様々な考えと問題児達

「次に行くのが、城の第二部隊の統合事務所。通称特別事務所だよ。まあ、何か言われるかもしれないけど気にするな。こんな奴らもいるな、くらいに思っとけば良いよ」

 何やら妙な言い方が気にかかり、レイは不思議そうにルークを見た。

「何か言われるって、何を言われるんですか?」

 説明しようとしたが、そう簡単にまとめられる話では無い。

 どうしようかと考えたが、マイリーの言っていた予備知識無しに会わせる方が良いのだという言葉を思い出したルークは、小さく笑って首を振った。

「いや、何でもないよ。特別事務所にいる士官達は、ほぼ全員が生粋の貴族出身だからそのつもりで」

「ロベリオや、ユージンみたいに?」

「まあ……そうだね。それから、お前の友達のリンザスやヘルツァーみたいに伝統的に軍人の家系でない限り、大抵が軍人になるのは次男以降だよ」

「ヴィゴもそう言ってたね確か、三男だって」

「まあそうだな。彼の場合は地方貴族だからもっと切実だよ」

「え? どういう意味?」

「グラントリーから聞かなかったか? 城に直接勤めている貴族の場合、一つの家でいくつもの爵位を持っている事が多いんだよ。治めている領地に付いてくる爵位でね。だから父親が伯爵で長男が子爵とか普通にいるぞ。だけど、地方貴族の場合は住んでる土地がそのまま領地な訳で、当然それ以外には爵位も土地も無い。場合によっては貴族と言えどもそれほど裕福では無い事もある。そうなると、嫡男以外ははっきり言って家に居場所が無いわけだ。勿論、マイリーの所みたいに宝石鉱山でも持っていればまた別だろうけど、そうでなければ、三男以降は大抵は軍人になるね」

「次男は?」

「長男に万一の事があった場合、次男が家を継ぐことになるからね。補佐や共同経営といった形で家に残る事が多いんだよ。マイリーみたいに、次男で家が大金持ちなのに、王都で軍人になった方が珍しいと思うな」

「どうして、マイリーは軍人になったんだろうね」

 もしや、彼もタドラのように実家と仲が良く無いのだろうか。心配したが、レイの言葉にルークは笑って首を振った。

「大丈夫だよ、彼の実家との関係は良好だって。でも以前、俺も同じ事を思って飲んだ時に彼に聞いてみた事があるんだ。その時、マイリーはなんて言ったと思う?」

 笑いながらそう言われて、レイは考える。

「ええと、軍人になりたかった、とか?」

「惜しいな。自分は鉱山の経営には向いてないと思っていたらしい。実際の鉱山の現場で働く坑夫達や、採掘された原石を磨くドワーフ達を束ね、ドワーフ達が所属するギルドとの連携。当然、作った宝石を買ってくれる商人達の相手もしなきゃならない。苦労する父親や兄を見て、一生それで終わるのは絶対嫌だと思ったんだって」

 笑いながら話すルークのその内容に、レイも笑って納得した。

 商談をするマイリーはちょっと想像出来ない。愛想笑いとか絶対出来なさそうだ。



「だけど、今となっては竜騎士隊でやっている事ってそれ以上だよな。竜騎士隊内部での様々な計画と立案、現場での指示。主に戦闘後に行われるタガルノとの折衝。日常業務では、元老院の爺さん達や議会の貴族達との交渉と調整。手伝ってる今だから分かるよ。よくもあれだけの事を今まで一人でやっていたな。絶対おかしいって」

 具体的な事は分からなくても、詳しく習った今ならルークが言う内容も理解出来る。確かにそれらを全部一人でやっていたマイリーは、凄いを通り越して変だと思う。



「本音を言えば、生粋のオルダム出身の貴族であるロベリオかユージンに、マイリーの補佐をして貰いたいんだけどね。まあ、これははっきり言って向き不向きがあるからね。強制は出来ないって」

「ごめんなさい。聞いただけで僕にも無理っぽいです」

 あまりにも素直なその言葉に、ルークは不意を突かれて吹き出した。

「まあ、適材適所って言葉があるくらいで、一番適した仕事をしてもらった方が能率も良いんだよ。さて、レイルズ君は何処が適任なのかね?」

 その言葉に、レイはちょっと悲しくなった。

 同じ見習いでも、カウリは既に自分の立ち位置を見つけている。

 ヴィゴやマイリー、アルス皇子の後ろで、主に実際の事務関係や書類の作成などの補佐に、既に彼は無くてはならない存在になっているのだ。それに比べたら、自分はまだ全くと言って良いほど彼らに世話になるばかりで何も返せていない。

「うう、まだ分かりません……」

「期待してるよ」

 ルークはそう言って、からかうように笑って肩を竦めた。




 城に到着した二人は、係りの者にラプトルを預け統合事務所へ向かった。

「ご苦労様です。こちらへどうぞ」

 第二部隊の竜騎士担当の兵士が、二人を広い応接室に案内してくれる。

 そこには一人の士官が待っていてくれた。

「ああ、有難う。レイルズ、紹介するよ。ここで竜騎士隊関係の事務仕事をしてくれているレパード少佐。頼りになる方だから、しっかり挨拶しておけよ」

 最後は耳元で小さな声で言われて、頷いたレイは目の前のレパード少佐に向き直った。

「初めまして。レイルズ・グレアムと申します。竜騎士見習いとして勤めさせていただく事になりました。未熟者故、ご迷惑をかける事も多々有るかと思います。どうか、よろしく御指導をお願い致します」

 少しつっかえたが、教えられた通りに言う事が出来た。

「レパード・リヒターキットです。初めまして、レイルズ様」

 差し出された右手は柔らかかったが、見事なペンだこが出来ていた。

「で、どんな感じだ?」

「皆様、今のところはまだ様子見といった感じですね。カウリ様はまあ……正直申し上げて、お気の毒になる位に色々と言われていましたが、後で心配になってご本人に確認させて頂いたところ、途中から完全に聞き流していて全く聞いていなかったけど、あれは結局何が言いたかったんだと逆に聞かれましたよ。まあ、あのお方は社会的な経験も豊富ですから、それ程心配する事は無いようですね。勿論、何かあればすぐに対応します。レイルズ様の場合、正直に申し上げると私も向こうの出方が読めません。後見人に王妃様がなられた事で、彼らの考えもかなり変わっているようですね。お披露目の夜会以降、明らかに反応が変わっていますから」

「やっぱりそうだよな。マティルダ様の効果は大きいよ」

 満足そうに笑うルークを、レイは首を傾げて見ていた。

 今の話は自分の事なのだろうけれど、さっぱり話が読めない。



「えっと、ねえルーク。何の話なのそれ」

「なんでも無い。まあ、お前はそのままで良いよ。それで、何処から攻めるんだい?」

 笑って首を振ったルークは、そう言ってレパードを振り返った。

「まずは、ポルト大佐からお願いします」

「やっぱりそこからだよな。事務方の御大将だもんな。よし、行こうか」

 最後はレイルズを振り返ってそう言うと、ルークとレパードは立ち上がった。

 てっきり、ここで面会するのだと思っていたが、どうやら違うみたいだ。慌てて二人の後について行った。



 広い廊下の両側に、竜騎士隊の本部にあるように両方にいくつも扉が並んでいる。開いたままの大きな扉もあれば、閉まっている小さな扉もある。兵士が扉の前で番をしている部屋の中には偉い人がいるのだろう。その程度の事はレイにも想像出来た。

 その中の一つ、両開きの大きな扉の前でルークが立ち止まった。

「まずここが統合事務所の実務の一番偉い人だよ。軍ではポルト大佐。アズレア侯爵家の三男だよ。ポルト大佐は子爵の位をお持ちだが、大佐と呼ばれる方が良いそうだよ」

 レパードが扉をノックするのを、レイは小さく唾を飲み込んで見ていた。



 ケレス学院長並みに横幅を取ったポルト大佐との挨拶を終えた後は、レパードに言われるままに次々と部屋を訪ねて回った。確かに挨拶程度の時間しか無く、正直言って殆ど何の話も出来なかった。

 不安もあったが皆笑顔で挨拶してくれ、特に何か問題がある様には思えなかった。

 かなりの部屋を周りもう何人に挨拶をしたのかすら定かではなくなった頃、一旦休憩だと言って先ほどの応接室へ戻って来た。

「お疲れさん。まあここ迄はどちらかと言うと、竜騎士隊に好意的な方々なんだよな。そして此処からが色々と有る方々なんだよ。まあ、どうなるかはそれこそ精霊王のみぞ知るってやつだな」

 苦笑いするルークの言葉に、もう少しで終わりだと思っていたレイは、無言でクッションに顔を埋めたのだった。




 一方、ルーク達が密かに嫌い、今回の面接でも問題視されている人物の内の一人が事務所に戻って来ていた。

 今日、レイが統合本部へ挨拶に来る事を知っていながら今まで戻って来ていなかったのは、明らかに態とだ。

 彼が与えられた部屋に入ると、そこには同僚の友人達が既に勢揃いしていた。



「おかえり、残念ながらまだ御一行は回って来ていないよ。我々は後回しでも良いと思っているらしい」

 隣に座った同じ年頃の青年が顔を上げた。

「どうせあの、スラム出身の入れ知恵だろうさ。しかし、古竜の主には、王妃様の名に恥じぬ竜騎士になって貰わなくてはならない。こちらの陣営に取り込むべきだという意見も分かるよ」

「確かに。しかし、生まれも育ちも卑しい身分の者をなあ……」

「まあ、そこは会ってみて考えようじゃないか。どうしようもない愚か者なら、スラム出身と同じ様に適当に相手をすればいいだけの事だ」

「そうだな。待たせるつもりでゆっくり戻って来たのに、待たされるとは心外だよ」



 態とらしくため息を吐いたその彼らは、以前、レイが花祭りの時にクラウディアに竜騎士の花束を渡した際、密かに彼らを見て、巫女に恋する彼の事を嘲笑った青年将校達だったのだ。

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