最強なのは誰?

 カナエ草のお茶とクリームがたっぷり飾られたベリーのタルトを食べて元気になったレイは、ルークに促されて次の訪問先へ行く為に立ち上がった。

 レパードが背中のシワと剣帯の歪みを直してくれたので、お礼を言ってルークの横に並ぶ。

「それじゃあ次に行くか。まあ、もし何か言われても聞き流しとけ」

 苦笑いしているルークの言葉に、よく分からないが黙って頷いた。


『大丈夫だよ』

『何かあったら私達が教えてあげるからね』


 目の前にニコスのシルフ達が現れて手を振ってくれたのを見て、レイは笑顔になった。

「うん、よろしくね。頼りにしているよ」


『我らもいるよ』

『悪しき者は近付けぬようにするから安心するが良い』


 ペンダントから光の精霊までが現れてそう言ってくれたので、レイはもう、すっかり安心していた。

 光の精霊が見えるようになったルークは、その言葉を横で聞いていて驚いたように光の精霊を覗き込んだ。

「なあウィスプ。それって、どういう意味だ? 悪しき者って?」


『闇の眷属に支配されている者の事だよ白竜の主よ』

『未だに時折闇の気配が影を残す』

『それが影の欠片なのか存在自体なのかは判らぬ』

『故に我らは主様を守る』

『守るのだ』


 その言葉に、ルークは納得して頷いた。

「成る程、それは是非ともお願いするよ。万一何か分かったら、是非俺にも教えておくれ」


『もちろんだよ』

『だから安心して挨拶すると良い』

『だけど我らに出来るのはそこまで』

『普通に性格が悪い奴らの事までは知らぬ』

『それは人の都合』

『それは其方が頑張ってくれねばならぬ』

『我らは知らぬ』


 光の精霊達の後半の言葉に、ルークは堪える間も無く吹き出してしまった。

「た、確かにそれは無理だな。もちろん君達にそこまでは求めないよ。それはこっちでするからどうぞご心配無く」

 光の精霊達の話を聞いたレイも、ルークの横で同じように吹き出して笑っていた。

 何事かと部屋を出たところで立ち止まって振り返るレパードに、レイは笑いを堪えて今の光の精霊達の言った内容を説明した。

「おお、ルーク様だけで無く、レイルズ様も光の精霊が見えるのですね、それは素晴らしい。しかも頼もしいお言葉では有りませんか。我らにはそれらを見分ける事が出来ませんが、万一何らかの術中にはまったものがいれば、光の精霊達には即座に判るという事でよろしいんですよね?」

 レイの周りにいる光の精霊達は、レパードの言葉に頷いている。

「それで間違ってないって」

「まあ、ただの人間のする事であれば、対応は我らの仕事ですからね。精霊の皆様の手を煩わせる事はありませんよ」

 レパードの嬉しそうな言葉に、ルークも笑って頷いていた。

「じゃあ、万一の場合は彼らに任せる事にして、我々は自分達の仕事をするとしようか」

 レイの背中を叩いたルークは、肩を竦めて廊下を歩いて目的の部屋の前で立ち止まった。




「初めまして。レイルズ・グレアムと申します。竜騎士見習いとして勤めさせていただく事になりました。未熟者故ご迷惑をかける事も多々あるかと思います。どうかよろしく御指導をお願い致します」

 教えられた挨拶をしたが、今までのように返答が無い。

 顔を下げたまま相手の反応を待つ。

「へえ、これで十六だって?」

 背後にいた青年将校の一人が、呆れたように小さな声で呟くのが聞こえた。

「フォルカ・グレアムだよ。よろしく、古竜の主」

 第二の名前が同じ人に会ったのは初めてだ。嬉しくなって顔を上げると、自分を覗き込む合計四人の人達と目が合った。

「キルクルスだよ、よろしく」

「グレックだ。よろしく」

「リスティヒだよ、よろしく」

 順に差し出された手を握る。

 全員、腰にごく細い拵えの中剣を差しているが、握った右手は柔らかい女性のような綺麗な手をしていた。しかし、レパードのようなペンだこも見当たらなかった。彼らはどんな仕事をしているのだろう。



 最初に挨拶をした、レイと同じ第二の名前を持つフォルカが口元に手を持って行き、誤魔化すように咳払いをする。

 驚いたようにルークが彼を見る。

 しかし、フォルカはルークに見向きもせず、もう一度レイの顔を覗き込んでこう言ったのだ。



「その赤毛。お前もしかして……あの時の騎士見習いか?」



 言葉の意味が分からず、レイは不思議そうに彼を見返す。

「花祭りの時に、巫女とそれからガンディ殿と一緒にいたろう? それで……」

 そこまで聞いた瞬間、レイは耳まで真っ赤になった。

 それを見た後ろの三人が、堪えきれずに口元を押さえて笑いだした。

「ああ、あの時のね」

「確かにあんな赤毛だったな」

「言われてみれば確かにそうだ」

 面白がるように何度も頷いてそう言っているのを聞き、更に首まで真っ赤になった。もう見えるところは全部真っ赤になっている。

「え、えっと……」

 見事なまでに真っ赤になって慌てふためくレイルズを見て、フォルカは鼻で笑った。

「成る程ね。そりゃあ大変だ」

 その言葉は、完全に馬鹿にして面白がるそれで、パニックになるレイを見て楽しんでいるのは明らかだった。



 しかし、レイにはそれが分からない。

 ニコスのシルフ達も、何か言いたげだったが今はまだ、黙って成り行きを見ているだけだ。



 見かねたルークが口を出そうとした時、目を輝かせてレイが口を開いた。

「あの! あの時の僕はもう、花束を取って彼女に渡す事に夢中で、周りなんて全く見ていませんでした。気がつかなくてごめんなさい。あ、違うや。えっと、申し訳ありません! 彼女に花束を受け取ってもらえてすごく嬉しかったんです。まさか、それを見てくれていた方がいたなんて、嬉しいです。ありがとうございます!」

 あまりにも無邪気なその言葉に、その場にいたレイ以外の全員が同時に吹き出す。

「お前……そこは礼を言うところじゃ無えよ」

 ルークの小さなその呟きは、残念ながらレイの耳には届かなかった。



「お前、巫女に恋する事がどういう意味だか知ってるんだろうな?」

 不思議そうに目を瞬かせるレイを見て、態とらしくため息を吐いたフォルカはこれまた態とらしく口を開いた。

「女神の神殿の巫女に恋をする事は、実らぬ恋の代名詞って言われているんだよ」

「実らぬ……恋?」

「そうさ。女神の神殿の巫女は恋する事を禁じられているわけじゃ無いが、還俗までする者はごく稀だからな。分かるか? 女神の巫女に恋をしてもその先は無いよ。適当なところでやめておけ」

「そ、そんなの分かりません! それに、僕は彼女が好きなんです。適当だなんて言わないでください。先の事なんて僕には分かりません。そんなの……それこそ精霊王にしか分かりません。分からない先の事で、今を諦めるなんて、しちゃ駄目なんだよ」



 真っ赤になりつつも必死になって真面目に答えるレイを見て、四人は呆気に取られた。



「これはまた、凄いのが来たな」

「だな、これはちょっと……」

「へえ、そう来るか」

 背後の三人が好き勝手言うのを聞いて、フォルカは呆れたようにルークを見た。

「なあ、こいつっていつもこうなのか?」

「ええ、フォルカ様、だいたいいつもこんな感じです」

 ニンマリ笑ったルークが、平然と答える。

「成る程ねえ、これが竜騎士になるって? これは将来が楽しみだな」

 笑顔で答えるが、二人の目は全く笑っていない。

「その辺りは、私も実は憂慮しているんです。何かご迷惑をおかけする事があるやも知れません。その際には、どうぞ厳しく御指導頂きますようお願い申し上げます」

 態とらしくそう言って頭を下げるルークを見て、フォルカは鼻で笑った。

「そうだな。機会が有れば色々教えてやらなくも無いよ」

「よろしくお願いします!」

 彼らの言葉の裏を全く理解していないレイが、目を輝かせてフォルカを見る。



 また背後の三人が揃って吹き出す音が聞こえた。



 呆れたように鼻で笑ったフォルカは、もう彼らに興味を無くしたようで、ルークに向かって軽く手で払うような仕草をしてソファーへ戻った。

「ではこれにて失礼します。今後共どうぞよろしくお願いします」

 竜騎士であるルーク相手に明らかに失礼な態度だが、ルークは怒ることもせずに平然とそう言って軽く一礼して、よく分かっていないレイの背中を軽く叩いて部屋を出て行こうとした。



「もう、婦人会の会合には出たのか?」

 背後にいた黒髪のグレックが、出て行こうとするルークの背中に声を掛ける。

「今夜、夕食会にお誘い頂いております」

 振り返ったルークが答えると、グレックだけでなく四人全員が態とらしくまた馬鹿にしたように笑った。

「せいぜい魔女達に吸い付くされないようにな。巫女との恋なんて知られたら、そいつなんて寄ってたかって吸い尽くされて骨の欠片も残らないんじゃないか?」

「確かに。魔女達は恋の話が好物だからな」

「実地訓練させてもらえるんじゃないか? 今なら選り取り見取りだぞ」

「違いない」

「気が付いたら、年上のご婦人に乗っかられてそうだよな」

 馬鹿にするようなその言い方と内容に、後ろで控えていたレパードは眉をひそめる。

「実地訓練って?」

 不思議そうなレイの言葉に、またしても四人が笑う。

「恋の先に何があるか知ってるかい? 坊や」

 フォルカの意味深な言葉に、ようやく自分が揶揄からかわれているのだと気付いたレイは、ちょっと考えてとんでもない事を言ったのだ。



「あ、それなら大丈夫です! ちゃんと経験してますから!」



 レイの背後で、ルークがものすごい音を立てて吹き出し、直後に、どうなる事かと心配して見ていたレパードも、吹き出しかけて必死で誤魔化すように口元に手をやって咳き込んだ。



「ほらもう行くぞ。では御機嫌よう」

 レイの襟首を遠慮無くひっ掴んだルークは改めて一礼すると、呆気に取られて言葉も無い彼らを置いてもう振り返りもせずにさっさと部屋を出て行ったのだった。



「おいおい……」

「どうなってるんだよ……」

 まだ呆然と、閉まった扉を見ている彼らの頭上では、ブルーのシルフが嫌そうにそんな彼らを睨みつけていた。




 一方、廊下に出てしばらく歩いてから立ち止まったルークは、その時になってようやく摑んでいたレイの襟首を離した。

「もう、何するんだよルーク。首が絞まっちゃいます」

 襟元を引っ張って服を整えたレイは、笑いを堪えるルークを見た。

「どうしたの?ルーク」

 その瞬間、ルークはしゃがみ込んで火がついたように笑いだした。

「お、お前っ、あいつらに、何、言ったん、だよ。意味分かって、言って、る、のか?」

 笑いの合間に、必死になって言葉を紡ぐ。

 それを聞いたレイは、首を傾げて少し考えてから答えた。

「え?恋の先って……キスの事でしょう?」

 無邪気なその答えに、ルークだけでなくレパードまでがその場に撃沈したのだった。

 廊下でしゃがみ込んで笑い転げるルーク達を、周りにいた人達は、驚いたように見つつも皆知らんふりで通り過ぎていくのだった。



『さてこの場の勝者は誰かな?』

『そんなの決まってる』

『主様は最強だね』

『最高だね』

『全くだな。奴らの顔を見たか? 中々に笑わせてもらったな』


 ブルーのシルフの言葉に、ニコスのシルフ達も笑いながら何度も頷いているのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る