女性の立場と勉強について
「他には? 他にはどんな本を読んでおられるんですか?」
目を輝かせるシュクレにそう尋ねられて、レイは今までの読んだ本の題名を一生懸命思い出して指を折りながら読み上げていたのだった。
自分も読書好きなシュクレはレイの読んだ本は殆ど読んでいたのだが、唯一全く知らなかった分野だったのが星系信仰に関する本と天文学関係の本だった。
「レイルズ様は天文学を学んでおられるんですね。凄いですわ。私にはそんな難しい事は分からないけれど、それならお勧めの本がありますわ」
嬉しそうに胸元で両手を握ってそう言ったシュクレは、キシルア伯爵夫人を振り返った。
「ねえ、母上。ちょっと書斎へ行って、本を取ってきても良くって?」
「ええ、構わないわよ、すぐに戻ってらっしゃいね」
母に許可を貰い、執事と一緒に一礼して部屋を出て行くシュクレを見送り、レイはちょっと照れたようにルークを振り返って笑った。
「何の本だろうね?」
もう一人のティンプルは、笑ってルークと何か話していたが、そんなレイを見てまた笑っている。
「えっと、ティンプルは本は読まないんですか?」
何となく話題が途切れてしまい、単なる思いつきで聞いたのだが、ティンプルは誤魔化すように笑って首を振った。
「もちろん読みますわ。でもシュクレに比べたら大した事は無いと思います。 これだけがあの子と私で意見が違う所なんです。あ、でも、もう一人の英雄の生涯は確かに面白かったですわ」
隣ではルークもそれを聞いて笑っている。
「ねえ、ティンプル。寝る時にベッドにまで本を持ち込むって聞いてるけど、それでもそれ程じゃない?」
「シュクレに比べたら、大した事ない!ですわ」
平然とそう答える彼女に、ルークはまた笑った。
「比べる相手が彼女だったら、レイルズだって大した事ないになると思うけどなあ」
「そんなの知りません!」
笑って耳を塞ぐティンプルを見て、レイはなんとなく分かった。
要するに、彼女達は二人共本好きなのだろう。
だが、堂々と本が好きだと言うシュクレに対して、ティンプルの方は、あまりそれを言いたがらないみたいに感じるがどうしてなのだろう。
「どうして? 本好きは駄目なの?」
思わず小さな声でルークに聞いてみたが、彼女にもその声は聞こえてしまったようだ。
「お祖母様が、私達が本好きだって事に昔からあまり良いお顔をなさらないの。女の子は本なんかより行儀作法やダンス、刺繍や音楽をしなさいっていつも仰るわ。もちろんそれらだって疎かにした事は一度だって無いのに」
しょんぼりとそう言う彼女を、キシルア夫人は困ったように黙って見ている。
驚くレイに、ティンプルは先程のシュクレと同じように胸元で両手を握ってこっちを向いた。
「ねえ、レイルズ様も本好きな女性は生意気だって、そう思われますか?」
「いいえ! 全然! 全く! 一欠片もそんな事思いません! 一緒に好きな本の話が出来て僕は嬉しいです。えっと、どうして? どうしてそんな風に、生意気だなんて話になるんですか?」
無邪気な叫びに苦笑いしたルークが、レイの背中を叩いた。
「今の陛下は、女性にも教育を受けさせるべきだって仰って、精霊魔法訓練所や精霊魔法学院。それに国立の大学も、女性に門戸を広げているよ。だけどそうだね。ほんの三十年くらい前まではそうじゃなかったんだ。女性が精霊魔法を使ったりそれを勉強したり、ましてや大学に行くなんて、はしたない事だったんだよ」
「はしたない?」
慎みが無いとか、品が無いなどと言う意味だと本で読んだ覚えがあるが、何故、女性が勉強したり大学に行く事がはしたないのか、レイには全く分からなかった。
「えっと……どうして? 何が、はしたないの?」
「まあ、女性は結婚したら普通は家にいることになるからね。男性と違って家にいるだけの女性に、社交会で必要な行儀作法やダンス、お針や音楽以外の事は必要無いって考える人もいるんだよ。特に年齢の高い人に、その傾向は顕著だね。まあ、例外的に女性でも比較的行けたのが大学なら薬学部くらいかな。多分ガンディのお陰で、女性に門戸を広げたのは他よりも早かったんだ。だからファンラーゼンでは地方でも女性の医者や薬師が多いんだよ。でも、他の国ではまだまだだね」
「知識と技術は邪魔にならないんだから、機会があるなら覚えておいて損は無いと思うんだけどなあ。知識や技術の習得に、男性か女性かなんて関係ないでしょう? そりゃあ、女性に無理な力仕事をさせようなんて思わないけどさ」
「例えば?」
「えっと……あ、例えば、ロッカの工房みたいに、大型のハンマーを持ってミスリルを打つのは、いくら鍛えたとしても大抵の女性には無理だと思うよ、それは身体的に男性の方が女性よりもはるかに力があるからであって、そういうのは、出来る人がやれば良いだけの事でしょう? あ、細工物なんかだったら充分女性でも出来ると思うけどね」
「まあまあ、レイルズ様は随分と先進的なお考えの方なんですね。嬉しいですわ」
キシルア夫人に嬉しそうにそう言われて、レイは意味が分からなくて目を瞬いた。
「えっと……?」
その時、分厚い本を抱えたシュクレが執事と一緒に戻って来てこの話はそのままになってしまった。
「これですわ、レイルズ様。星の神話と神々の誕生」
分厚い本を受け取ったレイは表紙を見て満面の笑みになった。
「あ、この本ってお城の図書館で見つけて、いつか読もうと思っていた本です。この内容って星系信仰が元になっているんですよ。シュクレはもう読まれたんですか?」
「ええ、少し難しかったですけれど、とても面白かったですわ。じゃあ私、天文学の本は無理だけど、今度図書館へ行ったら、星系信仰に関する本を探してみます」
それを聞いたレイは、以前、天文学を全く知らない人に教えるにはどうすれば良いかを考えていたのを思い出し、彼女にその時に考えた説明をしてみる事にした。
夜空に見える月の満ち欠けの秘密。実はその月が、自ら回りながら自分達の世界の上を定期的に回っている事。北に北極星と呼ばれる一年を通して動かない星がある事。季節によって、夜空に見える星が全く変わる事などを、出来るだけ専門用語や計算を使わずに、優しい言葉で説明した。
最初、聞いていたのはシュクレだけだったのだが、気がつけばティンプルやキシルア夫人だけでなく、ルークまでが興味津々で熱心に話を聞いていたのだった。
「すごいですわ、レイルズ様。ちょっと天文学の初心者向けの本を読んでみたくなりました」
「私も! 今度図書館へ行ったら司書の方に聞いてみます」
目を輝かせる二人に、レイも自分の拙い説明で天文学の面白さを少しでも伝えられた事が嬉しくて、頬を紅潮させて揃って笑顔になるのだった。
満面の笑みの少女達とキシルア夫人に見送られて伯爵邸を辞したレイ達は、本日最後の目的地へ向かいながら何となく無言だった。
「さっき途中で話が終わっちゃったけど、女性が勉強するのって駄目なの?」
小さな声でルークに質問すると、ルークは肩を竦めて首を振った。
「駄目な訳無いよ。だけど、女性は男性の後ろに黙って控えてろって考える人は多いよ。まあ、今は少なくなって来たけど、こういう考えはそう簡単には変わらないからね」
納得出来なくて大きなため息を吐いた時、目の前にニコスのシルフが現れた。
『キシルア夫人は、あなたが機会があれば女性も教育を受ければいいって言ったのを聞いて喜ばれたの』
『まだ女性には教育なんて必要無いって考えている人は貴族の人には大勢いる』
『だけど、夫人のように、出来るのなら女性だって好きに勉強すれば良いって考える人も増えているの』
『だけどいざ学ぼうとすると、生意気だとかはしたないっていう人が必ずと言っていいほどいるの』
『でも、あなたはそうじゃ無いって知ったから』
『だから、夫人は喜ばれたのよ』
目の前にニコスのシルフが現れて、詳しい話を教えてくれた。
「そんなあ。だって、女性にだって優秀な人はいるでしょう?」
「同意しかないね。だけど、女性に命令される事をよしとしない奴は軍部にだって大勢いるよ」
レイの独り言に、ルークが反応する。
「ええ、そんなの人の半分は女性なんだから、そんな事言ってたら色んな事が出来なくなっちゃうよ」
言い返すレイに、ルークは何度も頷いている。
「まあ、世間にはそんな考えの人も大勢いるって覚えておいてくれれば今はそれで良いよ。もしも、女性がそんな奴に苛められていたら、守ってやっておくれ」
その言葉に無邪気に返事をするレイに、苦笑いするしかないルークだった。
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