめた。

「だって、二人共、絶対自分の事を優先しないだろう? 有事の際ならいざ知らず。もうちょっと我儘になっても良いと思うんだよな」

「確かに、レイルズは特にそうだよな」

 頷き合った二人は、まずは毎回で無くても燭台の交換などの際には、彼女も一緒に来る様に計らってあげる事にした。

 今回は彼らがいたから手伝ってあげられたが、この作業はニーカひとりの手に余るのは、見ていて一目瞭然だった。それならば、彼女にも危ないから同行するように頼むのは自然な事だろう。



「この燭台の交換作業って、前回はどうしたんだい? 少し前にも燭台を交換してくれただろう?」

 ニーカが来る様になってから、エイベル様の祭壇はとても綺麗になったと喜んでいたが、こんな苦労をしていたのは知らなかったのだ。

「前回は、知らずに一人で交換作業をしてとても大変だったんです。その……もう少しで交換した燭台を落とすところだったんです。それで、帰って担当の方に相談して、次回からはディアにも一緒に行って貰うようにお願いしたんです」

「ああ、それなら俺達からも一言添えればすぐに通るな。じゃあヴィゴが戻ったら相談してみるよ」

「有難うございます。私も嬉しい」

 クロサイトに抱きつきながらそう言って笑う彼女は、とても幸せそうだった。



 彼女の周りでは、輪になったシルフ達が手を取り合ってクルクルとダンスを踊っているのだった。



 実は、挨拶回りを終えたレイルズが本部に戻って来るまで、彼女達を密かに引き留めているロベリオとユージンだった。

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