色んな考え方
あの少女の事を伯爵にお願いしたルークとレイは、それぞれのラプトルに乗り護衛の者達と共に伯爵夫妻が見送る中、伯爵邸を後にした。
しかし、角を曲がって少しするとルークは突然ラプトルを止めて大きなため息を吐き右手で口元を覆った。
護衛の者達は少し離れたところでそれを見て止まっている。
「ああ、驚いた。まさか伯爵が俺達に何かするとは思っていなかったから、無届けの精霊使いが控えの間にいるとシルフ達に言われた時は、正直言って生きた心地がしなかったよ。絶対寿命が縮んだぞ、これ」
「えっと……」
しかし、レイが質問しようとしたのを、ルークは苦笑いして手を上げて止めた。
「まあ、この件は一段落したら、詳しい裏の話も含めてしてあげるよ。その前に、マイリーに報告するからちょっと待ってくれるか」
「分かりました。お仕事してください」
大人しく口を噤んだレイを見て、ルークは小さく笑った。
そのままルークは上を見て、頭上にいるシルフに話し掛けた。
「ちょっと内緒の話をしたいから結界を張ってくれるか。ああ、レイルズには聞かせても構わないぞ」
頷いたシルフ達が四人同時に手を叩く。
今のレイには分かる。これはルークが何もない空間にいとも容易く結界を張ったのだ。これは精霊魔法の中でも簡単な技ではない。
「シルフ、マイリーを呼んでくれるか」
頷いたシルフの横に、何人ものシルフが現れてラプトルの頭に並んで座る。
『マイリーだどうした?』
「お忙しいのに申し訳ありません、さすがに看過出来ない問題です。ボナギル伯爵邸で精霊使いの雛を発見しました。伯爵邸にいた見習いのメイドで十三歳の未成年だそうです。しかし、ラピスもかなりの力を感じると言っていました。第四部隊のダスティン少佐と連絡を取り適性の確認とその後の処理は一任しました。いやあ、シルフに、控えの間に声の聞こえる主人がいると言われた時には、正直言って生きた心地がしなかったですよ」
『それはまた……災難だったな』
からかうような言葉の後、小さく笑ったルークは、マイリーに彼女を発見した時の事を詳しく説明していた。
その様子を黙って聞いていたが我慢出来なくなって、レイは自分の右肩に座っているブルーのシルフに聞いてみる事にした。
「ねえブルー、ルークはさっきから何度も生きた心地がしなかったって言っているけど、どうしてそんなに驚いたの?」
レイにしてみれば、少ないのだと言う精霊使いが新たに一人発見されたのだから、良い事だと思うのだが違うのだろうか?
それに、先程のルークはとても怖かった。
伯爵自慢の書斎を見せてくれると言われ、本好きのレイは喜んで席を立ったのだ。ルークも笑って席を立ち、二人は外していたミスリルの剣を剣帯に装着して、さあ部屋を出ようとしたところにあの小さなシルフが現れたのだ。
あの時のルークは、本気で伯爵を警戒していた。
恐らく武術の基礎も知らないであろう伯爵と、剣を持ったルークなら勝負は一瞬だったろう。それなのに、ルークの方が生きた心地がしなかったと言う。
マイリーまでが、それを災難だったと言っていた。レイにはその意味が解らなかったのだ。
『まあそれは当然だろう。我も驚いたよ』
苦笑いするようなブルーの言葉に、レイはちょっと考えた。
「えっと、それはつまり……知らない精霊使いが控えの間に勝手にいたからって事だよね?」
『ああ、そうだ。だが、何故それが怖いか分かるか?」
面白がるようなブルーの声に、レイはまた考える。
「えっと……もしかしたら、知らない間に、精霊魔法で攻撃されていたかもしれないって事?」
『まあそれもあるな。しかし、レイもあのオパールの主もそこらの精霊使い程度では、直接攻撃したところで傷一つつけられんだろうがな』
「だったらどうして?」
確かに竜騎士は皆、相当上位の精霊使いなのだと聞いた。それなら、そんなに怖がる必要は無さそうなのに。
『一番危険なのは、精霊使いを通じて情報が漏れる事。例えば、其方達の居場所や予定を知られて刺客に出先で待ち伏せされる事だな。それ以外にも、何らかの呪をかけられてしまう可能性もあるな。竜の主にはその竜の守護があるから直接的な事は出来なくても、例えば馬車に何らかの細工をして事故を起こさせたり、騎竜に呪をかける方法もあるぞ』
それを聞いたレイは、思わず今自分が乗っているゼクスを見た。
「えっと……」
しかし、ブルーのシルフはそんなレイを見て笑って頷いた。
『大丈夫だ。其方の安全は我が保証するぞ』
自信ありげなその様子に、レイも笑った。
「ありがとうね、ブルー」
ブルーのシルフにキスをすると、マイリーとの話の終わったルークを見た。
「お待たせ。じゃあ次へ行こうか」
レイの右肩に座ったブルーのシルフが大きく頷くのを見て、ルークも小さく頷いた。
ゆっくりとラプトルを進ませると、離れたところで待っていた護衛の兵士達もすぐ後ろについた。
「ねえルーク、ちょっと聞いてもいいですか?」
小さな声でそう尋ねる。
「ああ、構わないよ。まあ、ここで答えられるかどうかは分からないけどな」
「竜騎士って、誰かから命を狙われたりするの?」
その質問に、ルークは咄嗟にラプトルの手綱を引いて止まった。
驚いたように護衛の兵士達もすぐに止まる。
目を見開いたルークは、呆れたようにレイの右肩に座っているブルーのシルフを見た。
「大胆な質問だなあ。ラピス、レイルズに一体何を言ったんだよ」
『其方がなぜあれほどに警戒したのか分からぬと言うから、少しだけ説明してやったまで』
「それでその質問かよ。まあ間違ってはいないけど、ちょっと話が極端だぞ」
鼻で笑ったブルーのシルフに、ルークはもう一度大きなため息を吐いた。そしてゆっくりとラプトルを歩かせ始める。レイもそれに続いた。
「まあ、俺達はいつも言っているように目立つ存在だよ、何処にいても注目されるし、何かしたらそれが話題にもなる」
散々聞かされたしレイ自身も何度も体験しているので、その言葉には素直に頷く。
「だけど、目立つって事だけで俺達が気に食わない人だっているんだよ」
「目立ちたくて目立ってるんじゃないよ!」
その叫びにルークが笑う。
「うん、全面的に同意しかないけどさ。相手はそうは思ってくれないぞ」
笑ったルークにそう言われて、レイは困ってしまった。
「まあ、そのうち嫌でもそう言った人とも会わなければならないようになるさ。これも経験だよ」
「つまり、僕達のことを嫌っている人って事?」
「嫌ってるってか……まあ、そうだな。竜騎士隊の存在自体が目障りだって思ってる人はいるよ」
「そんなあ……」
「きっと、レイルズ君の事も嫌う人がいるぞ。さあ、どうする?」
面白がるようなその言い方に、レイは分かりやすく口を尖らせて膨れた。
「ルークは僕を何だと思ってるんだよ。そりゃあ僕だって、この世の全ての人と仲良くなれるなんて思ってないよ」
思わぬ真剣な声に、ルークはからかうのをやめた。
「へえ、お前ならそれくらいの事思ってそうなのに」
「無茶言わないでよ。そんなの僕にも無理だよ」
「じゃあどうする?」
「そんなの分からないよ。だけど僕、オルダムへ来て分かった事があるよ」
「へえ、それ聞かせてくれるか?」
優しいルークの声に、レイは小さく頷いて空を見上げた。
「僕、ここに来るまで正しい事は一つだと思ってた。正しい事は皆正しいって思うんだって。だけど、そうじゃない事がたくさんあった。立場によって考え方は全く変わる。真逆の事でも、それぞれの立場で見ればどれも正しくって正義なんだってね」
「正しいって事の定義をどこに持って来るかで、確かに全く変わるね」
「うん、だから思ったんだ。色んな人がいて色んな考え方があって、だからこそ出来る事もあるし、出来ない事だってあるんだって。皇王様と元老院の人や議会の人達が皆揃ってお話をするのは、要するに違う皆の考えを、えっと……そう、統一するためでしょう?」
「おお、凄いところに話が行ったな。そうだよ。話し合うって事は大事だぞ」
「だからね。もしも僕の事を嫌ったり嫌だって思う人がいれば、出来れば話をしたいと思う。どうしてそう思うのか、どうすれば嫌じゃなくなるのかね」
自分の事を嫌がる人と話をしたいと言うレイを、ルークは苦笑いしながら聞いていた。
一方的な思い込みや自分勝手な考えで自分達竜騎士を見る人がいる事を、ルークはよく知っている。いずれそんな人ともレイだってやっていかなければならないのだ。
しかし、今のレイはまだまだそんな考えとは程遠いところにいるようだった。
「まあ、何か事が起こった時にまた教えてやるよ、こればっかりは正直言って相手があっての事だからさ」
もう何度目か分からないため息を吐いたルークの言葉に、レイも小さく笑って頷いた。
「きっとその時は泣きつきに行くと思うので、よろしくご指導下さい。お願いします」
「まあ頑張れ。しかしその前にそろそろ次の訪問先に到着するぞ」
「うう、そっちの方が大問題かも……」
あまりの情けない言い方に、ルークは堪える間も無く吹き出すのだった。
『レイはもう、自分がすべき事が見えているようだな』
『とても楽しみだわ』
『きっと新しい風を起こしてくれるでしょうね』
『ああ、そうだな。我も楽しみだ』
少し離れた木の上に座ったブルーのシルフとニコスのシルフ達は、ルークとレイの話を聞きながら、満足そうにそれぞれ頷いていたのだった。
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