離宮にて

「会いたかったよ。ブルー」

 差し出された大きな頭に抱きついてキスを贈るレイを、追いついたマークとキムは、苦笑いしながらも、レイの気がすむまで寒い中を待っていてくれた。



「えへへ、放ったらかしにしてごめんね」

 ようやく我に返ったレイが、照れくさそうにブルーから離れてマーク達の所へ戻って来た。

 その時にはもう、離宮から出て来た執事達の手によって、騎竜は厩舎に連れて行かれていた。

「暖かいお茶をご用意しておりますので、どうぞ中へ」

 遠慮がちな執事の声に頷き、三人はひとまずブルーに挨拶をしてから屋敷の中へ入って行った。



「うわあ、ここは初めて来るけど、すっげえな」

「うう、本当に俺達なんかが入って良い所なのかよ」

 通された応接室の豪華さに、早速緊張して固まる二人だった。

 用意された椅子に座った三人に手早くカナエ草のお茶が入れられ、ドライフルーツとナッツのたっぷり入ったバターケーキが置かれた。

「こちらのケーキは、ルーク様からの差し入れの品でございます」

「ルークが?」

「はい、ルーク様は、毎年この時期になるとあちこちに焼き菓子の差し入れをなさっておられます。これは、ルーク様が支援しておられるハイラントにある職業訓練所の生徒達の作品で、中に入っているドライフルーツは、年が明けてすぐにお酒に漬けたものだそうで、それをそのまま一年間漬け込んでその年の年末に焼くのだそうです」

「そっか、ルークがそれを買い取ってるんだね」

「このケーキは綺麗な缶に入っているのですが、これも訓練所の作品だそうですよ」

 別の執事がワゴンに置かれた缶を見せてくれたが、蓋の部分には立体の模様があってとても綺麗だ。

「ええ、これってどうやって作っているんだろう?」

 蓋を手にしたレイの言葉に、手を伸ばしてその蓋を受け取って見たキムが、納得したように説明してくれた。

「ああ、それならこんなに大きくは無いけれど、同じようなのがこの時期になると街のお菓子屋でも売っているよ。なんでも平らな金属製の板の裏側から、先の丸くなった金槌の小さいので絵を描いた部分をコンコン叩いて、伸ばしてその立体感を浮き立たせるんだって。凄いよな」

「へえ、凄いや。たしかに手が込んでるね。この缶は食べ終わったらどうするの?」

「そうですね。他のお菓子を保存するのに使ったりしますね。この缶はとても出来が良いので、中のお菓子が湿気ないんです」

「ああ、そう言えば休憩室にも同じような細工をした蓋の缶が戸棚に幾つもあるよ。じゃあ、あれもそうなのかな?」

「恐らくそうだと思います。本部の休憩室にもお菓子が届いておりますよ」

 執事の言葉に、レイは嬉しそうに満面の笑みになった。

「それは、本部に戻ったら絶対に確認しないとね」

 その言葉に、小さく笑ったマークとキムは、顔を見合わせてもう一度揃って吹き出した。

『そうだな、それは重要だな』

 カップの横に現れたブルーのシルフの大真面目なその言葉に、部屋は笑いに包まれたのだった。




「ガンディ様とマティルダ様から、お勉強の為にお使いくださいと本がたくさん届いております。書斎に整理させて頂きましたので、専門的なお話をなさるならどうぞ書斎をお使いください」

 お茶を飲み終えて少し休憩したのを見計らって執事がそう言ってくれたので、三人は部屋を変えることにした。



「うう、廊下も凄え。さり気なく飾ってあるあの花瓶って幾らぐらいするんだろう」

「だよな。値段を考えたら怖くて周りの物を迂闊に触れないよな」

 応接室を出て書斎へ向かう廊下もまた豪華な作りになっていて、すっかり怖気付いたマークとキムが、小さな声で顔を寄せ合ってそう言っているのを聞いて、レイは前を歩く執事に聞いてみた。

「ねえ、この離宮の主人は陛下なんですよね? もしも僕がここの物をうっかり壊しちゃったりしたら、どうすれば良いの? 陛下に謝ってお金を払えば良いの?」

 竜騎士達と一緒にここに泊まった時はかなり好き勝手に暴れていた記憶があるので、もし気付かないうちに何か壊していたら申し訳ない。そう思って聞いたのだが、彼の後ろにいてそれを聞いたマークとキムが驚きのあまり目を見開いて硬直していたのを、幸いな事にレイは気付かなかった。

「はい。確かにこの離宮の持ち主は陛下ですが、レイルズ様が成人なさって瑠璃の館を正式に渡された後も、このままお使い頂いて構わないとの事です。ここはラピス様の湖に、一番近い場所ですからね」

「分かりました。じゃあ今度陛下にお会いした時に、ちゃんとお礼を言っておきます」

「そうですね。それがよろしいかと。ああ、念の為申し上げますが、屋敷内の備品などに万一損傷があった場合でも、何ら問題ありませんのでどうかお気になさらず。遠慮なくお楽しみください」

 振り返った執事ににっこり笑ってそう言われてしまい、無言で何度も頷くマークとキムだった。



「凄い凄い! 本が一杯になってる!」

 書斎に入るなり、レイは満面の笑みでそう叫び、マークとキムは呆気にとられて、入ってすぐの場所で二人揃って立ち尽くしていた。

 正面の壁一面に設えられた大きな本棚一面に、ぎっしりと大小様々な本が詰め込まれている。時折、表紙を見せるように専用の本立てに横向きに立てて置かれた本もある。本棚に置かれた本をよく見ると、中には訓練所の図書館にも無いような貴重な本が何冊もあったのだ。

「こちらはレイルズ様がお好きな物語や冒険譚が中心です。こちらの棚は、星系信仰と天文学に関する書物。そして、こちらから奥が全て精霊魔法と幻獣に関する書物になります」

 執事が本棚の前で説明してくれるのを、三人は目を輝かせて聞いていた。

「こちらは兵法や政治、それから商業関係の書物になります。こちら側はそれ以外の本を、ある程度内容ごとにまとめてあります。もしも何かお探しの本がございましたら、どうぞ遠慮無くお呼びください。お茶は、書斎ではご遠慮頂いております。隣の部屋にご用意しておりますので、お茶をお飲みになる時には、申し訳ございませんがそちらの部屋にてお願い致します。それでは失礼致します」

 一通りの説明を終えた執事は、そう言って深々と一礼して出て行ってしまった。

「すっげえ。だけどこれ、全部読もうと思ったら一生掛かっても読めないくらいあるぞ」

「だよな。だけど……」

 戸惑う二人に、レイは目を輝かせて手を引いた。

「ねえ、見るならこっちの精霊魔法関係かな。何が見たい? 好きに選んでよ」

 高い位置にある本を取る為の大きな箱型の移動階段を引っ張ってきて、早速駆け上がった。

「この辺りかな? ねえ、キムは、マークはどれが良い?」

「待って! 俺も見る!」

 我慢出来なくなったキムがそう叫んで階段を駆け上がり、遅れてマークも階段を駆け上がった。

「待って! 俺も見たい!」

 一番高い位置を交代したレイは、ひとまず階段から降りて、もう一台の移動階段を引いてきた。

 並べた移動階段の上で、三人は目を輝かせて初めて見る何冊もの専門書を必死になって集めていたのだった。



 それぞれ好きなだけ本を抱えて、真ん中に置かれた大きな机に並んで座り、それから後はもう、夢中になって貪るように本を読み漁った。

 訓練所の図書館にある蔵書も、もちろん凄い量だ。だがキムはもう自分の研究に関係するその殆どを読んでしまっているし、どこに何の本があるのかも、ある程度知っている。城の図書館は一般兵にも公開されているが、貴族でない彼らには、そうそう気軽に行ける場所では無い。

 昼過ぎに、少し予定よりも遅くなったガンディが到着した時、三人は目の前に積み上げた大量の本の山に埋もれていたのだった。




「おうおう、皆楽しんでおるようじゃな」

 書斎に入って来たガンディの声に、三人は驚いたように揃って顔を上げた。

「ガンディ! 本を贈ってくださったんだって聞きました。ありがとうございます!」

 目を輝かせてお礼を言うレイに、ガンディは満足そうに頷いた。

「うむ、竜騎士隊の本部の私室には、簡単に人は呼べないが、ここならば彼らのように学友達を呼んでも問題なかろうと思ってな。ならば研究の為の本は必要であろう?」

 片目を閉じて自慢気にそう言うガンディに、レイは嬉しくなって飛び付いた。

「ありがとうございます! 大事に読みます!」

「気に入ってくれて儂も嬉しいぞ。さて、腹が減ったぞ。先に食事にしようか。別室に用意してくれているぞ。ああ、本はそのままで構わん。後ほどまたここで話そう」

 笑顔のガンディにそう言われて、本を片付けようと慌てていたマークとキムも、そのまま一緒に別室へ向かった。



 別室の食事は、何種類もの料理が大皿に並べられていて、どれも手軽に手で摘めるようになっていた。これは、食事のマナーを知らないであろうマークとキムを気遣ったものになっている。

 三人はお皿を持って大喜びで山盛りに取ってきて、互いのお皿を見て笑い合った。



 食事の間は、専門的な話はせず、ガンディが薬学部の面白い学生の話をしたり、マークやキムの休日に何をするのが一番良いか、なんてくだらない話で大いに盛り上がった。

 レイはずっと笑っていて、そんな彼を見て、密かに心配していたマークとキムは安堵したのだった。



 食事が終わって休憩したら、そのまま書斎へ移動した

 ブルーのシルフもいつの間にか現れてレイの肩に当然のように座っていて、それに気付いたマークは、いよいよ始まる古竜との話を考えて、緊張のあまり廊下を歩いている時から何度も何度も唾を飲み込んでいたのだった。

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